乾清花苑  太白廡  略伝引得

菅原白龍(1833〜1898)

 江戸後期・明治の日本画家。天保4年、山形県出羽に生まれる。名は道雄、のち元道、別号に梵林・泰岳・日橋隠士等。家は代々修験者で白龍山梵林院の祠官。初め長沼月峯、熊坂適山、のち富取芳斎について花鳥画を学ぶ。山水画を能くし、日本的な南画の確立に努力する。また国典にも通じていた。国中を行脚して東京では木戸孝允、京都では富岡鉄斎らと知り合う。明治31年歿、享年66才。






富士山圖

墨竹圖賛 太公望圖并題(旧蔵)

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