館3
「―邪見手伝え。」
また、声を掛けられ我に返った邪見がりんを見る。りんは主人の毛皮に包まるように
器用に入り込んだまま、褥の上に眠っており、毛皮を巻き取られてしまった殺生丸は、
身動きが取れなくなっていた。

邪見は、りんの枕元に立つと大声を張り上げる。
「こりゃ、りん!起きんか。童じゃあるまいし、何をぐるぐる巻きついておるのじゃ。
殺生丸さまに失礼ではないか!困っておられるぞ。」
邪見は思わず、眠っているりんを叱責した。
「―邪見―。」
殺生丸の冷たい声が静かに響いた。
「はっ、りんを起こした方がよろしいんですよね。」
「―お前を何故呼んだのか、わかっていないようだな―。」
「・・はぁ・・?」
「りんの背中を少し支えていろ。」
邪見は人頭杖を慌てて放り出し、りんの傍へ走り寄ると、その小さな両手でりんの背を
持ち上げる。
その隙に、殺生丸は自ら毛皮を抜き取った。
急に、毛皮を奪われたりんは、戸惑ったのか眠りながらも、片方の手が何かを探すかの
ように宙を泳いだ。そして、その手は殺生丸の足元にある抜き取られたばかりの毛皮の
端を手繰り寄せると、再びしっかりと掴んだ。
 その様子に邪見の頬が緩む。
「まるで、りんの幼い頃の仕草を見ているようですなあ・・・殺生丸さま・・」
「―そうだな。」
「子供の頃は、殺生丸さまの毛皮がお気に入りでしたなあ。」
「―そうだったな。」
「寝顔もちっこいときと変わりませんぞ。可愛らしいままで・・ああ、こんな姿を
見ていると三人で旅をしとったときのことを思い出します。りんときたらわしらが
どこへ行こうともついて来たがって・・人の行けるところではないといっても
なかなか納得せず、さんざんごねられました。」
邪見は嬉しそうにりんの寝顔を眺めながら急に饒舌になった。
「邪な奴らに捕われたり、他の妖怪にほいほいついていったり、苦労させられました。」
邪見が、ふと殺生丸のほうを見上げた。
「―りんの輿入れは、少し早いのではないかと案じておりました。
・・しかし、殺生丸さまからややさまでも授かりますれば、少しは大人になりますかな。」
殺生丸は何も言わなかった。
邪見が上掛けを掛けてやると、りんは安心したのか、やっと殺生丸の毛皮から手を離した。
その様子を見て、思わず二人は顔を見合わせる。
 そして、邪見はしばらくりんの寝顔を楽しげに眺めていたが、様子を見計らうと、
殺生丸に挨拶をして部屋を辞した。


 館に中は静まりかえっていた。閨の暗がりの中で灯りが揺らめきながら、儚い光を
放っている。
 聞こえてくるのは、りんの寝息だけ。
 殺生丸は、彼女の匂いを感じながらそっと目を閉じた。

―りんと初めて素肌を重ね合わせたときの心と身体の悦び。
 そして、そのりんを女として存分に味わうことの出来る夜。
 肌の温もりを分かち合う中で二人だけの時が流れるようになった。

・・・りん、私に女の身体というものをを教えてしまったお前にも
   本当は充分、責はあるのだがな・・

 殺生丸は、りんが眠っているのを確認すると立ち上がり部屋を出た。
そして、庭に面する広縁まで出る。そこでは館の外のしんしんと冷え込む鋭い冷気が
まだ感じられた。
もう春だというのに宵の寒さは続いている。

 奥深い山の斜面へと続く広い庭。そのどこかで満開になったらしい花桃の仄かに甘い香りが
まだ冷たい夜風に乗って漂って来た。
りんが毎年楽しみにしている花だ。


 風が流れ、雲が去り、氷のような白い光を放つ月が黒い闇に現れる。
 殺生丸はその煌々と輝く水晶のような月を一人静かに見上げた。







海外からの閲覧者のためのNote

やや(さま)     赤ん坊のこと




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拙い文章を
最後まで読んでいただきまして
ありがとうございました。
短めのお話になりました・・。
もしかしたら
ご期待に添えなかった文章かもしれませんね。