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早春 1

犬夜叉ファン小説 殺生丸とりん

 春めいてきた柔らかい日差しの中で、広い庭の梅が満開だった。ここの住人たちは匂いのするものを嫌うのか、梅はほとんど香りがしない。淡い紅色の梅の花と地面の黄色と白の水仙の花が対照的で美しく、りんの目を楽しませてくれる。

 急に決まった殺生丸とりんの祝言がもう間近だった。所詮、一族の出身ではないりんを迎える草の祝言は、正式のものとはいえず側室に値する程度のものであったが、殺生丸の強い要望で一応の準備が整えられる。

「もう忙しいのだから、どこも出かけては、いかんぞ。」
殺生丸付きの従者でもある邪見に釘を刺される。この間、衣装が届いたとき、りんがいなかったため、こっそり阿吽に乗って楓の村まで出かけたことがばれ、邪見から小言をもらったばかりだった。

 もうすぐ、式なのに悪い風邪をうつされたら大変だから、どこにも出かけるなとうるさくいわれ、怪我をしたら困るから妖竜にも乗るなという。もっとも、だんだんとそんな暇もなくなってきたのだが・・・皆が、急ぎの祝いの準備で忙しそうにしているのに自分は、得も言われぬ不安にさいなまされるようになった。

 祝言が近づくにつれ、殺生丸の態度に急激に変化が見られるようになった。
あれほど、りんに素っ気なかったのに、今は何故か彼女の身体にすぐ接触するような位置に立ち、りんを独特の意味合いを持つ視線でじっと見つめることも多くなった。その目は明らかに男の要望を孕んでいる。
身体にも、さり気なく触れてくるような気もする。

 つい先ごろ、りんが一人で暖かい縁側に座って庭を眺めていたとき、何の気まぐれか、ふいに殺生丸が現れ、梅の一枝を彼女に渡すため、前へ屈みこむような姿勢をとった。そのとき、殺生丸の右膝が、りんのほんの少し離れていた両膝の間に小袖のうえから割り込むようにして、一瞬入った。その振る舞いに、りんが、かなり驚いて少し立ち上がりかけた。それを見た殺生丸は、すぐに自分の右膝を離して立ち、不安げな様子のりんの表情を静かに覗き込んだ。明らかに―悪意はないようだったが―意図的にした行為であろう。今の殺生丸は少しでもりんに触れたいようだった。





 その日の夜だった。りんは、昔、家族を野盗に無残に殺され、僅かな財産も奪われ、村の片隅のあばら家で食べ物にも事欠くこともあった惨めな暮らしの思い出を夢に見た。





 「おい、ここは、おまえんちか。汚ったねえねえなあ。ろくなもんないぜ。」
その他所者の男は、ある日突然、りんの住んでいる、粗末なあばら家を訪れ、承諾も得ず図々しく上がりこんできた。

「・・なんだ。お前一人ぼっちかよ。これは確かに、いいカモがいるってほんとだな。よく見りゃかわいい顔しているじゃないか。聞いたぜ。お前、ここんとこ腹減らしてるんだってな。握り飯食わしてやろうか。」
勝手に、りんの傍にしゃがみ込んだ男の言葉に、りんが思わず顔を上げた。
男は、四幅袴と脚絆を身につけ、こざっぱりとした身なりをした中年の男だった。町から来た商人だろうか。
 確かにお腹はかなり空いている。ここのところ、まともに食べていなかった。

「そのかわり、ちょっと仲良くしようぜ。なに、すぐ終わるからよ。それが終わった食わせてやる。終わったらだぞ。すこし我慢しな。どうせ、おめえみたいなのは結局、いつか春鬻ぐしかねえんだよ。」
 男の妙に馴れ馴れしい様子に、いやな予感がりんの頭をかすめる。
そして、男は少女に、やおら近づくと、その膝の裏にいきなり足をかけて体をひっくりかえした。
 彼女は、その拍子に均衡を崩してしりもちをつき、腰からあおむけに地面へ倒れこむ。そして、少し開いたりんの両膝の間に男は、自分の膝をつき、りんの両腕を押さえ込んだ。そのまま、自分の足でりんの着物の裾を上まで割ろうとする。

「・・・・終わったら、飯を食わせてやるからな・・・大人しくしてろよ。」

りんは、思わず身震いした。咄嗟に本能的に身の危険を感じ、裸足の汚れた足で思いっきり男の顔を蹴った。そして、手元にあった半ば腐り壊れた桶をつかみ、男の頭に打ちつける。
その衝撃で桶は壊れてばらばらになった。

「・・・このガキ!・・」

男は思わぬ反撃に、頭を押さえながらつぶやいた。その隙に、りんは男の下から這い出て立ち上がり、後ろも振り返らず駆け出す。

「待ちやがれ、このガキ!思い知らせてやる!」
背後で男の追いかけてくる気配がしている。追いつかれれば、無事では済まないだろう。りんは、脇目も振らずに全速力で走り、追いかけてくる男をまいて村のはずれの森の中へ逃げ込んだ。

 ―これでもう当分あの家には帰れない。どうしよう・・・

気がつけば、膝が振るえ、立っていることさえ出来なくなっていた。腰が抜け、へなへなと座り込んだ。




 りんは目が覚めた。りんは泣いた。家族が死んで、僅かばかり残っていたはずの金子もりんには渡らず、不思議なことにどこかへ消えた。りんが、元々家族と住んでいたはずの家も何故かいられなくなり出て行かなければならなかった。誰もその理由を教えてくれなかったし、村の人は一人として助けてくれなかった。今まで、このような男の餌食にならなかったことは、奇跡的だったのかもしれない。

―殺生丸さまも、結局は男の人だよね・・・

胸の奥深いところでやっと閉じられたはずの傷が思い出したように疼いた。



「どうした、りん、元気がないのお。具合でも悪いのか。」
すぐそばを通りかかった邪見が突然りんに話しかけた。
「・・・ううん・・・・」
りんは首を振った。
「何でもないの。」
「どこか具合が悪いようだったら、すぐに薬師に診てもらえ。もうすぐ祝言じゃぞ。」
正確には祝言といえるものではなかった。
「・・・別にどこも具合は悪くないよ。」
「そうならいいんじゃが。」
邪見が、ため息をついた。
「当日、熱など出さんようにな。お前も大変じゃろうが、殺生丸様もがっかりなさるぞ。」
「・・・・・」
「殺生丸さまは、何だか判らんがお前を本当に大切にしておったからな。童女のころから可愛がられて、大きくなったら、今度は奥方に迎えるのだからな。お前は本当に果報者じゃ。りん・・あのな、実を言うとこの縁は、まとめるのは大変だったんだぞ。」
「―うん。」
「当日、花嫁が熱なんぞ出してふうふう言っておったら、大事な夜に、一番肝心なことができず、殺生丸さまがあまりにおかわいそうじゃ。まあ、熱出しとっても我侭な殺生丸さまのことだから、結果は同じじゃと思うがなあ・・」
「・・・・・」
「館でのお前の立場に配慮して、ずっと我慢しておられたんじゃからな。もう限界じゃぞ、あのご様子では・・・やっぱり、お若いからのう・・。もちろん、わしもお前が殺生丸様に、添えるように力を尽くしてやったが。まあ、実のところは、人間の娘に懸想して、いつまで経ってもどの姫ともお子を為すつもりがないんで、御親戚方も呆れて、さじを投げただけなんじゃがな。まあ、人間の女を取りあえずあてがっておけば、おとなしくなるだろうということじゃろうなあ・・。」
「・・あてがう?」
りんが不思議そうに邪見を見た。
「ま、まあ、それは、いいとして・・。そうしたら、それをいいことに急にりんのために、祝言をあげるぞとか無理難題を言い出す始末じゃし。ここのところ、やたら、いらいらしておられて、わしも大変なんだからのう。どうせなら、今日にでも、さっさと祝言を挙げて、お前が今宵からでも、しっかり、お相手してくれると助かるんじゃが・・・」
あれほど、躾にうるさかった邪見さえもすっかり言うことが変わっている。

「―邪見!」

殺生丸の声が響いた。
「わっ、わっ、ただいま戻りました。」
「―こんなところで油を売って何をしている!私の使いはどうなった!」
「・・い、犬夜叉めのところに行って返事をもらってきました。急だけど大丈夫とのことで。あ、あの・・本当にあんな連中をこの館へ入れるので?」
「まあな、あんな品のない愚弟など、別段来なくてもよいのだが、りんがかごめを気に入っているようだからな。」

もう殺生丸様ときたら、りんのこととなると甘すぎて心も身体も御病気じゃと邪見は思ったが、もはや言う気にもなれなかった。

 邪見は風呂敷包みをりんのそばに置くと、殺生丸と何やら祝言の段取りについて話し込みだしている。

―これ、何だろう。

りんのそばに無造作に置かれた大きな風呂敷包み。邪見さまの荷物だ。
りんは行儀が悪いとは、思ったがどうしても気になってしまい、邪見がこちらを見ていないことを確認すると、こっそりと包みの結び目を解いた。
はらりと解けると、橙色のものが見える。

「―これ、干し柿だ―」

・・・そう、干し柿・・昔、殺生丸様が私に持ってきてくれたことがある・・・

―あれはいつだったろうか。


****


 その頃、まだ幼かったりんは、その日、梅林の近くの日当たりのよい暖かい場所で出かけてしまった殺生丸と邪見の帰りを待っていた。阿吽は、少し離れた陽だまりの草地の中で寝転ぶと、気持ちよさそうにお昼寝している。


「おい、お前一人か。」

気がつくと汚い身なりをした若い男が、りんのそばに立っている。
「殺生丸さまと邪見さまをまっているの。」
りんは、仕方なく答えた。
「お前、腹減ってんだろ。」
「―うん、だから邪見さまが食べ物探しに行っているの。だから、ここから動かないようにって。」
「お前、見かけない顔だな。ここいらの奴じゃないな。」
「遠くから来たの。」
「それにしちゃ、随分といい身なりしているじゃねえか。お前どっかの武家の娘だろ。ははん、さては、戦で落ちぶれたんだな。」
その若い男は、一人、にやけながらしながら、少女の身体をを舐めるように、じろじろと眺めた。
「・・・戦?」
りんには、意味がわからない。
視線を落として、その男の手元を見ると果物をいくつも持っている。

―ああ、お腹すいた、邪見様は食べ物を探しに、一体、どこまで行ってしまったんだろう。それに殺生丸様はいつ帰ってくるんだろうか。

「欲しいか。」

大きな橙色の蜜柑が目の前に差し出される。空腹のためか、思わずりんの目は、蜜柑に釘付けになってしまう。

「おめえ、かなり腹減らしているみたいだな。食べるか。」
男は、蜜柑をりんに差し出した。
「うん!くれるの?ありがとう。」
嬉しそうに、りんが蜜柑に手を伸ばした。

「・・・おっと」
りんが手を伸ばすと同時に蜜柑は、手の届かないところへいってしまう。

「そうは簡単に食わせられるか。食いたいか。」
りんは答えに困って、男が上に掲げるように持っている蜜柑を無言で見つめた。
「じゃあ、あっち行こうぜ。すぐ終わるからよ。手荒にしねえから。ちょっと我慢しな。」
「りん、知らない人についていったらいけないって言われているから。」
「けっ、しょうがねえなあ。ここでしてやるよ。」
「蜜柑は?」
「終わったらやるよ。さっさとその帯ほど解きな。」

―帯?何、この人?何かおかしい。きっと、この人とは話をしてはいけない―
―早く逃げないと―

急に怖くなったりんは、無意識のうち後ずさりした。その気配を察したのか、とたんに男の目つきが好色になる。りんとの距離を詰めて機会をうかがうかのように、じりじりと距離を詰めるように、歩み寄ってくる。

―どうしよう―
 






海外からの閲覧者のために

四幅袴しふくばかま
庶民の男性がが身に着けた半ズボンのような袴
殺生丸は身分が高い妖なので着ませんよ!

側女そばめ
昔は身分が違うと正式な結婚とは見なされませんでした。
側にいた女性のこと。実質、婚姻関係となります。
側室そくしつは、正式な妻ですが、二番目以降の扱いです‥。
身分の高い人や財産のある人は、跡取りを必要としましたので、
妻が何人かいました‥。跡取りは出来ますが
当然、家族関係は複雑になったでしょう(-_-;)

干し柿ほしがき
Dried persimmon
東アジア特有の果物です。見つけたら食べてみてね。
甘くておいしいです。

蜜柑みかん
mandarin orange
東アジアのオレンジ。当時は、美味しい蜜柑はなかったと思います。