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早春 2

犬夜叉ファン小説 殺生丸とりん

----その瞬間だった。

りんのすぐ目の前で、何かが視界をふさいだ。低く鈍い音がしたかと思うとその男は、何故か地面に仰向けになって倒れている。

「―私の連れに何の用だ。」

聞き覚えのある低い声が響いた。銀髪がふわりと揺れる。

―殺生丸だった。―

気がつくと、殺生丸が、りんとその男の間に立っている。

「殺生丸さま!」

りんが嬉しさのあまり、思わずその背中に呼び掛けた。

「―私の連れに何の用だ。」

再び、殺生丸が鋭い語気で問う。しゅう、と妖気が立ち、殺生丸の銀髪と毛皮の毛が全て逆立つ。りんからは見えないが目は熾き火のごとく変化しているだろう。殺生丸は腰の闘鬼神に手をかけた。

「―下衆め、よもや生きて帰れるとは思っておるまいな。」

男は、顔面蒼白で、しどろもどろに言葉を吐く。
「・・おっ、おつ、お前の連れだとは知らなかったんだよ。ほんとだって悪かった・・悪かった・・まだ何もしてねえって、なっ何にもしてねえってば・・・本当だ。何もしてねえってば・・」
明らかに人でないものの出現に腰を抜かしたのだろう。男が慌てて地面の上を這いつくばっている。

 りんは呆然とその様子を殺生丸の背中越しから見ていたが、その時、とん、と足先に何かがあたった。
 ふと、足元を見ると竹の皮包みが落ちている。半分ほどけた包みの隙間から橙色の物がはみ出していた。・・・よく見ると干し柿のようだった。

「干し柿!殺生丸さま、りんに持ってきてくれたんだ!」

酷くお腹をすかせていたりんが、喜びのあまり、大声で叫ぶ声に殺生丸が振り向いた。

「殺生丸さま、食べてもいい?いい?りんお腹すいた!」
りんは、殺生丸の返事も聞かず勝手に包みを解き、両手に干し柿を持つと夢中で食べ始めた。
その様子を振り返った殺生丸が、呆気にとられて見ている。

「―腹を空かせていたのか・・・」
妖は、その様子を暫く眺めていたが、ふと、闘鬼神に手をかけていたことを思い出し、前へ向き直ったが、もう例の男の姿はなく、道の向こうの方を慌てて逃げ去る後ろ姿だけが見えた。

「―邪見はどうした。」
「蜜柑がなっているから、りんのために取ってくるって出かけたの。」
妖は嘆息を漏らした。

―これでは、何のために邪見を置いていったかわからぬ。目を離すな、とあれほど言っておいたではないか。

  殺生丸は、再び嘆息をもらした。いつもこうだ。気がつくとりんは川で流されており、よじ登った木から降りられなくなっている。蛇に咬まれていたこともあった。

「りん、知らぬ男とは絶対関わるなと言ってあったであろう。」
りんは口いっぱい頬張っており、ふがふがと分けのわからない声を出している。

「口に沢山入れず、ゆっくり食え。行儀が悪いぞ!」
「お、腹すいて、るんだもん。」
まともには喋れないらしい。
「食うか、喋るか、どちらかにしろ。」
りんは、口の中の物を、取り敢えず飲み込む。
「・・そんなに慌てて飲み込むな。喉を詰めるぞ。」
「あ、あの人のほうから来たの。蜜柑くれるって言ったから、つい・・・お腹すいていたものだから。」
殺生丸の表情が硬くなった。
「―りん、お前はわかっていないのかもしれないが、もう年頃も近いのだから、もっと気をつけろ。」
「何を?」

その呑気な返答に殺生丸は呆れ、そして怖い顔をして諭すように言った。

「気をつけないとお前が無理やり、極めて無礼な振る舞いを受けるかもしれないということだ。わかったか。」
「―うん、わかった。」

殺生丸が心配そうにりんを見下ろしている。
「―あのね、殺生丸さま。もっと前にもこんなこと、あったよ。殺生丸さまに会う前、一人であの村に住んでいたとき。知らないおじさんに食いもんやるから、少し我慢しろって言われて、突然、上に乗られそうになったことがあるの。」
りんの無邪気な声に、殺生丸の眉が顰められ、顔が曇る。
「殺されるかもしんないって思って、逃げた。本当に怖かったよ。だって、追いかけてきたんだもの。」
「気をつけろ。」
殺生丸は怒ったように言った。

―人間は、どうしてこのように卑しいものが多いのか。

りんは食べることに夢中で、もう殺生丸の話を聞いていないようだった。


 程なく、邪見が蜜柑をたくさん抱えて、ごそごそと木の陰から現れる。

「・・おや、殺生丸様、お帰りで・・・おい、りん、何を食べとるんじゃ。蜜柑をたくさん取ってきてやったぞ。」

「邪見!」
殺生丸が、今更のように、のこのこと現れた邪見を見つけると険のある声で呼んだ。
「・・・はっ?」
惚けた顔をして、邪見が不思議そうに主人を見上げる。
「どうして、目を離した!よからぬ輩がそばにいたぞ!」
邪見の腕から、蜜柑が零れ落ちた。
「えっ!本当で・・・りん、大丈夫じゃったか。」
りんは食べるのに気をとられ、全く話を聞いていない。いつ蹴り飛ばされるかわからぬ主人の激しい剣幕に、邪見は、ただうろたえ、おろおろしている。その様子を見て殺生丸は、思わず落胆のため息をつく。

「―邪見、もうりんを連れて歩くのは限界かもしれんな。りんも、そろそろ年頃が近くなってくるであろう。」
殺生丸はりんが懸命に食べている姿を見ながら、独り言のように言った。
「・・・仕方あるまい。そろそろ館に連れて帰るか、どこかの村へ預けるか、考えねばならん。」
殺生丸は、何かを思い出すかのように空を見上げる。

―館か、懐かしいな

 見上げた空は明るく、澄んでいた。霞のような雲が、蒼空をゆっくりと流れていた。
辺りには、草が芽吹こうとする土の湿った穏やかな匂いが立ち始めている。
それは春が近いことを告げていた。



****

「ねえ、邪見さま、これ干し柿でしょ。どうなさったの。」

りんの大きな声に、何やら話し込んでいた殺生丸と邪見が同時にりんの方を見た。

「ああ・・それは、犬夜叉たちのところへ行ったときに、一緒にいた楓が持たせてくれたんじゃ。そういえば、かごめからりんへの土産も預かっているぞ。かごめの国の菓子のようだったがな。包みの中を見てみろ。他にも、いろいろ入っているはずじゃ。」
邪見はそれだけ言うと、忙しそうにさっさとどこかへ行ってしまった。
「―ありがとう。邪見さま。」
りんは、にっこりと邪見の後姿に礼を言った。


 土産の干し柿を手に、嬉しそうな様子で微笑んでいるりんのそばへ殺生丸がそろりと近づく。

「―どうした、すっかり機嫌がよくなったようだな。屋形の者たちが、りんの様子が妙だと噂していたらしいが、どうも気のせいであったようだな。」
「―うん。」
「・・この間は驚かせてしまったようだな。つい―どうしてもお前に触れたかった―。」
「うん、大丈夫。」
「あと僅かだから、心得るとしよう。」
妖が穏やかな声で言う。
「―あのね、殺生丸さま、りん、もう大丈夫だから。平気だよ」
「―そうか。」
妖は相槌を打った。
「だって、りんは、もう大人だもの。」
りんの言葉に殺生丸が、さも可笑しそうにしている。
「―そうだな。」
「ひどい、いつも子供扱いして・・そんなふうに。もうすぐ、花嫁なのに。」
りんの酷く不満そうな声に、殺生丸は口を開いた。

「―では、大人のお前は、私の妻になるということが、どういうことなのか、具体的に分かっていると考えていいのだな」
殺生丸の急に艶を帯びた物言いに、りんは、思わず、まごついて俯いた。

 殺生丸は、それ以上、もう何も言わなかった。そして、りんの干し柿を持っている手を上から、包むように自分の大きな手で触れる。さらに、その手はその場所を離れるとりんの細い腰に回りこみ、あっという間に、彼女は殺生丸にしっかりと抱きしめられていた。
身動きできなくなったりんは、少し、たじろいだ眼差しで、殺生丸を見上げた。
彼の口がすぐ耳元にある。殺生丸が静かに囁いた。

「―その時が来たら、もう逃げるな。」

次の瞬間、りんの唇に殺生丸の唇が触れた。ゆっくりとりんの唇を味わうように―。

 ただ、それだけだった。りんが我に返って気がつくと、殺生丸は広い庭の向こうへと立ち去っていくところだった。