邪見は、連れて歩くようになった頃より、随分大きくなったりんを見上げてみる。
手も足も伸びて、体つきも様変わりしつつあった。殺生丸はりんをこの頃、どう見ている
のだろうか。ただ、親兄弟をなくした彼女を不憫に思って、手元に置いているだけだと
考えていて大丈夫なのだろうか。
 囲炉裏の中の火が赤々と燃えている。時折、薪が崩れ、はぜる音がした。しかし、何故
か外では、何の音もしない。

獣の声も足音も。
鳥の羽ばたきも。
そして、風の音さえも。

生き物の気配がまるでなかった。音もなく、静まりかえっている。

「・・・・随分と静かじゃな。」

 土間に寝転んでいた阿吽が、その声に起きたのか頭を持ち上げる。鼻を動かして、辺り
をうかがっていた。その様子を見たりんが邪見に話しかける。

「・・邪見さま。冷えるから阿吽も上に上げて、火のそばに置いてあげていい?」
「なあに、心配せんでも、阿吽は竜じゃ。氷の上でも、大丈夫だがな。」
邪見は、呆れたように言い放つ。だが、りんはそれを無視すると、阿吽の傍へ行き、手綱
を手に取った。引っ張って、立たせようとするが、肝心の阿吽は耳をそばだてたまま、
動かず,、辺りの気配に耳を済ませているようだ。
「・・・どうしたの?阿吽?」
いつもと少し様子の違う阿吽にりんは戸惑う。

「・・・邪見。」
物音一つない静寂を破って、白んだ薄闇の中で、低い良く通る声が聞こえた。
 「・・・は、はっ。殺生丸さま・・お目覚めで。」
邪見は、慌てふためいて、主人の足元に跪いた。殺生丸は、土壁に凭れた姿勢のまま、
金色の眼を開けた。
「―眠ってなどおらぬ。」
「・・・そっ、そうでございますか・・・。ち、ちっとも気がつきませんで、申し訳ござ
いませんでした・・。」
殺生丸がりんの方を見た。
「・・りん。寒いのか。」
「・・・うん。今日は、とっても寒いの。」
「―そうだな。」
「申し訳ございません・・・りんは、炉の傍でもう一度休ませますので・・・。りんの奴
図々しくも毛皮の中に入り込んで、殺生丸さまの眠りを妨げていたようで・・・」
「・・・・・・・・」
「朝も近いというのに、酷く冷えますな。外は、かなり寒いと見えて獣の気配すらあり
ません。」
「・・・だろうな。」
殺生丸は壁から背を離すと、ゆっくりと身を起こした。
「・・・りん。外を見てみろ。」
「・・・外?」
「ああ・・」
りんは、土間に寝転んでいる阿吽の背中に飛び乗ると背伸びをして古びた引き戸に手を
掛けた。壊れかけた戸は、りんの力ではなかなか開かない。
 それでも彼女が、何とかほんの少し開けた隙間に、阿吽が何故か自分の鼻先を押し込
んでいる。
「わっ、阿吽、戸を壊さないでね。」
りんは、両足で踏ん張ると一人で力いっぱい押して、どうにか一尺程、戸を開けた。
「・・・・わあ・・殺生丸さま、・・雪だよ。」
りんは、一際大きな歓声を上げた。魅入られたように空を見上げている。


 薄っすらと日が差し始め、仄かな輝きを持ち始めた空一面に真っ白の雪華が舞って
いる。小さな雪の粒一つ一つが、硝子のように弱い日の光を反射して輝きながら、薄明の
天空から降っていた。

「・・雪か・・静かなはずじゃ。」

邪見も引き戸の隙間から顔を出すと呟いた。阿吽は、頭を一つ外へ出して嬉しそうに鼻を
鳴らし、さらに嘶く。
「殺生丸さま・・これはまた、見事な粉雪ですな。おそらく、これは積もりますぞ。
しかし・・これでは今日、明日は動けんのう・・。りんには、無理じゃ。」
邪見は、困り果てたように大きく嘆息した。

殺生丸は、何も言わない。

 雪が山を、里を、川を覆っていく。既にうっすらと薄化粧を施された景色が白く
輝いていた。
「・・・初雪だな。」
殺生丸は、独りそう呟いた。

 真っ白な雪が景色を変えつつあった。夜明けの雪の上には、森に住むはずの野兎の
足跡さえも、まだ付いていない。


 ―そして、淡い光の中で、見慣れたはずの森や里の光景が、清らかな雪白の姿と
なりながら、ただ、静かそこに佇んでいたのだった。―




閲覧をありがとうございました。
このお話は、イベント「化犬帝国」記念アンソロジーに載せていただきました。
「化犬帝国」関係者の方々、あのときは、いろいろお世話になりまして
本当にありがとうございました。
このお話は、以前、スキーへ行ったときのことを思い出して書いたものです。
だんだんと明るくなってくる空に雪が降っている景色は,印象的でした・・。
ペンションの中から見ただけでしたけど・・。
そして、スキー場には、兎の足跡らしきものが点々と残っていました。
これで冬籠もりシリーズは、おしまいです。




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