「邪見さま。」

 そう誰かに呼ばれたような気がして、邪見は目を覚ました。もう夜明けが近いよう
だった。今にも崩れ落ちそうな破屋の中でも、辺りは少しばかり明るくなり始めている
ことがわかる。身体を起こして、半ば壊れている囲炉裏の中を見るとせっかくおこした
はずの火は、すっかり小さくなり、灰の中で赤く燻っていた。

―どおりで冷えるはずじゃ。

 邪見は、よっこらしょと腰を折って立ち上がると、すぐ傍に置いておいた良く乾いた薪を
地炉へいくつか放り込んだ。とたん、たちまち火が大きくなり、ぱちぱちと威勢の良い音
を立てる。お陰で周りが少し明るくなったようだ。その灯りに邪見は、思わず辺りを
見回す。
 小さな土間と灰に埋もれた炉だけの朽ちかけた小さな茅舎。さっき掃き清めたつもりの
床も良く見る土埃だらけで、床板はあちこちめくれ上がり、ささくれ立っていた。
元の持ち主がしたのだろうか、戸のあちこちに板が打ち付けられているが、隙間風が
遠慮なく入ってくる。
 見上げれば、萱ぶきの屋根裏は、すすですっかり黒ずんでいた。意外と萱が新しく思える
のは、一度は、誰かが住もうと、萱を新たに吹いたことがあったのかもしれない。

 昔居たはずの持ち主のことなど考えても仕方なかった。邪見は、再び大きくなった火を
見つめると、いつものようにため息を付く。

「邪見さま。」

その声に驚き、振り返った。
「邪見さま、火を大きくしてくれてありがとう。暖かいね・・。それにやっと明るく
なったね。お外もそろそろ朝になってきたみたいだよ。りん、本当はね、暗いのは、
いやなの。」
そういってりんは、顔を出した。

「・・・お、お前、どこに入っておるんじゃ。」

邪見は、りんの居場所を見つけて凍りつく。

「・・うん、寒かったから・・・。つい・・・。」
「は、は、早く出てこんか。」
邪見は慌てたように、小さな声で騒ぐ。
「殺生丸さま、眠っておられるようだったし・・・。いいかなと思って。」
「莫迦者っ。火を大きくしてやったから此処へ来い。だめじゃぞ、そこは。」
りんは、そっと殺生丸の膝の上の毛皮の中から身体を乗り出した。邪見は、すかさず、
そのりんの襟元をつかむと引きずって火の近くに座らせる。

 殺生丸は、壁に上体を凭れさせて片膝を立てた状態で身じろぎもせずに眠ったまま
だった。

「いつも、口酸っぱく言っておるじゃろうが。もう、殺生丸さまのお身体に触れては
ならん。」
「・・・ごめんなさい・・。どうしても寒かったの。殺生丸さまの毛皮・・暖かそうで・・
ちょっと、引っ張ってみたんだけど、眠っておられるみたいで、気がつかなかったの。
それで、今度は手を入れてみて・・・それでもお目覚めにならないし、今度は、足を
入れてみたらとっても暖かくて・・・冷たかった手と足がぽかぽかしてきて・・・
つい・・ごめんなさい。」
「・・・もう、お前もそろそろ年頃なのじゃ。小さかった頃のように振舞っては
ならん。」
「・・・・・・・・・」
「いつも、言い聞かせておることだが、お前は、大きくなったのじゃ。以前は許された
ことでも、今は許されぬこともある。わかるな。」
「・・うん。何となく・・。邪見さまに言われたとおり、一人では出歩かないように
いるし、知らない男の人には、絶対ついて行かないようにしているよ。ひとりで、
水浴びもしていないから大丈夫。いつも阿吽と一緒にいるようにしているもの。人前で
お着替えもしていないし・・。ちゃんと言いつけを守っているよ。でも・・殺生丸さまの
毛皮に包まるのもだめなの?殺生丸さまは、ずっと一緒だったんだよ。邪見さまだって
良く知っているでしょ。邪見さまにだって、何かあったら、すぐ殺生丸さまに言えって、
いつも言われているのに・・・。」
「・・・あのな。・・・お前は、もう大人になりつつあるんじゃ。それに、殺生丸
さまは、奥方様をまだお迎えになっておられんし、どうも決まった女子さまもおらん
ようじゃ。だから、特にみだりに触れてはならん。」
「・・・・・・?」
「殺生丸さまとて、男じゃからな。お前のためじゃ。事が起きてからでは遅いからな。」
「・・・・・・・?」
「わかったか。りん。」
りんは、物言いたげに邪見の顔を覗き込んだ。
「・・・ねえ、邪見さま。『奥方様』って何?」
「・・ああ?お前、知らんのか。お前の知っとる言葉じゃと・・ええと、『お嫁さん』
じゃな。」
「・・何だ、お嫁さんのことなんだ。」
「まあな。」
「・・・じゃあ、『お嫁さん』なら、殺生丸さまの毛皮の触ってもいいの?」
「ああ・・?そりゃ、そうじゃ・・。毛皮ぐらいかまわんじゃろうが。それどころか、
恐れ多くも、どこもかしこも触り放題じゃなろうなあ。」
「・・じゃあ、りん、殺生丸さまの『お嫁さん』になってあげるね!」
「・・ああ!・・お、お前は何を考えておるんじゃ!」
「・・・だって、寒いの・・殺生丸さま、暖かそうだし・・。」
「・・たく・・突然、何を言い出すかと思ったら・・寒いのじゃったら、阿吽にでも
くっついておれ!。人の身でとんでもないことをほざきおって!」
「・・・・・・・。」
「殺生丸さまは、お前が思っているような気楽なお立場ではないのだぞ。・・お前の
望んでいることが本当なら、余りにも身の程知らずじゃ。・・りん・・酷だがいつか、
お前にもわかる。」
「・・・う、うん・・。」

 そう、りんにも、多分わかっている・・気がついている。殺生丸は、自分とは違う。
生まれも育ちも明らかに違う。そして、自分が大きくなって、邪見が、何かに神経質に
なっているらしいこともわかっている。

―何かが変わり始めている。何かが・・・。





海外からの閲覧者のためのNote

地炉(jiro) 
部屋の中にあり、火を熾す場所。暖を取ったり、場合によっては、料理も
すると思います。囲炉裏(irori)のこと。囲炉裏という言葉は、東北部を中心
として使われていたようです・・。本当は、地火炉(ぢくぁろ)かな・・とも思うのですが・・・
すみません、使ってみたくせにひろかは、あまり詳しいことはわかりません・・・。

破屋(haoku)  
壊れた家。あばらや。(岩波書店 広辞苑より)
古典で有名な「奥の細道(松尾芭蕉)」の「漂白の思ひ」という章にも使われています。
お読みになれるようでしたら、読んでみますと雰囲気がわかると思います。

萱(kaya) 
屋根を葺(ふ)くのに用いる草木の総称。チガヤ、スゲ、ススキなど。(岩波書店 広辞苑より)
この頃では、このような屋根はすっかり少なくなりました。

また、火にくべる小さな小枝などを柴(しば siba)といいますが、今は、日本人でもわかる人は
少なくなりました・・。
あと、実はひろかは、古文の知識はほとんどありません・・。もし、間違っている部分がありましたら
お手数ですが、教えてください。






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