晩秋6

「そうか。では、邪見は、留守番とする。二人だけで行こう。」
「えっ・・・」
今まで二人だけで特別外出したことはない。必ず従者の邪見は供に連れて行くのだが、
今回は留守番させてしまうのだろうか。
「―いやか。」
殺生丸は、りんに背を向け、阿吽の鞍を固定している太い帯を解き始めた。
「・・ううん・・・嬉しい。紅葉もきれいだといいなあ。」
殺生丸は、りんに背を向けたままふと手を止めた。
「―泊まるか。」
意外な言葉にりんは、息を呑んだ。
「―私と二人だけで泊まるか。」
殺生丸は、何を言っているのだろう。彼は、妖だけれど男性で、そして私は、もう
子どもではない。

泊まるって?
邪見様抜きで二人きりって?

「もちろん、戯れのつもりなどない。」

どういう意味?戯れじゃないってどういう意味?

「お前の気持ちを知りたいだけだ。」

昔から大好きなのは変わらない。何でそんなこと今さら聞くの?どうして疑うの。
何故か涙がこみ上げてくる。
「このことは・・・・戯れとどうちがうの・・・・?」
殺生丸は、何も答えなかった。しばらく手を止めたままじっとりんの気配を
うかがっているようにも思えた。

 りんは突然こんなことを言われて、なんと答えてよいかわからない。今まで
殺生丸に一度もこんなことを言われたことはなかった。邪見さまならどう思う
だろう。きっとはしたないって言う。絶対怒られる。私は、どうしたらよいのだろう。
ただ混乱するばかりで答えは出ない。


 殺生丸はじっと手の動きを止めたまま長い間黙っていたが、突然沈黙を破った。
「―りん。お前も留守番だ!」
それだけ言うと今度はあっという間に鞍をはずし、片方だけの手で鞍と手綱を持って
阿吽を厩の方へ引いてさっさと歩き出した。
「・・あの・・殺生丸さま・・・」
殺生丸の返事はない。聴覚の優れている彼に聞こえないはずはない。彼は自分
一人で勝手に阿吽を引いて厩のほうへ行ってしまい、りんの方を振り返ることも
なかった。
 そして、残されたりんは、殺生丸のその後ろ姿を見ていられなくなり、山の方で
始まっている紅葉のほうへ視線を移した。何故か頬に涙がこぼれる。


―殺生丸さまと二人きりで夜を過ごす―

 それがどういうことか大人になった今の自分ならわかる。でも今はまだ怖い。
まだ怖くてそのようなことは考えたくない。幼いころから純粋に慕い続けた殺生丸を
男性として知るのは、まだ恐ろしいことだった。けれど殺生丸は、自分といつまで何もない関係を続けてくれるのだろうか。
りんの心を不安がよぎる。

答えはどこにもなかった。


「ねぇ、殺生丸さま・・・りんね、大きくなったら・・殺生丸さまのお嫁さんになって
あげるね。」
婚姻の意味も知らず、無邪気に言っていたのはいつのことだったろう。殺生丸と
所詮、妖でもなく、拾われただけの人の自分とでは男女の仲になることはあっても
添うことは出来ないかもしれなかった。


 以前、年頃になり始めたころに楓の村に行ったときに、性のことを何も知らな
かったりんに村の女性たちが男女のことを教えてくれたことがあった。初めて
知ったことにすっかり驚いてしまったのだが、そのとき口数が少なく、冷静で
感情的になることが極めて少ない姿しか見たことがない殺生丸だけは、このような
ことに興味を持つとは思えなかったことを今でも覚えている。妖の殺生丸だけは、
特別で皆とは違うような気がしたのだった。
 けれど、今の殺生丸を見てそのとき教わったことが嘘でないことがはっきりと
わかる。殺生丸もまた男なのだ。このまま自分が殺生丸を好きでいる限り、殺生丸も
また自分に心を寄せてくれる限り、いつか、その時は、やってくるだろう。


そして、その時は一体いつ?
そのとき、私はどうなるのだろうか。
私は変わってしまうのだろうか。

 何かが怖くて想像できなかった。
 りんは、心の中で思い描く。殺生丸の手がりんの小袖へと伸びる。帯が解かれ、
襟元が緩められ、肩があらわになるだろう。今まで決して男性に見せたことのない
その大人なった女性の肌は妖の青年の金の瞳には、すべて映し出されるだろう。

―そしてその後は・・・

 いつか必ず来る。私たちは、いつまでもこのままではいられない。


 どこかで鳥の鳴く声が聞こえた。小さな赤い実をつけた木の枝が揺れ、鳥が
羽ばたいて空へ飛んでいった。

 もうすぐ、寒い冬がやってくる。



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