晩秋5

りんは、とりあえずにっこり微笑んで取り繕い、殺生丸に出迎えの挨拶をした。
「ほう、―もっと、遅くなると思っていたか―それは残念だったな。お前が怪我を
するかもしれないとわざわざ急を告げるものがいて仕方なく帰ってきたのだがな―。」
殺生丸は、静かな声で言った。眉を寄せ、鋭い目つきでりんを見つめる。
―殺生丸様、やっぱり、怒っているんだ。
金の瞳が鈍い光を映した。思わず身体が硬くなる。
「新しい竜は、まだ乗ってはいけないといったと思うが、忘れてしまったか。お前は、
どうして私の言いつけを守ることができないのか。」
「あの・・・」
いったい、誰が殺生丸に知らせてしまったのだろう。このことを知っているはずは
ない。考えながらふと殺生丸の足元を見ると邪見がいた。りんを見て、妙に慌てている
様子からして犯人は邪見に違いない。
「邪見さま、ひどい!殺生丸さまに告げ口したでしょ!内緒にしてって言ったのに!」
「―りん―。」
抑揚のない怒りのこもった殺生丸の声がりんの言葉をさえぎる。
「邪見は、お前を心配して私に知らせた。そういうふうに思うことはできないの
か。」
殺生丸は、怒りを抑えて静かにりんを見つめていたが、すぐに視線をはずすと邪見
の方を振り返った。
「邪見、りんを竜に乗せた者をここへ連れて来るがいい!今すぐにだ!」
 これは、思っていたよりかなりまずい展開だった。自分への怒りが家臣の方に
向いてしまう。自分の事に関しては、殺生丸は、不思議なことに常軌を逸した行動を
取る可能性が少なからずあった。呼ばれた者もきっとただでは済むまい。りんは、
あわてて殺生丸の前に進み出た。
「殺生丸さま。今回は、私の我がままから起きてしまったの。だから厩の御家来さま
たちをお咎めに、罰したりなさらないで。お願いです。私のせいなの。」
殺生丸は、何も答えなかった。邪見を待てず厩の前に集まっている家臣たちのと
ころへ自ら歩いていこうとする。
「―殺生丸さま、皆のせいではないの。親切で乗せてくださったの。殺生丸さまが
お乗りになったと聞いて私も乗りたくなった。だから私が言い出したの。私が
いけないの。」
彼女を無視して通り過ぎる殺生丸を追いかけた。思わず彼の小袖の袖につかまる。
殺生丸がやっと振り返った。
「―りん、お前は、あのような竜に乗せられたのが親切だというのか。」
「そうです。私が乗りたがったので仕方なく乗せてくださったんです。」
機嫌の悪くなった殺生丸は、無言でりんの手を振り解いてその場を立ち去ろうとする。
りんは、今度は、袖に両手で必死にしがみついた。
「ご、ごめんなさい。私が謝ります。だからお願い。ご家来を罰したりなさら
ないで。」
思わず大きな声が出た。そんなりんを殺生丸は、不信そうに見つめる。
「だってりんは、このお屋敷で一人ぼっちなの。ここで人間は、私一人なの。
私のことを歓迎してくださってくれるのは、多くはないの。殺生丸さまは気づいて
いらっしゃらないけど、妖の古い侍女の方たちとはうまくいっているとはいえない。
りんが、皆が望んでいるような妖の姫君じゃないからよ。殺生丸さまとは、釣り合
わないとはっきり言われたこともある。ただの御戯れだって、お手付きになっ
たらそれでおしまいだって。それなのに厩の方たちは、りんに本当に親切にして
くださっています。お願いです。私の居場所をとらないで。厩にこられなくなっ
たらもうどこにも居場所なんてなくなってしまう。」
ことの成り行きに不安になったりんは思わず取り乱してしまい、泣きながら訴える
羽目になった。

 殺生丸は強張った表情をして黙ったまましばらくりんを見つめていたがやっと
口を開く。
「お前が自分のせいであるというなら他の誰のせいでもない。やはり、お前が
悪いのだろう。よく反省しろ。」
そして殺生丸は、言葉を継いだ。
「私は、阿吽の飼い付けを言いつけてくるだけだ。あと言っておくがお前の
居場所はちゃんとある。それに。」
殺生丸は、一瞬口をつぐんだ。

「それに―戯れではない。『お手付き』とか品のない言葉を覚えてくるな。館の中で
いろいろと問題が生じたときは、私のそばにいろ。離れるな。」
それだけ言うと、殺生丸はりんをおいて家臣たちの方へ歩いていった。



一連の騒ぎの後、結局一人、草地に取り残されたることになってしまったりんは、
とりあえず殺生丸が乗って帰ってきたはずの阿吽を探した。そして、無事すぐに阿吽が
草地地の外にいるのを見つけることができた。殺生丸は、かなりあわてて帰ってきたの
だろう。いつもならすぐ厩に入れてもらえるはずの阿吽は、外にぽつんと放って置かれ
ている。
 阿吽も全力で飛んできたのだろうか。かなり汗をかいてぐったりしており、砂を
体中につけたまま砂地の上に倒れるように寝そべっている。どうみても中食も
まだ与えられていないようだった。何の荷物なのだろうか。鞍にくくりつけ
られていた荷が、寝転んだ阿吽の下敷きになっており半ば潰れていた。その姿を見て
急に阿吽がかわいそうになり、阿吽の手綱を持って引っ張りあげるようにして身を
起こしてやった。そうやって頭の位置をりんの手の届きやすいところへ
持ってくると両方の口にはめられている轡を上へずらしてやる。その状態にしたまま、
りんは>急いで近くの井戸へ行き、桶に水を汲んでやるとよろけながらも何とか
阿吽のところに桶を運ぶ。阿吽は喉もすっかり渇いていたらしい。二つの頭は、
交互にがぶがぶと音を立てて、水を飲んだ。りんは阿吽が水に気をとられている
あいだに、その体の砂もきれいに払ってやる。さらに半分潰れてしまった荷をどうにか鞍からはずした。


 そのとき、後ろで砂を踏む足音がした。その音に思わずりんが振り向くと殺生丸が
立っている。その姿を見て、後ろめたさに思わずうつむいてしまい何もいえない。

「―りん。お前にしてはなかなかうまく乗れたのだろうが、やはり、お前は所詮
人間にすぎない。皆と同じようにできると思うな。あの竜は、お前には難し
すぎて乗れぬ。持ち主に返すことにしよう。そのかわり私が阿吽を使うときは、
お前は乗りたくても我慢しろ。」
「・・あの・・心配かけてごめんなさい。まさか、あんなに心配するとは思わな
かったの。」
 殺生丸は、黙ったままりんのそばを通り過ぎ、阿吽の横に立っている。暫くは、
ぐったりと横たわっっている阿吽を見ていたが、ふと何かを思い出したように声を
出した。

「―阿吽を今度温泉で養生させてやるか。」

その温泉の話なら厩で聞いたことがある。皆が竜にとてもよいといっていたはず。
「―ついてくるか。退屈なのだろう。」
殺生丸の提案に思わず喜んでしまう。
「本当!連れて行ってくださるの。私、本当についていっていいの?」
「少し遠いぞ。他にも人間の入れる温泉も近くにあると聞いている。」
外出が嬉しくて声が弾んだが、あっと思い出したように小さくつぶやいた。
「邪見さま・・・山道とか温泉とかいくのは大変だし、面倒で好きじゃないと思う。
やっぱり邪見さまに悪いから・・・」



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