朝5
「どうですか、小夜、かなり痛みますか。」
「・・うん・・・少し。背中とか、肩とか。」
「確かに背中には酷い内出血があました。ジュリアは、骨折もないと言っていましたから
問題ないと思います。どうしても痛かったら言ってください。ジュリアに診てもらいましょう。
もし、必要でしたら、医務室から貼る薬でも取ってきましょうか。」
「いいよ、ハジ。多分、もう平気だから。」
 小夜は、何とか気を取り直すとカイの持ってきてくれたトレーから、再びでこぼこに握ってある
ご飯を手に取り、口に運んだ。カイは、昔から、不器用で自分の気持ちをうまく表せないところが
あると思う。でも、彼が私やリクを大事にしてくれていることが、痛いほど嬉しい。カイは、どこか
今はもういないジョージに似ている。

「カイ、ありがとう。このおにぎり、とっても美味しい。死んだお父さんのおにぎりと同じ味だね。」
カイは、少し嬉しそうに笑った。その様子を見て、ほっとする。小夜は、再び懸命に食べた。


 小夜がカイからの差し入れを食べ終わり、グラスをテーブルに置いた。
「ねえ、ハジ。部屋にいると息が詰まりそうなの。外へ出たら駄目かな。」
「・・・外はかなり暑いと思います。今日は、冷房の効いているこの部屋で休んでください。」
「・・ちょっとだけ。ちょっと外の景色を見るだけだから。」
「だめです。」
「・・・でも、気持ちがふさぐの。さっきも、何かとても怖い夢を見たの。」
 小夜は、ベッドの端に腰掛けた状態で、自分の足元を見た。素足のままだった。昨日履いて
出かけたはずのお気に入りのサンダルを、何故か履いていない。裸足の足を眺めていると
悪夢の記憶が戻ってきそうだった。
「・・・足とかも泥だらけでね、周りが熱くて、熱くて・・炎で真っ赤だった。・・・。酷い火事だった
の。そして、誰かが、後ろから私を銃で撃ったの。だからここに痕が・・。」
小夜は、まるで、今撃たれたかのように自分の胸を指さして見せた。それと同時に、息が止まる
ような感覚に襲われ、急に言葉が出なくなった。胸が苦しい。

「・・・ハ・・ジ。」
掠れた、かぼそい声で呼びかける。
肝心のハジからは、返事はない。
「ハジ。」
ハジが、ようやく側に来た。
「---やぱり、やっぱり気分が悪いの・・・.今日は、私、どうかしている・・。何処かおかしいの。
すぐ頭が痛くなって、ぼんやりするし・・。」
小夜は、前に上体を倒し、身体を丸く小さくすると両腕で、自分の身体を抱え込んだ。身体が
小刻みに震えている。カイは、そんな不安げな小夜の様子が気になって仕方ないよう
様子だった。
「小夜、お前、今日変だぞ。」

 ハジは、小夜の傍らにそっと片方の膝をつき、小夜の顔を覗き込む。その小夜の目は焦点が
合っておらず、何処か遠い場所を見つめているようだった。それどころか、実際に何かを見て
いるかのごとく、黒い瞳が、左右へ不安定に動いている。

---まるで、まだ、夢から覚めていないかのように。

「・・・小夜、外へ出てみましょう。」
その声に小夜がはっとしたような表情をして、ハジの顔を見た。
ハジが身体を強ばらせた状態の小夜を、腕をつかんで立たせると、カイに目配せした。
それを理解して、カイが部屋のドアを押してやる。
 部屋のドアを開けると、むっとするような湿った熱気が入り込んでくる。まだ、朝のはずだ。
そのまま、ドアを閉め、三人で蒸し暑い通路を歩き始めた。次第に、額に汗が滲んでくる。
暗く狭い廊下歩き、鋼材の細い階段を降りる。そして、空いたままの扉の外へ出ると強い
日差しが、目に飛び込んできた。

 何と眩しいことだろう。海も空も碧い。

 小夜が広くなっている甲板で辺りを見回しているとふわりと小夜の頭に何か墨色の布が掛け
られた。それに指先でそっと触れてみる。ハジがよく身につけている上着だった。
「日差しが強いですから。なるべく、日陰を歩いて体力を消耗しないようにしてください。」
「うん・・・ありがとう。ハジも日差しに気をつけてね。」

「おや、小夜じゃないか。お散歩かい?」
よく見るとルイスが揺れる船の舳先で柵に捕まりながら立っており、楽しげに手招きしていた。
「小夜、俺の作った特製のジュースは、飲んでくれたかな。いい果物が手に入ったんだよ。
ほら、昨日の朝早くに行った市場で。小夜も見ただろ。」
陽気なルイスのおしゃべりに、小夜が笑って頷いた。
「いや、しかし海も空も碧くていいよ。ただし暑いけどな。泳ぎたいだろ、小夜。」
小夜が真っ青の海を見る。そして、水色の空を見上げた。
「いい景色だよ。よく見てごらん。あそこに見えるのが港だ。もう、俺たちはベトナムに
入ったんだ。」
小夜が、前をじっと見つめる。視線の彼方に、陽炎の中で港らしき街が霞んで見えた。
「・・・ベトナム。」

この言葉に響きは何だろうと思う。この心の奥底から、迫ってくるものは。

「ルイス!ハジ!小夜!カイ!」
大きな声が、船室に入る扉の辺りから聞こえて、みんなは一斉にに振り向いた。
「甲板に出るな!中へ入れ!港が近いんだぞ、顔でも見られたらどうするつもりだ!」
デヴィッドが、怒って声を荒げている。
「ルイス!さっきも言ったはずだが!」
言われたルイスが困ったように肩をすくめ、首を振った。
「港へ入るのは、夜になってからだ。水先案内のタグボートを近づけるな。取りあえず、湾の外に
一旦出るぞ。」
「・・お、おはようございます、デヴィッドさん。」
小夜は、デヴィッドを見て、取りあえず、挨拶をした。
「小夜か・・・。もう大丈夫か。部屋で休んでいた方がいいんじゃないのか。」
「もう、大丈夫です。つい、外を見たくて・・・。」
「とにかく、みんな中へ入れ。」
デヴィッドが、周りを見渡しながら、用心深く言った。
 ハジが、小夜を自分の方へ引き寄せると、日陰になっている場所へ押し込む。
急に引っ張られた小夜は驚いて、つまずきそうになった。ハジがその身体を支えてやる。
「すみません、小夜。足元に気をつけてください。」

 デヴィッドは、全員が船の中へ入ったのを確認すると、静かに言った。
「小夜、話がある。このまま、私の部屋へ来てほしい。ハジ、カイ、少し小夜を
借りるよ。カイ、朝食が出来ているから、食べてくるといい。ルイス、カイの食事を頼む。」
ルイスは、承知したとばかり、カイを捕まえた。
「カイ、今日は特製ジュースがあるよ。リクも喜ぶ。」
ルイスが、陽気にカイの肩を叩いて、食堂へと誘う。
「・・・カイ、先に行って食事していて。私、デヴィッドさんと話をしてくるから。
また、後でね。」
カイは後ろ髪を引かれるように、何度も何度も小夜を振り返りながら、ルイスと船内の奥へと
消えていった。

「さてと・・・。小夜、本当はハジにも席を外してもらいたいんだが・・。」
自室へ小夜を呼んだデヴィッドが、何故か彼女のすぐ後ろにいるハジを見てそういった。
「・・・・・・・・・・。」
デヴィッドの思惑とは別に、ハジに動く気配はない。
「・・ハジ、君は、『赤い盾』の人間ではない。私たちの作戦は、常に秘密事項なんだ。」
苛立ったようにコツコツと机の上を指で叩く。
「・・・・デヴィッドさん。ハジもいていいでしょ。今までだって、作戦に参加してきたのに。」
ハジがいることを、当然のことのように思っている小夜の発言が、デヴィッドには、気に入らない
ようだった。
 しばらくの間、沈黙があった。
「・・・仕方あるまい。」
デヴィッドは、ついにあきらめたようだった。机の上に一冊の紙の薄いパンフレットを載せる。
学校案内のようだ。
「小夜、君には一ヶ月後、ベトナムにあるこの全寮制女学校へ転入してもらう。場合によっては
ハジにも何らかの形で潜入してもらった方がいいかもしれんな。小夜、それまで、出来るだけ
英語とフランス語をマスターしておいてくれ。君はジョージのおかげで英語はたぶん大丈夫だな。
ハジは、そのスラブ訛りを何とかしろ。あとは、小夜の入学手続きは我々で行う。
転入先は、『リセ・ドゥ・サンク・フレシュ』だ。」





閲覧をありがとうございます。これで朝シリーズは終わりです。
相も変わらず、何だか見事な捏造話ですが・・。(冷汗)
ところで、小夜たちって、英語で会話しているのでしょうか・・?
今の時代、ジブリ作品も犬夜叉も英語をしゃべって(?)いるようですし・・。
しかし、このコンテンツをUPする以外にも
しなくちゃいけないことが、いろいろあるんですが・・(大涙)




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