樺太大泊町図書館展示室
      企画展 樺太の神社      
       官幣大社樺太神社参道  
                                  (官幣大社樺太神社参道)


当館の大して多くない資料をまとめて企画展を行いたいと以前より思っていました。
今年は大泊に鎮座まします亜庭神社の創立100周年ということで、初の企画展「樺太の神社」をお送りします。

現在、日本最北端の神社というと、観光名所宗谷岬にある宗谷岬神社や稚内の北門神社でしょうか。
しかし、宗谷海峡を越えた、樺太にも多くの神社がありました。

資料はないものの江戸時代から集落や漁場ごとに神様が祀られていたようです。
日露雑居の時代、千島樺太交換条約の時代を経て、
明治38年(1905年)、樺太が帰邦すると神社の創立をはかる動きが盛んになりました。

樺太第一の神社は豊原にある官幣大社・樺太神社です。
明治44年(1911年)に、樺太全島総鎮護として創立されました。
樺太神社は、最近では、「艦これ」に出てくる鈴谷の艦内神社としても名前がしばしば出てきますね。
島内各地では、それよりも早く、明治43年、豊原神社、真岡神社の創立が許可されています。
その後、各地で産土神を祀る風潮がおこり、その数は130に及んだといわれます。
大正9年(1920年)に「神社規則」が樺太庁より出され、県社などの指定もなされていきます。
(樺太には県がないのに県社というのも興味深いものです。)

大きな神社も集落の小さな祠も、内地の社と同じように、人々が願掛けをし、盛大なお祭りが行われました。

      樺太恵須取神社祭礼
          (昭和20年市政施行予定だった恵須取の町での神社祭礼)

樺太に戦火がせまるのは、本土よりもかなり遅かったため、終戦の夏にも祭礼が行われていたようです。
終戦時には、樺太神社をはじめ、県社7社を含め277社があったといいます。
ソ連侵攻後、諸神社は混乱の中、樺太庁長官の指示により出来る限り御霊代を樺太神社に集め昇神をしました。
混乱の中、神職の中には自決を遂げたり行方不明になるなど悲惨な最期を遂げられた人もありました。

その後、引き揚げまでの間、ソ連は治安上への配慮か、軍政下での祭司継続を認めました。
おおよそ、2年ほどで最後の引き揚げとともに神職達も島を離れ樺太での神社の歴史は幕を閉じるのです。
冷戦下、樺太の状況は日本からはほとんど分からなくなってしまいます。

しかし、冷戦終結後、再び樺太に入れるようになると、町の状況とともに神社の現状も分かってきました。
そのあたりは、諸々のインターネットサイトやブログで調べられると思いますのでここでは詳述しません。
完全な形で残っている神社はないようですが、いくつかの例を紹介しておきます。

・樺太神社:宝物殿が現存。参道並木道も現存。
・亜庭神社:石段だけが残る。
・泊居神社:鳥居が残る。トマリの町には泊居大橋も現存。
・恵須取神社:鳥居と紀元2600年記念碑。小学校跡には奉安殿も。
・白浦(しらうら)神社:鳥居が残る。小学校跡には奉安殿も。
・真岡神社は少なくとも昭和30年頃までは建物が残っていたようです。
 雑誌「毎日グラフ」1957年(昭和32年)11月3日号の「素顔のホムルスク(旧真岡)」の記事に社殿の写真が載っています。

古くは江戸時代以前から樺太に住む人々を守り、歴史の波の中、深い雪や森林の中に消えていった神社。
時にはそんな歴史に思いを馳せてみてください。


以下に、樺太の神社のいくつかを紹介します。


樺太神社
   樺太神社御朱印
   豊原市旭が丘
   社格:官幣大社
   創立:明治44年(1911年)
   祭神:大国魂命、大己貴命、少名彦命
   祭日:8月23日(樺太始政記念日と同一)



豊原神社(「樺太豊原町の概況」より)
   樺太豊原神社
   豊原市大字北豊原
   社格:県社(昭和3年11月5日列格)
   創立:明治41年(1908年)
   祭神:天照皇大神、豊受大神、明治天皇、昭憲皇太后
   祭日:6月16日




亜庭(あにわ)神社
   樺太亜庭神社
   祭日の亜庭神社(「最近の大泊」より)

   大泊町本町神楽ヶ岡
   社格:県社(昭和5年7月5日列格)
   創立:大正3年(1914年)
   祭神:大国主命、事代主命、御食津神、誉田別尊、市杵嶋姫命
   祭日:8月10日




真岡(まおか)神社
   樺太真岡神社御朱印
   真岡町市街
   社格:県社(昭和9年5月列格)
   創立:明治43年(1910年)
   祭神:天照皇大神、豊受姫大神
   祭日:7月10日




恵須取神社と忠魂碑 (「ヱストルみやげ・観光ヱストル原色版」より.。祭礼の写真も同様。)
   樺太恵須取神社
   恵須取町市街
   社格:県社(昭和15年7月列格)
   創立:大正7年(1918年)7月
   祭神:天照皇大神、神武天皇、応神天皇、明治天皇
   祭日:7月15日




敷香(しすか・しくか)神社 (敷香観光協会発行「敷香名勝」のうち「奥地に拝す」より)
   樺太敷香神社
   敷香町幌内川河口
   社格:県社(昭和15年12月28日列格)
   創立:明治44年(1911年)7月
   祭神:天照皇大神
   祭日:7月17日



   樺太護国神社
   豊原市樺太神社隣接地
   社格:護国神社(昭和14年指定)
   創立:昭和10年(1935年)9月、樺太招魂社として創建
   祭神:日露戦役以降の樺太関係の戦病没者
   祭日:7月7日



   他に名前の分かる神社
     県社落合神社、県社知取神社、塔路神社、泊居神社、野田神社
     珍内神社、留多加神社、栄浜神社、東白浦神社、元泊神社
     内路神社、上敷香神社、北辰神社、追分神社、舟見神社
     蘭泊神社、鵜城神社、名好神社、大平神社、長浜神社
     小能登呂神社、本斗神社、内幌神社、安別神社

   樺太本斗神社御朱印



○本展参考文献等○
  「樺太沿革・行政史」樺太連盟
  「樺太終戦史」樺太終戦史刊行会
  「目で見る樺太時代T・U」国書刊行会
  「僕の見た『大日本帝国』」西牟田靖 情報センター出版局



今回の企画は死蔵してあった資料を公開するのが第一の目的です。
特にネット上にあまり見ないカラーの資料を可能な限り使用しました。
そのため、史実的な内容面では、より詳しいサイトや文献が多くある中、敢えて作成しました。
また、本展の記述については、当館が実際に所蔵している文献・絵はがき等に依る他は、wikipediaや樺太連盟のサイトなどある程度公的なウェブサイトの内容を典拠としています。

なお、本展で資料としなかった(高くて買えてない)、樺太の神社についての基本文献としては、北海道神社庁 (2011)「樺太の神社」があります(リンク先は樺連のHP)。
web上で見られる主な資料としては「神奈川大学非文字資料研究『樺太の神社の終戦顛末』」 前田 孝和(2012) http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10487/10946/1/05%20News%20Letter27.pdfがあります。神大非文字資料研究センターには海外神社(跡地)に関するデータベースもあり、樺太以外の海外神社の資料はさらに豊富です。




   樺太神社並木道
                                     (樺太神社並木通り)

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(公開 平成26年9月27日)