出題の意図


『熱力学』2002年(前期)木1 2002/7/18 実施    問題と解答例解説

まじめに講義を聴いてくれた人は、こんな腑抜けの課題では怒ったでしょうねぇ。

1. 以下の記述は正しいか正しくないか、根拠を簡潔に述べて答えよ。
(1) エアコン(ルームクーラー)は、自然の摂理(「エントロピー増大則」のことかな?)に逆らって、人為により低温(室内)から高温(室外)へ正の熱を移しているから、全体としてエントロピーを減少させていることになる。
(2) 太陽熱利用において、太陽光を巨大なレンズや凹面鏡で集めるなど、どのように工夫しても、太陽の表面温度より高温の状態を実現することは不可能なのだ。


(1) 誤。人為であれ何であれ、室内・室外双方をあわせた系を孤立系と考えるとき、エントロピー全体としては ΔS>0 の制約を逃れることはできない。

  室内温度をT、室外温度をT'(>T)とする。室内から除去した熱Qを室外に移すだけなら ΔS = Q/T'+ (-Q)/T = -Q(T'-T)/TT'<0 であるが、室外に放出される熱Q'は第一法則により、Q' = Q+エアコンを運転するのに要した電気的仕事 W であり
       ΔS = Q'/T' + (-Q)/T = (Q+W)/T' + (-Q)/T = W/T' - Q(T'-T)/TT'。
  クラウジウスの不等式ΔS>0[注:ここではサイクルから出て行く熱を正としているので不等号の向きに注意]は、単にエネルギーを移動させるだけのために仕事、すなわち余分なエネルギーの消費を要することを主張しているのである。不等式は、このコンプレッサで要する電気的仕事の下限 W>Q(T'-T)/T を与える。


(2) 誤。クラウジウスの原理には「他に何の変化も残すことなく」という条件がついて いる。単にレンズで光を集め黒体を熱するだけなら太陽の表面温度以上に出来ないことは確かである(上ページ「クラウジウス様」参照)が、例えばこれを用いて光発電し、電気エネルギーとして溜めておいて電流として一気に流せば、いくらでも高い温度が得られる。

 というのが、標準的な解答でしょうけど、こういうのはいくらでも答え方があります。「他のエネルギーをドンドンつぎ込んでやれば」というのは、出題者の意図を察してくれていないわけで、少々厚かましすぎますがね。次回に出すときには「エネルギー源としては太陽エネルギーだけを利用するとして」とでもことわらなきゃあ。
 「熱を逃がさないようドンドン貯め込んでいけば可能」というのは誤り。温度が逆転  すれば熱も逆流するのです。別の形のエネルギーにして貯め込まないとダメです。「化石燃料も元々は太陽エネルギー、これを使えばよい」というのもありました。


2.
(1) 1モルの理想気体が温度 T の準静的等温過程を経て、圧力 P が P1 から P2 まで変化したとき、気体が外部から受け取った熱を求めよ。


  d'Q = dH - VdP において、理想気体ではエンタルピーH は温度だけで決まるから、等温変化では d'Q = -VdP = -RT dP/P、これをP1 から P2 まで積分して Q = -RT log(P2/P1)。

  dU=0であるから d'Q = -d'W = PdV = RT (dV/V)、これを V1 = RT/P1 から V2 = RT/P2まで積分しても同じ結果が得られる。あるいは(2)を用いてもよい。

(2) 理想気体に限らず一般の系が温度Tの準静的等温過程を経て、圧力 P が P1 から P2 まで変化したとき、系が外部から受け取った熱 Q は次式で与えられることを導け。

        P2
   Q = -T ∫ (∂V/∂T)P dP
        P1

  準静的変化では d'Q = TdS。等温変化だから残る変数を Pとして dS = (∂S/∂P)T dP、これは、G についてのマクスウェル関係式を用いて dS = - (∂V/∂T)P dP、よって d'Q = -T(∂V/∂T)P dP、これをP1 から P2 まで積分すればよい。

 [一般の系では、等温変化でも dU = 0 とは限らないから、d'Q = PdV ではない。 ]

3.理想気体に限らず一般の系で両比熱の間に不等式 CP>CV が成り立つことは、以下のようにして導かれる: エントロピー S を、(T,V) を独立変数とする立場から (T,P) を独立変数とする立場に移ることにより、

(∂S/∂T)P=(∂S/∂T)V+(∂S/∂V)T(∂V/∂T)P(P一定のとき、VもTの関数である)
       =(∂S/∂T)V+(∂P/∂T)V(∂V/∂T)P (マクスウェル関係式より)
       = 以下略。

(1) これにならって、等温圧縮率 κ と断熱圧縮率 κad の間の関係式 κ-κad=TVβ2/CP を、(等式 CP/CV=κ/κad を用いることなく)直接導け。


  κ = -(1/V)(∂V/∂P)T 、 κad = -(1/V)(∂V/∂P)S である。
  体積 V(P,T) を (P,S) の関数 V(P,T(P,S)) とみなすことによって

   (∂V/∂P)S = (∂V/∂P)T + (∂V/∂T)P(∂T/∂P)S(S一定のとき、TもPの関数である)

  ここで (1/V)(∂V/∂T)P = β (βは熱膨張率)、また公式
   (∂T/∂P)S(∂P/∂S)T(∂S/∂T)P = -1   より
   (∂T/∂P)S = -(∂S/∂P)T / (∂S/∂T)P (参考資料公式集)
        = (∂V/∂T)P / (∂S/∂T)P (マクスウェル関係式より)
        = Vβ / (CP/T) (各定数の定義。以下省略。)

(2) CP>0 より、不等式 κ>κad が成り立つが、この不等式の物理的な内容を、理想気体を題材にして簡単に説明せよ。「圧力一定で温度を上げれば膨張する。同じ温度変化(したがって同じ内部エネルギー変化)に際して、膨張で外にする正の仕事の分だけ余分に熱を要するから、CP>CV である」のように。

  等温変化では圧縮の際に外からなされた仕事の分だけ熱を放出して内部エネルギー(したがって温度)が一定に保たれるが、断熱変化ではされた仕事の分だけ内部エネルギーが増加し、温度が上がる。したがって同じ体積減少に対して断熱曲線の方が等温曲線より上になり、勾配 ∂P/∂V がきついことになる。圧縮率ではこの逆。[高校レベル]

厳しいのは3の(1)だけですね。 必要な情報は今回もすべて問題用紙の「参考資料」に書かれていました。