Happy Valentine's Day

*white chocolate for Bunta*










-2月13日、21:30-


「できた!」


夜のキッチンで、嬉しそうな声を上げる。

数日前、友人達と盛り上がったバレンタインの話の中で、私は先輩にホワイトチョコレートでトリュフを作ることを決めていた。

甘いものが好きな先輩なら、きっとホワイトチョコレートを一番喜んでくれるだろうと思ったから。

そして、そう決めてからは毎日練習を重ねた。

試作品が出来るたびに友人達に味見もしてもらった。

そのおかげか、今夜は一番良い出来のものが完成したと思う。

あとは綺麗に箱に詰め、リボンをかければ完璧。

もちろんラッピングも好みを意識して、先輩の好きな赤色のリボンを選んだ。


(喜んでくれるかな)


先輩に渡す瞬間を想像するたびに、胸がドキドキして顔が熱くなる。

昨年までは知らなかった、こんな気持ち。

先輩に出会ってから、私の中に新しい感情がどんどん芽生えてくる。


(はやく、渡したいな)


照れくさいのに、先輩がどんな反応をするのかがはやく知りたて仕方ない。

今の私は、まさにそんな気分。


(美味しいって笑ってくれますように)


そんなことを祈りながらバレンタインの前夜、私はベッドにもぐった。






-2月14日、8:10-


「――あ…」


自分の下駄箱で上履きに履き替え、3年の下駄箱の前をいつものように様子を窺いながら通り過ぎようとしたとき。

その光景に、思わず声が漏れた。

カラフルな箱を手にした先輩の姿。

その手に抱えられているカラフルな箱の中身は、一目瞭然。


「お、


その声に気づいた先輩が、振り向いて私を見る。

おはよう。の意味で手を軽い感じに上げられたけれど、それに笑顔を返すこともできない。


「ブン太先輩。それ…」


じぃっと先輩の手元を見つめながら呟くと、先輩もようやく私の視線の元に気づき、一瞬視線を落とした。


「朝来たら、下駄箱に入っててよ」

「そうですか」


私の主観が思いっきり入ってしまっている自覚はあるけれど、なんだか先輩の声が嬉しそうに聞こえる。

甘い物をもらえて喜んでいるように思えてしまう。


(甘い物好きなのは知ってるけど…。普段だっていろんな人からお菓子もらってるの知ってるけど…)


でも、今日はバレンタインなのに。

いつものお菓子とは、違う意味が込められているのに。

もしかしたら先輩は、チョコレートが食べられればそれでいいのだろうか?

誰がくれたものでも、どんな意味が込められていても、チョコレートなら構わないのだろうか?


(私の、じゃなてくても?)


「おい、?」


どうかしたか?という言葉は最後まで聞かずに。


「たくさんチョコレートもらえて、よかったですね。それじゃあ私は、これで失礼します」


まるで台本を棒読みしてるかのような喋り方で一息に言い切ると、ぺこりと頭を下げてから先輩を待たずにその場を小走りに去っていく。

背後に先輩が私を呼び止める声が聞こえたけれど、それにも立ち止まることなく自分の教室を目指して、階段を駆け上がる。


(先輩のばか…!)


途中、鞄の中に忍ばせていた赤いリボンをかけた箱を思い浮かべたら、涙が零れそうになった。

先輩の笑顔が見たくて、昨夜遅くまで一生懸命作ったチョコレート。

今日のお昼休みに渡そうと思っていたのに。

バレンタインにドキドキしていたのは、私だけだったの?

先輩と付き合いだして初めてのバレンタイン。

ドキドキして、何をあげたらいいんだろうって悩んで、これなら喜んでくれるんじゃないか、でもこっちのほうがいいかもしれないって、今日まで一喜一憂して。

全部、私がひとりで舞い上がっていただけだったのかな…。

先輩にとっては、バレンタインに特別な意味はあんまりなくて。

もしかしたら、大好きな甘いものがたくさんもらえる日っていう感覚しかないのかな。

だとしたら。


(もう先輩なんて、知らない。チョコだってあげないから)


そう思ったのと同時に、4階の自分の教室に到着して。


「おはよ〜。


先に来ていたに声をかけられたので、私は今にも泣きそうな顔のまま、アドバイスを求めての傍へ行った。






-2月14日、12:40-


「――どうぞ、召し上がれ」


いつものように先輩とふたり、屋上でお弁当を広げたものの、まるで食欲なんて湧いてこなかった。

朝の一件以来、私の気分はずっと落ち込んだまま。

チョコのひとつやふたつでって、や他の友人達には苦笑されたり、宥められたりしたけれど。

初めての彼に初めて手作りしたチョコレートを渡そうと思っていたバレンタインに、他の女の子のチョコレートにあっさりと先を越されてしまった私の気持ちは、何を言われても浮上することはなかった。


『告白を受け入れたわけじゃないんだし。チョコもらったくらいで拗ねてたら、この先続かないよ?』


半分泣き出しながら、見てしまった光景について訴えた私にが苦笑交じりに言った言葉。

確かに、そうかもしれない。

先輩はとても人気がある人で、私と付き合う前からたくさんの女の子達から差し入れを毎日もらっていたし。

私と付き合いだしてからだって、お菓子を差し入れする女の子達はたくさんいた。

そのたびに私は、密かに傷ついていて。

でも、私と付き合う前から差し入れをもらうことが当たり前だった先輩に、付き合い始めた途端に、差し入れをもらわないでほしいなんて言い出すことも出来なくて。

見て見ぬふりをしてた。

差し入れに特別な意味なんてないって自分に言い聞かせて、一生懸命気にしないようにしていた。

だけど、今日のチョコレートはどんなにがんばっても無理。

気にしないようになんて、できそうにない。

特別な意味なんてないと自分に言い聞かせるには、今日は特別な意味がありすぎる日だった。

特別な意味が込められたチョコレートを自分が用意している以上、先輩が手にしたチョコのすべてに、私と同じ気持ちが込められていると思えてしまう。

あのチョコすべてに、先輩のことが好きだという気持ちが込められているのだと。


(そんなの、食べてほしくない)


「…絶対、嫌」


思わず呟いた言葉に、箸を手にし早速食べ始めようとしていた先輩が動きを止めた。


?」

「先輩、食べないでください」

「な、なんだよ。俺、スゲー腹減ってるんだけど」

「お腹空いてるなら、私のチョコあげますから。だから、絶対に他の人からもらったのは食べないでくださいっ」


お願いします。と、何度も何度も言いながら、先輩を涙目で見上げると。

先輩が、しばし無言の後、私の頭を軽く撫でた。


「食わねぇよ」


と微笑んで、何度も何度も私の頭を撫でる。


「本当ですか?」

「ああ。お前のチョコがあれば、別に他のモンはいらねーしな」


その言葉を聞いて、ようやく私は少しだけ安心する。


「よかった…。チョコが食べられるなら、誰からでもいいのかと思っちゃいました」

「んなわけねーだろぃ?」


ちょっと怒ったような声に、ごめんなさい。と謝りながらも、でもと付け足してしまうのは、やっぱり嫉妬する心がまだどこかにあるから。


「でも、朝の先輩チョコレートたくさんもらえて嬉しそうでしたし」

「…まあ、甘いモンは好きだからな。でも、気持ちも受け取るのは、お前からのチョコだけだぜ」


バツが悪そうに頭を掻く先輩の姿に、やっぱり。と、一瞬だけ思ったけれど。

その後に続けられた一言が嬉しかったから、今はそれ以上追及することはしないでおこう。


「で?その肝心のお前のチョコは?」


にこっと笑った私に、ようやく笑ったと聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った後、先輩が私の周囲をキョロキョロと見回す。

今すぐ欲しそうなその様子に、私は非常に申し訳ない気持ちを抱く。


「…あ。教室」


お昼休みになったときには、もう先輩にはあげないって拗ねていたから。

教室の引き出しの中に、無造作に突っ込んで置いてきてしまっていた。


「――マジかよ」


ガクッと思い切り肩を落とす先輩に、すみませんと慌てて謝ると。


「じゃあ、これ食ったら取りに行こうぜ」


目の前に広げられていたお弁当を指差して、先輩が笑った。


「はい。どうぞ、召し上がれ」


だから私も、今日初めてのとびきりの笑顔で先輩にお弁当を勧めた。




漫画や小説で読んでいたようなロマンチックなバレンタインとはかなり違うし、私が今まで漠然と思い描いていた理想のバレンタインとも違くなってしまったけれど、これが私が初めて大好きな人にチョコレートを贈った記念のバレンタインデー。

先輩と過ごした初めてのHappy Valentine's Day。




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2010.02.11


甘いチョコはブン太でホワイトチョコレートでした。
甘い物好きといえば最初に浮かぶのがブン太なので、甘い物担当は彼しか思いつきませんでした。
ブン太は甘い物好きゆえに、バレンタインのチョコも誰からでも受け取ってから嫉妬されそうかなあと思って書いてみました。

毎回のことながら、回もいろいろ反省点はあるのですが、一番の反省は選択式と言いつつ結局最初にしか選択がなかったことです(苦笑)
当初は、ストーリー自体も途中で選択肢を出して、それによって変化つけようかと思ったのですが、企画を思い起こしたのが遅くて、とてもじゃないけどバレンタインに間に合いそうもなく…(汗)
その辺りは、来年もサイトが存在していたらリベンジできたらいいなと思います!

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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