Happy Valentine's Day
*bitter chocolate for Masaharu*
「甘いものは苦手だって…」
私は、いつかの会話を思い出しながら答える。
『先輩は甘い物、好きですか?』
『どちらかと言うと苦手じゃな。コーヒーとかでもそのままの方がいい』
『えー、私、砂糖入れないと無理です』
何気ない会話だったけれど、確かに甘いものは苦手だと言っていた記憶があるし、その後の付き合いの中でも先輩が甘いものを食べている印象があまりない。
「そっか。そうなると、チョコレート自体が苦手そうだよね」
の言葉に、無言で頷く私。
そうなのだ。
実は、先輩は甘いものが苦手という事実があるために、どんなチョコをあげたらいいのかなかなか決められずにいるのだ。
「…あ、でも。カカオ分が高いチョコレートなら甘くないから平気じゃない?」
ほら、ときどき見るでしょ?
カカオ、○○%って書いてあるチョコレート。
が名案を思いついたように、にっこりと笑いかける。
「そっか。それなら、先輩も食べられるかもしれない」
店頭でたまに見かけるチョコレートを思い浮かべながら、私も頷く。
以前に一度、興味をそそられて買って食べたことがあるけれど、確かにそれは今まで私が抱いていた『チョコレート=甘いもの』という概念を覆すものだった。
「喜んでもらえると、いいね」
の言葉にもう一度頷きながら、私は先輩のことを思い浮かべていた。
-バレンタイン当日-
「雅治先輩。これ、バレンタインのチョコレートです」
放課後の教室。
ふたりきりなことを確認してから、先輩の前に青いリボンのかかった箱を差し出す。
「お、悪いの」
先輩はそれを笑顔で受け取ってから、開けてもエエか?と首を傾げたので、私は少し照れながらもコクリと頷く。
中身は、から提案された高カカオのビターチョコレート。
アーモンドやナッツ類を入れようかとも思ったけれど、結局スタンダードにチョコレートだけにした。
「お前さんの手作りか?相変わらず、上手いの」
丁寧にラッピングを開けて中身を見た先輩が褒めてくれたので、私は更に照れくさくなる。
「ありがとうございます。…先輩、甘いものが苦手だって前にお話してたから、ビターチョコレートにしたんですよ」
「ほぅ、そいつはありがたい。は気が利くのう」
なあ、食べてみてもエエか?
先輩がチラリと私を見て、今度はそう首を傾げる。
「え?それは構わないですけど…」
まさか、この場で食べてくれるとは思っていなかったので、少し驚きながらも頷く。
先輩がどんな反応をするのか、とてもドキドキする。
ほとんど甘さのないチョコレートだから先輩でも食べられると思っているけれど、もし先輩の口に合わなかったらと思うと少しだけ反応が怖い。
そんなことを思っているうちに、先輩は箱の中から一粒チョコレートを手にして、いただきますと口の中に入れた。
「………」
「………」
じ、とドキドキしている胸を抑えながら無言で先輩を見つめる。
先輩も、しばらく何も言わずに口の中のチョコレートを味わっているように見えた。
「甘くないのう」
食べ終えた先輩が最初に呟いた感想。
それを聞いて、私は小さく笑う。
「はい。カカオが86%のチョコレートを使ったんです。だから、一般的なチョコレートの意識で食べると驚くかもしれません」
でも先輩は、これくらいのほうが食べられると思って。
そう付け足すと、先輩が「そうか」と言ったまま、なぜか私をじっと見下ろしていた。
「先輩?」
不思議に思って見上げて小首を傾げると。
「じゃが、チョコレートにしてはちと物足りんのう」
そんなことを先輩が言い出すから、私は途端に慌ててしまう。
見上げていた視線も、自然と先輩の足元辺りに落ちる。
「す、すみません。先輩には、甘くないチョコレートのほうが喜んでもらえると思ったので…」
「確かに甘いものは苦手じゃ。じゃが、もう少し甘くてもエエのう」
「あ、あの…作り…直しましょうか?」
恐る恐る先輩を見上げると、先輩は予想外に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「あ、あの…先輩?」
「ん?ああ、すまんすまん。作り直してくれんでも構わん。これはこれで、美味いと思ってるんでな」
「…え?でも、物足りないんですよね?」
「それは、お前さんに協力してもらうんで構わん」
「??」
まったく意味が分からず、先輩?ともう一度首を傾げようとした瞬間。
先輩が唐突に私に顔を近づけて、掠め取るように私の唇を奪った。
「―――」
「…ふむ。今度は、ちと甘くなりすぎたかの」
その一瞬にして思考回路が止まった私を目の前に、先輩は平然とそんなことを言ってのける。
「お前さんのキスは、チョコよりも甘いのう」
その先輩の一言に、思考回路が回復した私が、恥ずかしさから泣きそうになって抗議するのは、あと十数秒後の話。
2010.02.14
ビターチョコ担当の仁王でした。
学プリの中で甘いものが苦手だと言っていた彼を思い出し、ビターチョコは彼に担当してもらいました。
一応、ラストの台詞だけは書く前に決めていたのですが、あとは行き当たりばったり(毎回のことですが)な部分があるので、どう最後をまとめようか少し迷いました。
駆け引き上手な仁王ならチョコだけじゃなくて、ちゃっかりの唇もいただいていそうだと私は思っています(笑)
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。