Moguraとは犬の名前だ。ハンサムなヨークシャーテリアだった。
私は母の手を煩わすことが多かったので、彼は、私をあまり年の変わらない姉だ、と思っていたようだ。対抗意識を常に燃やしていた。
母はすぐに「おねえちゃんが先でしょ」と言って、私を優先していたから無理もない。彼は、私のしてもらうことは全てしてもらうのだ、という気構えでいた。
髪を結うのを手伝ってもらっていても、目薬をさしてもらっていても、横で、私と同じスタイルでじっと待っていた。母が目薬をさしてやるまねだけすると、実に満足そうな顔をした。
私が散歩に連れて行くと、歩き方がおそい、と言ってGパンのすそに穴があくほど噛んで怒った。
でも父がふざけて、彼の前で私を叩いたりすると、モーレツな勢いで父に向かって怒ってくれた。
また、私の帰りがおそいと、迎えに行こう、と言ったらしい。だれも付き合ってくれないときは、ひとり玄関で待っていてくれた。ひとりっ子の私にはナイトのような存在であり、かけがえのない弟だった。
Moguraが交通事故で逝ってしまってから、十年が経つ。
Mogから一言。
このエッセイを同人誌の埋め草(本文が終わっても、そのページに余白があると、それを埋めるための小さなエッセイ)にEikoがぼくのことを書いたんだ。
そしたらね、それが出版社の目に留まったらしい。突然、編集者から電話がかかってきて、この犬と女の子を主人公にして一冊120枚お願いします、ってね。
締切りは一ヵ月後。Eikoは、それまで33枚しか書いたことがなくてオロオロしてた。それを聞いた編集者も一瞬絶句だった。
でも、ぼくが耳元で、こんなこともあったね、とか、このときはこうだった、とか、ささやき続けて、やっとの思いで書き上げたんだよ。そして、ぼくが主人公の本が出版されたんだ。それで「お話を絵にするコンクール」という企画の選定図書にもなってしまったんだ。もう、ぼくはびっくりの連続だった。
この本のおかげで、ぼくが天国に遊んでいると「フランダースの犬」とか「忠犬ハチ公」とか、本の主人公になった犬たちがすぐにたずねて来てくれた。Eikoが威張るから、あまり大きな声では言えないけど、これはおねえちゃんさまさまかな、って。
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