自 己 紹 介

’99ー1ー31(平成11年) 永年勤務してきた会社を60才で退職した。
女房と二人して、その後の生活の場所を博多生活の前に9.5年間生活した 大阪に戻って再スタートする事に決めていた。  

パソコンとの出会い

パソコンは現役時代社内メール用にブック型を1台/1人持たされていた。
退職後は、これからはインターネットの時代であるとの認識の元に、買う事を 心密かに決めていた。次女や長女婿に何を買うか相談したところ二人ともマック 派であり、進められるままに 丁度売り出し中の iMac(Rev.C) を日本橋で で購入した。プリンターはエプソン PM750C、スキャナーはエプソンGT-7600C、 当時はフイルムからスキャナーに掛けて画像を取り入れていたのでHP用にはスキャナーが必要だった。 その後登山用にGPSを購入しこれを使い遊ぶ為にはマックでは対応していなくてSONYのVAIOを購入しWindows に変えた。この勉強もなかなか大変だ。その後はVAIOのみを使用していたが、、、、。

山との出合い

定年後自分で何を趣味として、生き甲斐を求めるか?でいろんな生き甲斐の本を 読みあさったが、結局は従来からの趣味より外れることはなく、その一つに登山があった。 独身の頃九州の山は仕事の合間に登っていた。 東京時代は富士山、日光金精峠、磐梯山位である。 新婚時代は釧路で、雄阿寒岳、羅臼岳には登ったが、熊が恐くてそれ以上は登っていない。 仕事上休日もままならず単独での登山が主であった。スキー、スケートもここで 覚えたがそこそこの実力で自慢にはならない。  富山県高岡市に転勤したが 夏の社内登山バスツアーで日帰りで立山雄山に登った。 雄山からその先の大汝山方向へ歩きたくてうずうずした事を覚えている。あの先へ行きたい! 行けるぞ! 仕事が忙しいのと子供が幼く、自分だけ好きに山へ行く事が出来なかった。   ようやく再度目覚めたのは平成4年7月から博多へ単身赴任を3年間し、その間に近くの背振山、 太宰府の宝満山、久住連山、祖母山、大崩、根子岳、霧島縦走、開聞岳、英彦山、犬ケ岳等など 時間に余裕ができ、体力向上もかねて登った。独身時代に九州の主たる山のいくつかは登っていた のであったが60歳近くなって登りたいと意欲が出てきた。この時期に
下記北アルプスの山行を実施し増々山への憧れが増してきていた。
’96ー7ー28 から 新穂高温泉〜笠新道〜笠岳〜(笠ケ岳山荘泊り)〜弓折岳 〜双六岳〜三俣蓮華岳〜(三俣山荘泊り)〜鷲羽岳〜水晶岳往復〜真砂岳〜野口五郎岳〜 (烏帽子小屋泊り)〜烏帽子岳〜高瀬ダム  夏山3泊4日の小屋泊り縦走

’97ー8ー11から 上高地〜(岳沢ヒュッテ泊り)〜前穂〜奥穂〜北穂〜(北穂高岳 小屋泊り)〜槍ケ岳〜(ヒュッテ西岳泊り)〜大天井岳〜燕岳〜(燕山荘泊り)〜中房温泉、 までの夏山4泊5日の小屋泊り縦走

’99ー7ー21から 立山室堂〜雄山〜大汝〜富士の折立〜別山〜剣御前小屋 〜(剣山荘泊り)〜前剣〜剱岳〜前剣〜剣御前小屋〜(内蔵助山荘泊り)〜剣御前小屋 〜みくりが池温泉〜室堂   夏山2泊3日の小屋泊り縦走

囲炉裏村入村

大阪での再出発が’99ー2ー1から始まった。  この時期インターネットからネット上の架空の囲炉裏村に行きあたった。 内容を読んでみると自分の頭に有った考えとピッタリ合致して ’99年4月14日 囲炉裏のオフ会に初めて参加する、皆さんがもう以前からの友達で あったかの様な雰囲気の中での飲み会で 19時から23時まで時を忘れてしまった。 村長、助役その他多くの会員に会い入村することにした。 パソコン上だけの付き合てはなく、月1回のオフ会で顔をあわせての一杯飲み会があるし、 登山企画もありしかもパソコン初心者であり色んな疑問を教わったり、山行の計画や 情報が行き交ったりで最高である。

ハンドル名「どんかっちょ!」について

囲炉裏村では本人の姓名は呼び合わない、殆どハンドル名で呼び合っている。 何と付けようかと思い悩んだ結果 自分も川で幼い頃から鮎、はや、うなぎ、 手長えび、鮒、どんこ(方言でどんかっちょと呼んでいた)等を捕って遊び育った。 そこでハンドル名を「どんかっちょ!」にした。が電車の中等でこの名を呼ばれると少しどぎまぎ してしまう。最近はどんさんと呼んでくれる人も多く助かっている。 柴島浄水場で飼われているドンコを写真にしたので参考にしてください。

カメラ歴

最初はレンズシャッターカメラを買い、S41年ASAHI-PENTAXのSPOTMATIC一眼レフを 買った。その後CANON-EOS10を平成3年に買いその後EOS7に変わってポジフイルムを使っていた。 当社は芸術写真に凝っていたが今では山行とその時の山行写真をホームページに取り込むのに忙しい。 記録写真を気楽に撮ることになってしまった。 それに時代は変わりデジカメ時代が押し寄せてフイルム写真を撮ることも無くなってしまった。 ホームページ用にデジカメで撮影し時間も出ることから一眼レフはバッグの中で休眠中である。

TOPページへ