10月7日
〜昼過ぎ〜



電話が来た。
それは俺がずっと待っていた電話だった。
けど、その内容は…。



『…銀時。落ち着いて聞いてくれ』



真剣な声色から、紡ぎ出された言葉は、ある意味この間の電話より、俺の心をざわつかせた。



『トシの意識が戻った』
「マジで?!じゃぁ、今から…!!」
『それが…』
「?何、どったのよ。せっかく意識が戻ったってのに暗い声出して?」
『…記憶が、ないんだ』
「…は?」
『トシの…記憶が…ない、んだ』
「―――――――――っ!」



話によると、土方は昨日意識を戻し、朝方屯所の廊下を歩いていたらしい。
そこに山崎が現れて、意識が戻ったんだと、近藤に報告しようとしたら。
たまたま近藤も起きて来て。
そして…。



『ココ、何処?…アンタ、誰?』



そう言ったんだと…。



『すぐに医者に診せた。そしたら医者は、ショックで一時的に忘れているのかも知れない、と』
「……………………」
『だから様子を…でも、今朝も思い出した様子がなくてな。それで…遅くなったが、お前にも連絡を……』
「……そっち」
『え…?』
「そっち、…俺も行って良いかな?」
『あ、あぁ、勿論だ。お前の顔見たら、トシも思い出すやも知れんし…』
「それは…」
『…?銀時」
「いや、何でも…。…取り合えず、後でな」
『あ、あぁ…』



それはない…とは言わなかった。…言えなかった。
だってお前等の顔見ても思い出さなかったんだろ?
長い付き合いのお前等の顔見て思い出さなかったのに、俺の顔見て思い出すかよ。
俺は受話器を置くと、そのまま、ノロノロとした足取りで家を後にした。
スクーターの鍵を机から持ち上げた瞬間。
ちゃりん、とそれは手からすり抜けて。
…自分が微かに震えてる事に気づいた。











「はぁ…気が重ェ……」



結局屯所までは徒歩で行った。
一昨日は急いで通ったこの道を、今度は重い足取りで進む。
屯所の前まで来て、奥に声を掛ける。
程なくして、バタバタと足音がして、ゴリさんが現れる。



「遅かったな、銀時!」
「あぁ…ぅん、そりゃ俺にだって色々あるからね…」
「トシは部屋に居る。…会ってくれるか?」
「その為に来たんだろ?」
「そうだな。…じゃぁ、こんなトコじゃなんだから、さっ!あがってくれ!!」
「あぁ」



先を促されて、俺は靴を脱いで屯所に上がり込む。
一歩一歩、土方の部屋に向かって…。



「…様子、どうだ?」
「落ち着いては居る。…表面的にはな」
「表面的?」
「…隊士達が気にするからだろうな。無理に普通に振舞っている」
「…普通…」



それってどんなだろう。
…そう言えば俺も記憶喪失、なった事あるなぁ。
あん時はどんなだったっけ?
不安だった?
うーん、つうより、自分のだらしなさに霹靂したっけ。
土方の普通。
どんなだろう…。



「トシ、開けるぞ」
「…………………」
「…トシ?」



返事はなかった。
俺達は顔を合わせて、慌てて襖を開けた。
まさか?!!



「…………………………」
「………………どう言う事よ、これ」



ガラリと開けた襖の向こう。
そこには机に屈服して眠る土方の姿。
おいおいおいおい、記憶ねェなんて嘘じゃねェのか?!!



「スー…スー…」
「お前等俺を騙してたのか?騙してんのか、おい、この野郎…」
「違う違う!!マジで!マジで記憶喪失だから!!!」



腰にしていた木刀を振りかざしながら言うと、ゴリラは焦ったようにそう叫ぶ。



「しょ、証拠に…み、見ろ!トシ、起きねェだろう?!!」
「あぁ?」
「武士はどんな時でも人の気配に敏感だ!トシなんかそれの最たるだぞ!普通なら俺の気配でも起きる!!」
「え…?だって…?」



『ひ〜じ〜か〜たく〜ん』
『スー…スー…スー…』
『あ〜もう気持ち良さそうに寝るなぁ。お疲れですか〜この野郎。ぇい、鼻抓んじゃえ』
『……ん、ぁ…?』
『ぁ、起きた』
『ぎん、とき…?』
『は〜い、銀さんですよ。…早く起きてよ、土方君。新八と神楽、帰って来ちまうから』
『あ、あぁ…そうだな』
『?何?不思議そうな顔して』
『ん?…あぁ。何つうか、俺はお前に気を許してんだな、と思って』
『はぁ?何それ??』
『まっ、恋人、だもんな』
『??』



不意に浮かんだ、ある朝の出来事。
ぇ…ちょ、ちょっと待て。
そんなん、今意味解っても意味ねェか……



「ん…」



その時。
微かな呻き声。
ピクリと土方の肩が動いて。



「…………………………」



キョロ…と周りを見て、土方がゆっくりとした動作で振り返る。
そして…。



「……………………」



彷徨っていた視線が俺に向かい、止まる。
ゴクリと喉が鳴る。



「…誰?」
「…っ」



でも次の瞬間、土方から呟かれた言葉に、俺は………。



「…っ!!」
「ぁ、お、おい、銀時!!」



…初めて。
初めてアイツに会った時。
アイツは殺気の篭った瞳を俺に向けた。
2度目に会った時は、瞳孔開いた目で憎たらしげに見た。
何度か会う度にその視線は様々なアイツの感情を俺に教えてくれた。
…『初めて』だ。
初めて…アイツが何の感情もなく、俺を見たのは。



「銀時…、おい、銀時!何処行き気だ?!」



スタスタと早歩きで廊下を歩く俺の肩を、後ろから近藤が掴んだ。



「…帰る」
「なっ…!」
「…邪魔したな」



土方が記憶喪失だって聞いて、俺はあまりピンと来てなかった。
それこそ、「会いに行く」なんて言って。
どっかで他人事みてェに思ってて。
会ったら、「どうしたんだよ、銀時」なんて、言うんじゃねェかって。
そんな風に思ってた。
でも、それは違ってて…。



「ちょっ、待て、銀時!アイツは…トシは。記憶がないだけなんだ。お前との関係をちゃんと話せば…」
「っ!」



その言葉を聞いて。
掴まれた腕を無理矢理引き剥がして、俺はそのまま近藤に掴み掛かった。



「言うな!!!」
「っ?!」
「絶対に俺と奴の関係をアイツに話すな!話したら…解ってんだろうな?!!」
「ぎ、銀時…?」



戸惑った近藤の声で我に返る。
…何、熱くなってんだ。



「っ、…良いから。俺の事より、もっと大事なモン、思い出させなきゃいけねェだろうが…」
「だが、銀時…!!」
「良いから!!…良いから、テメェ等の心配だけしとけ。……じゃぁな」



後ろで近藤が叫んでいたが、俺は振り返る事なく玄関に向かう。
原価で靴を履いて、外に出て。
行きと同じく、徒歩で家に帰る。
途中で甘味でも食おうかと、馴染みの店に視線を馳せたが。



『また甘味かよ、この糖尿病』



「…っ!」



有り得ない幻聴に舌打ちをして、店には入らなかった。
真っ直ぐ家に帰って、玄関で「ただいま」と言ったが返事はなかった。
時計を見ると、丁度6時になる頃。
神楽は定春の散歩かな?
んで新八は…タイムセールス狙いにスーパーってトコか。



「丁度、良かった…」



居ない事に微かに安堵する。
バレない自信はあったけど。
でも何もなかったみたいに笑う自信はなかったから。
ちょっと…アイツ等が帰って来るまでのちょっとの時間だけ。



「………………………………」



自室に入ろうとした俺の目に、カレンダー。
馬鹿みたいに赤く印付けた10日の日。



「…っ…」



俺はカレンダーを掴むと、そのまま床に叩き付けた。
永遠に来ない。
楽しみにしてた、あの日。
床にぐちゃぐちゃになったカレンダーをそのままにして。
そっと俺は自室に入った。









「ぁれ?銀さん帰ってるんですか?…ぅわ、何でカレンダーぐちゃぐちゃになってるんだ?…銀さん?銀さんがやったんですか?銀さん?銀さぁ〜ん??」



……銀時の誕生日まで、後3日……






2006/10/07UP