屯所に居ないと思っていた。
それは確認した訳ではなかったが、俺は確信を持っていた。
だから電話を架けた時、
「今から屯所に来れるか?」
と聞いた。
奴は「すでに屯所に居る」とも「用事がある」とも言わなかった。
ただ…。
「…解りやした」
微かな沈黙の後にそれだけ紡いだ。
…静まり返った屯所内。見慣れた門をくぐり、中に入る。
誰も会わずに部屋の一室へ。
シン…と静まり返った屯所内。まるで屯所内には俺だけが存在する。そんな錯覚に陥る。
他の隊士も居るはずなのに。
意識が。
神経が。
全てが。
これから現れるだろう、奴の存在を探す。張り詰める。
「待たせちまいましたかぃ?」
スラリと襖を開き、奴が現れる。
「……いいや」
俯いたまま呟く。
待ってはいない。
出来れば来なければ良い。
そんな卑怯な事を考えていた。
ここまで来て、まだ逃げる気持ちが頭を過る。
コイツが…コイツだけが持っていると言うのに。
アイツに紡ぐ言葉も。
気持ちも…腕も。
全てを持っているんだ…。
…総悟、だけが。
「こんな時間にどうしたんです、土方さん?業務は終わってるはずですぜ?」
「そう言うお前こそ、こんな夜遅く何処に行ってたんだ?」
「…野暮用でさぁ」
総悟の問いに問いで返したら、一旦口を閉ざし、そして瞳を逸らして、返された言葉。
野暮用、か…。
また…。
脳裏に浮かぶ、顔。
俺の知ってる奴の顔は。
魚の死んだような、気だるげな顔。
怒り顔、…笑い顔。そして。
…泣き顔。
あの時。…抱き締めたかった。
抱き締めて。
好きだと。
俺も好きだと言いたかった。
言えたら。…どんなに幸せだろう。
そしてアイツはどんな表情を俺に見せてくれただろう。
でも。
それも叶わない。
俺はアイツに…銀時に。
…偽りしか見せなかったのだから。
だから、せめて。
俺には出来なかったけど。
「…野暮用ってのは、アイツの事、か?」
「…アイツ?」
「万事屋、だ」
「!な、でそれを…」
驚く総悟に、俺は言葉を続ける。
「…記憶喪失、だそうだ」
「!」
「…記憶をなくして。その後万事屋に不時着船が突っ込んで、家が半壊した」
「…………………」
「アイツ…万事屋は過去の自分を聞いて、でも認められなくて、1から出直す決意をしたんだ」
「…………………………」
「そして万事屋も…解散した」
「待って下せぇ」
「……………………………」
今度は俺が黙る番だった。
それは当然の問い掛けだ。
「アンタ…何でそんなに詳しいんです?」
「…………………………」
「何でアンタがそんな詳しく知ってるんですかぃ?」
「…………………………」
「っ、まさか…」
「…………………………」
「まさか…旦那に会ったんですかい?…否、でも旦那は今行方不明…」
「…………………………」
「ま、さか…アンタ…」
見る見る内に総悟の表情が変わる。
…伊達に長年一緒には居ねェよなぁ。
「…あぁ。記憶のなくなったアイツに会った。そしてそのまま…」
「……………………………」
「アイツを…万事屋を、『保護』した。ここ数週間、一緒に居た」
「ふ、っざけんじゃねェっっ!!」
叫び声と共に頬に衝撃が走り、後方に身体が飛ばされた。
…殴られた。
当然、だよな。俺が奴の立場ならそうする。
「っ、はぁはぁ…似合わねェ悪い冗談も大概にしろぃ!!」
「…っ、冗談じゃねェ、真実だ」
「アンタが旦那と居た…?何で…何でだ!!何で……」
何で…だろうな。
総悟にしてみりゃ、俺は万事屋を嫌ってて。
困ってるアイツに俺が手を貸す理由なんて皆無に等しいんだろうな。
…俺だって、んな事したくなかった。
今までだって自分の行動に後悔する事なんかなかったが。
今は…今回は。
後悔だらけだ。後悔してもし足りねェ…。
「…アンタ…もしかして気づいてんですかぃ?」
「…あぁ…」
気づいてた。
お前と…万事屋の関係。
「っ、だったら…アンタ最低でさぁ!!」
「解ってる!!」
「…っ、土、方…」
「解ってんだよ!俺だって最低だと思ってんだよ!っ、でも!!」
解ってる。
自分がどんなに惨い事をしたか。
解ってる。
自分がどんなに自分のエゴで動いたか、なんて。
でも。それでも。
「…好き、なんだよ…!!」
「…ぇ…?」
「好きなんだよ!俺ぁ、万事屋が好きなんだ…!」
好きなんだ。
抑えきれなくて。
我慢出来なくて。
手に入らなくても良い、喧嘩するような仲でも。
アイツが誰のモノにもならなくて、ただ見つめるだけで、それで良いと思ってたんだ。
なのに…だけど…。
「っ、ち、くしょ…!」
苦しくて。
悔しくて。
ただ…。
「土方、さん…アンタ…」
「…………………………」
「…誤解してやすぜ」
「誤、解…?」
「アンタは決定的に誤解してる」
「な、にに…?」
「…アンタ。『気づいてる』って何にです?」
「何って…そりゃもちろん…」
「『俺と旦那の関係』にですかぃ?」
「だ、ろう…?」
それ以外に何があるって言うんだ…?
呆然と総悟を見上げる俺に、総悟はゆっくりと言葉を紡いだ。
「じゃぁ、聞きやすが、『俺と旦那の関係』…それって何です?」
「…っ、そ、れを俺に言わせんのか、テんメ…!」
人の傷を広げるような総悟の言動に、顔が険しくなるのを自分で感じた。
しかし人を小馬鹿にしたような表情の総悟に、俺はカチンとなって。
「恋人だろう!デキてんだろう、テメェ等!!」
半自棄気味にそう叫ぶが…。
「違いやすぜ」
サラリと返された言葉に、思考は付いていかない。
「ちが、ぅ…?何、言ってんだ、テメ…」
「旦那と俺ぁ、まぁある意味、S仲間つうトコですかねぃ…」
「Sなか…は?おま、何言っ…」
「アンタ、俺と旦那がホテルに入るの見たでしょう?」
「ぇ…」
何でテメェが、んな事…。
「実はですね…」
『本っ当、テメェはムカつく野郎だっ!!』
『それはこっちの台詞だってのっ!!』
『ふん!せいぜい俺等に迷惑掛けない事だな!!』
『べー、だ』
『…旦那』
『あ、あぁ…総悟君?おたくの副長、本当もうどうにかしてよ。寄ると触ると喧嘩だよ。も〜…銀さん平和主義なのに』
『あはは、許して下せぇ。あれで旦那の事、気に入ってるんでさぁ』
『…マジで?』
『マジでさぁ。嫌いな奴ならしゃべりもしねェですぜ、奴は』
『…ふ〜ん』
『…旦那?』
『う〜ん…』
『?』
『…ねぇ、総悟君?』
『はぃ?』
『…ちょっと、さ。茶番に付き合う気、ない?』
『茶番…ですかい?』
『そっ。…銀さんの勝負に付き合って欲しいの』
『勝負…?』
「あれは…旦那の勝負だったんでさぁ」
「勝、負…」
「あれを見て。アンタが逆上するか、様子が変わるか。…旦那はアンタの様子を知りたがった」
「何…だと…」
「俺の言葉を…否、少しでも。あぁやって突っ掛かって来るアンタが自分を気にしてるか、知りたかったんでさぁ」
「ぅ、そ…だろ…」
「…でも。結果はご覧の通り。アンタは逆上する所か様子すら変わらねェ」
「…だ……って、あれは…」
「まぁ、内心は解りやせんがね。…それ見て、旦那、ショック受けちまいやしてね」
「!」
「終いには交通事故起こしちまいまして。…結果記憶喪失でさぁ」
「ま、さか…」
「事故のきっかけが何かは知りやせんがね。アンタのせいかも知れねェし、旦那の注意力散漫か。…でも旦那は忘れちまいたかったんじゃないですか?アンタの事も…『恋』の事も」
「!!」
「叶わねェ『恋』ほど辛ぇモンはねェですからね」
総悟の言葉に心臓がドクドクと脈射つ。
アイツ…銀時は何と言った…?
あの時…。
『…っ、僕は…トシが好き、なのに……』
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2007/05/22UP