気がついた時は、自分自身の事さえも解らなかった。
近くに居た子供が、僕の名前らしきものを叫び、誰だと聞いたら、ひどく驚いた、そして悲しそうな顔をされた。
それから、様々な事を聞かされた。
それは俄かには信じ難いもので。
今までの自分なんだけど、僕にとっては凄くショッキングなものだった。
とにかく思い出させようと、色んな人が色んな場所に連れてってくれた。
けど、僕の記憶は一向に戻らなくて。
…それは僕にとって、嬉しい事でもあり、辛い事でもあった。
だって自分が何者なのかも、何をしていたのかも解らない、ひどく不安定なものだったから。


(…でもやり直すには丁度良いのかも知れない)


丁度住んでいた所に、不時着したらしい宇宙船で家が崩壊して。
僕はそれを見て、決心したんだ。


(…やり直そう。1から)


今までの自分をリセットして。
そう思って僕は記憶を失ってからずっと一緒に居た子供に、「万事屋を解散しよう」と告げ、この町を出る決心をした。
何処か誰も僕を知らない所に行こうと思った。
そしてそこで就職して、真っ当な人間になろうと思った。
そう思って町を彷徨っていたら。

どん!

「…っ、て…ぉい、何処見て歩い…」

「ご、ごめんなさい」



人にぶつかった。
俯いて歩いていたからだ。
僕は慌てて頭を下げるて、去ろうとしたら。



「ちょっ…ちょっと待て、万事屋!!」



聞き慣れた言葉で声を掛けられた。
振り向くと、微かな驚きの表情で『彼』はそこに居た。
…土方十四郎。
真選組の副長、…警察だそうだ。
どうやら僕と『彼』は知り合いらしい。
僕は自分の状況、考えを『彼』に話して、この町を出るつもりで居た。
でも『彼』は親切にも、僕の怪我が治るまで僕を『保護』してくれると言ってくれた。
確かに何処も行く当てはなかったし、怪我も完治していなかった。
だから僕は、『彼』の有難い申し出に甘えて、『彼』と暮らす事にした。
…何より。
『彼』のその、黒い瞳に見つめられると、自分でもよく解らない感情が芽生え、もっと『彼』の傍に居たいと思ったから。



「…よし。夕飯の支度、完了。後はトシの帰りを待つだけ、っと」



僕が記憶を失って数週間が過ぎた。
相変わらず記憶が戻る兆候はなかったけど、僕の心は穏やかだった。
…否、穏やかなように見えた。
本当は決して穏やかではなかったけど。
でも、幸せだった。
誰かの為に何かをして、それが喜ばれるのは、僕にとっては至福だった。
それが『彼』なら尚更のように思えた。



「……言わなきゃな」



医者には数ヶ月と言われた怪我は、驚くべき事に数週間で完治した。
今では頭の包帯も…腕はまだ包帯を巻いてはいるけど、ギブスは取れている。
僕はそれをまだトシに打ち明けていない。
もし怪我が治ったりしてしまったら、トシが僕を『保護』する理由はなくなってしまう。
そうしたら、もう一緒には暮らせないのだろうか…?
真っ当な人間になりたい。
それは今までも変わらないけど、僕はトシと離れたくなかった。
それが僕の我侭なのは充分解っているけど、どうしても叶えたい事。
トシは記憶のなくなった僕を認めてくれた唯一の人。
トシはそんな僕を優しく受け入れてくれた人。
…目覚めてからの僕に、皆は記憶を取り戻せと言ったけど、トシはそんな事一度だって言わなかった。
それがどんなに嬉しかったか。
それがどんなに僕を楽にさせてくれたか。
きっと誰にも解らないだろうな。



「…トシ…」



でも。
本当は…それだけじゃない。
何かが…僕の中の何かが、トシと一緒に居ろと言う。
トシと一緒に居たいと叫ぶんだ。
トシと一緒に居たい。
ずっとずっと…。



「…!」



ガラガラと玄関の戸が開いた。
トシだ!
僕は急いで立ち上がり、玄関に行く。



「お帰り、トシ」
「…おぅ、ただいま」
「ご飯出来てるよ。すぐ食べる?」
「あぁ」
「じゃぁ、上着」
「あぁ…サンキュ」
「……………………………………」



上着を受け取ろうとして。
僕は気づいた。



「…トシ、何か疲れてる?」



トシの顔色が優れない。
僕がそう聞くと、トシはしまった、って顔をして。



「…あぁ。ちょっと仕事が立て込んでてな」
「そう。…大丈夫?」
「……あぁ」



それ以上探られたくないのか、トシは僕に背を向けてしまった。
僕もそれ以上詮索するのを止めて、上着を受け取ろうとしたら。



「…なぁ」
「え?」
「………………………………………」



声を掛けられたと思ったのに、トシは黙り込んでしまった。
何だろう…?



「トシ?」
「…銀時」



ゆっくりと。
トシが振り向く。
その顔は今まで見た事もない、真摯な眼差しで、僕を見る。



「な、に…?」



その真剣さに。
僕がドキリとした時。



「…お前は…記憶を取り戻したいと思うか?」
「…ぇ?」
「記憶を戻したいと思うか?」



言われた言葉の意味が解らなかった。
否、意味は解ったんだけど、どうして突然トシがそんな事を言ってくるのかが解らなかった。
記憶…。失われた、僕の記憶。



PiPiPiPiPiPi..........



「…っ…」
「…悪ぃ。電話だ」



ポケットから電話を取り出し、トシは外に行ってしまった。
僕はそれを眺めながら、投げ出されたトシの上着を拾い上げる。
記憶。失われた僕の記憶。
…僕の『過去』



「…煙草臭い」



思い出したくないと言えば。
それはきっと嘘になる。
でも、それは全てじゃない。
僕が思い出したいのは、トシの事。
トシだけ、の事。
        ねぇ、トシ。
僕達は一体どんな出会いをしたんだろう?
トシは僕達は仲が悪かったと言った。
なのに何で今、こんな風に優しくしてくれるの?
その黒に。その漆黒に。僕はどうしてこんなにも心惹かれているんだろう。
どうして。僕はこんなにもトシの傍に居たいんだろう。
ねぇ、トシ。
それだけ…それだけど思い出したいと僕が言ったら、トシはどんな反応をするの…?



「…煙草、臭い…」



ギュっとトシの軍服を抱き締めれば。
煙草の匂いと一緒にトシの匂いが肺を満たす。
…あぁ。
どうしてこんなにこの匂いに惹かれるんだろう。
どうしてこんなにも胸が締め付けられるんだろう。
どうしてこんなにも泣きたくなるんだろう。
…あぁ。
そうだね。そうだったね。解ってた。解っていたよ。
これは…きっと…。



「…ぎん、と、き…」
「!…トシ」



             伝えたい事がある。
トシに。トシだけに。
多分、きっと。
この想いは間違いだと思われるだろう、言われるだろう。
解ってる。
でも、それでも。
伝えたいんだ。伝えたいんだ、トシに。
拒絶されても良い。蔑まされても良い。後悔だけはしたくなかったんだ。
…だって。
僕が、…記憶がなくなった僕が、初めて感じた、持った、大切な大切なこの想いを。



「気づいて、たのか…?」



…僕は。



「…え?」



トシが。



「…お前には恋人が居る」
「え…?こい、びと…?」
       真選組の中に、な」
       …え?」



           好き。






2007/05/13UP