目を疑った。
目の前に広がる情景に俺は目を疑った。
「…万事、屋…?」
一際目立つ形。
銀髪にクルクルの天然パーマ。
間違える訳がない。
しかし…。
「…総悟」
隣に居る奴の姿に。
そして入ろうとしている所にも。
目を疑った。
嘘だと思いたかった。
…嘘であって欲しかった。
「…『ホテル・愛』…」
見上げた看板を音読して、間違いない事を思い知らされる。
…知らなかった。
アイツ等がそう言う関係だったなんて。
知らなくて…。
「…マジかよ…」
…俺はアイツに惚れていた。
……万事屋に。
………坂田銀時に。
「…っ…」
それから。
どうやって屯所に戻ったかは覚えてねェ。
ただフラフラとふらつく足で屯所に戻り、自室にこもった。
…ただ。
ショックだった。
告白なんてサラサラする気もなかったが、アイツが誰かのものになるなんて想像もしていなかった。
そして。
その誰かってのが総悟だったなんて。
…俺と総悟がアイツと知り合ったのはほぼ同時期だった。
総悟がアイツを気に入ってたのは知っていた。
だけど…まさか…そんな…。
「…全部後の祭り、か」
後悔をしても、もう遅い。
アイツは総悟を選び、結ばれた。
…俺は行動すら起こさずに。
「…っっ…」
…ちゃんと。
告げれば良かったのだろうか。
『好きだ』と。
表面的には穏やかな日々が続いた。
もちろん内心はジクジクと痛む傷に悩まされたが、それを表には出さずに過ごした。
泣いたって喚いたって、もう遅いのだから。
そんな時だった。
どん!
「…っ、て…ぉい、何処見て歩い…」
昼の巡回中。
不意に人とぶっかった。
何だとそいつに目を向けた刹那。
「…っ!」
息を飲んだ。
知らず知らずに避けていた。
顔を、姿を、声を、見ないように、聞かないようにしていた人物が目の前に…戸惑った表情を浮かべて俺を見ている。
「ご、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げられ、俺は一瞬人違いかと思った。
…嫌、見間違うはずがない。
だって…こんなに…。
「ちょっと…ボーっとしてました…」
「ぇ…ぁ、あぁ…」
「じゃぁ…」
「ちょっ…ちょっと待て、万事屋!!」
「…ぇ?」
お、思わず引き留めちまったけど…。
「…万事屋って…貴方、『僕』をご存知なのですか?」
「ぼ、僕だぁ…?」
ちょっ、ちょっと待て。
何だ、何が起きてるんだ?
とにかく俺は自身を落ち着かせる意味もかねて、万事屋を連れて公園に行った。
自動販売機で飲み物を買っていると…。
「…貴方、僕の事を知っているんですね」
「あ、あぁ…」
ベンチに座って、俯いて話すアイツに、俺は戸惑いを隠せなかった。
何だ?何のジョークだ??
「…僕、記憶喪失らしいんです」
「は、はぁぁ?」
き、記憶喪失だぁ?!
「以前の僕は随分と無法者だったみたいですね。きっと…貴方にも迷惑を掛けたのでしょう…」
「ぁ、や…」
こう改めてられて言われると、正直返答に困る。
迷惑掛けられたって言えばそうだし、違うちゃぁ違うような…。
「ごめんなさい。申し訳ありません」
そう言って立ち上がってペコリと頭を下げた。
順々な万事屋の行動に俺は呆気に取られる。
いつも口喧嘩ばっかで、口を開きゃぁ罵り合い、いがみ合ってたコイツが…俺に、頭を下げてる?
「僕、これからは全うな人間になるつもりです。ちゃんと定職に就いて」
「ぇ…じゃ、じゃぁ万事屋はどうすんだよ?アイツ等、知ってるのか?」
「…万事屋は…解散しました」
「解散?!」
「えぇ…聞けば給料もまともに払ってなかったみたいですし…家も壊れちゃいましたから」
「壊れたぁ?!」
し、知らない間に何がコイツに起きたんだぁ??!
「だから…僕の事を誰も知らない町に行って、1からやり直すつもりなんです」
「は?へ?!」
ここ…歌舞伎町を出るだぁ?!
突然の展開につぃていけない俺を他所に、コイツは話を淡々の続けて。
「…今までお世話になりました。もう…僕が貴方を不快にさせる事もないでしょう。…さような」
「ちょっ…ちょっと待て!!」
「ら…て、ぇ?な、何ですか?」
「ちょっと待てちょっと待て。いきなり結論言うんじゃねェよ」
「え、で、でも…」
「歌舞伎町を去るとしても…お前当て、あるのかよ?」
「そ、それは…」
「それに…」
それに。
…総悟はこの事知ってるのかよ?
いきなり記憶喪失だつって、コイツ居なくなったら…。
…居なくなったら?
「………………………………」
「ぁの…それに?」
「…見たトコ怪我してんじゃねェかよ。それでいきなり就職させて下さいつっても、雇い主が首振るかよ」
「…ぁ…」
チラリと見ると、頭や腕に包帯をしていた。
誤魔化すつもりで掛け合いに出してみたが、丁度良かった。
「そう、ですね…」
「…はぁ〜。……しょうがねェな」
…俺は。
俺は今、何を考えている?
凄く、酷く卑怯な事を考えている。
「ぁ、の…?」
「着いて来い」
「ぇ?」
ザっと踵を返して歩き始める。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!着いて来いって、ぁ、あの…!!」
「…あぁ、そうか。いきなり見ず知らずの奴に着いて行けねェか」
ガサガサと懐を探って。
「『武装警察真選組副長・土方十四郎』だ。警察だ。安心しろ」
「ひ、じかた…さん?」
「怪我が治るまで、俺が保護してやる。だから着いて来い、良いな?」
「え、で、でも…」
「一応知り合いだ。困ってんなら警察としても放って置けねェ。グズグズすんな、早く来い」
「は、はぃ…」
警察手帳を見せて、自分の身元と理由を告げる。
矢継ぎ早にそう言って、歩き始めると、万事屋…銀時は納得したのか、小走りに俺を追い掛けて来る。
「で、でも…良いんですか?ぼ、僕…!!」
「…顔馴染みのよしみだ。甘えとけ、怪我人」
「…ぁ、有難うございます」
はにかむアイツにドキリとしながらも。
俺の心は罪悪感に苛まれていた。
本来なら。
本来なら総悟にでも連絡をして、何とかするべきなのだろう。
でも俺は。
アイツに…総悟にコイツを渡す気はなかった。
卑怯だと詰られても良い。
今は…例え記憶を失っている間だけでも。
…コイツを傍に置いて置きたかった。
「こ、ここは…?」
「真選組で持ってる家だ。主に潜伏ん時に使ってんだがな。今は使ってねェ」
「は、はぁ…」
「電気も水もちゃんと通ってる。滅多な事がなきゃ、組の奴も来ねェから、安心して使えや」
「…す、すいません」
「…馬鹿、謝んな。……調子狂うだろうが」
本当に済まなそうに告げる銀時に。
コツンと眉間に軽く拳を当てる。
…本当に調子狂う。
その仕草に銀時は。
「…もしかして」
「ぁん?」
「僕達って仲良かったんですか?」
「ブっ!な、な、な、何で?!!」
「だって…貴方凄く優しいじゃないですか。僕、こんなに優しくしてもらったの初めてで…だから…」
「…んな事ねェよ。どっちかって言うと……」
『…昼間っから団子貪ってんなんて、優雅だなぁ、昼行灯』
『…んだよ。俺が何処で何してよーが、多串君には関係ねーだろう』
『誰が多串だ!いい加減人の名前くれェきちんと覚えやがれ、この糖尿野郎!!』
『はっは〜ごめんね〜?どーもその、10人前なお前のツラは覚えが悪くってねェ〜?』
『テメーに言われたかねェわ!その魚が死んだような目ェしやがって!!』
『瞳孔全開の多串君に言われたくねェってんだ!!』
「…仲、悪かった、かな…」
脳裏に過ぎった奴との会話に思わず沈む。
あぁ、そう言えば本当口開きゃ喧嘩ばっかだったなぁ…。
「へ〜そうなんですか?じゃぁ…」
「あ?」
「貴方が優しい人なんですね」
「ブっ!!だ、だ、…な、何言ってんだ!!」
「だって以前の僕と貴方は仲が悪かったんでしょう?それなのにこうして生活の面倒まで見てくれるなんて。…貴方は優しいですよ」
「優しい訳あるか!…警察としてだ、警察として」
…って、どうして俺はこう…。
俺がまたもや沈んでいたら。
「それでも。こうして親切にしてくれるんですから。僕としては大感謝です」
ニッコリと微笑んで言われる。
…コイツの笑った顔なんて初めて見た。
そう言えばまともな会話なんてした事なかったから。
コイツの笑った顔とか。
こうして穏やかに話す事もなかったんだよなぁ…。
「ぁ、そう言えば」
「…今度は何だよ」
「僕、貴方の事、何て呼んでたんですか?」
「は?」
「ぇっと…土方、…十四郎さんでしたっけ?以前の僕は貴方を何て呼んでいたんですか?」
「ぉぼぇて、た、のか…?」
「え?」
「俺の…名前…」
「え、えぇ、間違ってませんよね…?」
コイツの口から俺の名前が出るとは思わなかった。
それに一度サラっと告げただけで、覚えてるなんて思ってもみなかったし。
…ヤベ、ちょっと感動しちまった…。
「で。何て呼んでたんですか?」
「そ、れは…」
まさか『多串』と呼んでたとは言えねェしなぁ…。
「んでも良いよ」
「…え?」
「土方でも十四郎でもトシでも。何でも良いつってんだよ!お前はアイツじゃねェんだよ。好きに呼べ、好きに!!」
俺がそう言うと。
「…認めて、くれるんですか?」
「は?」
「『僕』を、認めてくれるんですか…?」
「は…?」
「だ、って…今までの人は…僕を…記憶を失った僕を…記憶を取り戻せ、取り戻せって…僕を否定した…」
「………………………………………」
「貴方は…『僕』を認めてくれるんですか…?」
「…っ…!」
切なげに。
まるでこのまま消えてしまいそうに、そう言うアイツ。
俺は思わず抱き締めたくなる衝動を何とか抑えて。
「み、認めるも何も。…テメーはテメーだろうが」
そっぽを向いてそう告げた。
拙い…顔、見れねェっての。
「…はい!」
それでも嬉しげな声が聞こえて、俺はホっと安堵した。
そうか…そう、だよな…コイツも色々不安なんだよな…。
「じゃぁ…『トシ』…トシって呼んで良いですか?」
「は、はぁ?」
「だって折角知り合えたし、仲良くなれたし。あだ名の方が親しい感じがしませんか?」
「そ、そりゃそうだけど…」
「さっきの候補にもありましたし。…うん。トシが良い!」
「…あぁ、そうかよ。勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
気づけば他人行儀みたな敬語もなくなってし。
微かにアイツらしさが戻って来てた。
「僕の事は、銀時でも銀でも、好きに呼んでね」
「は?」
「だってトシ、会った時からず〜と、『万事屋』って呼んでるでしょ?僕、もう万事屋じゃないし」
「あ、あぁ…」
「でしょ?…じゃぁ、呼んで」
「は…?」
「だから。呼んで。僕の事」
「…ゃ、でも今用ねェし…」
「用がなくても。呼んで欲しいの。良いでしょ?」
「……………………………………」
な、何だこの展開…。
「ほら、早く。トシ」
「……………………………………ぎ」
「ん?」
「…銀、時…」
「…なぁ〜に?トシ」
ボソっと俺が言えば。
嬉しそうに微笑んだ、銀時。
ぅわ、マジで何だ、この展開…。
「ぇへへ」
「……………………………………」
「ぁ、そうだ。トシ」
「…今度は何だよ…」
「さっきからさ、ゴソゴソ何してんの?」
「あぁ、これか。これから生活して行くってんで、色々屯所から持って来たんだ」
「屯所から?」
「書類とか、仕事休む訳にもいかねェからな」
「んん??それって僕に真選組の仕事を手伝えって事?」
「あぁ?違ェよ。俺だよ、俺」
「トシぃ?!」
「はぁ?さっき言ったろうが!俺は真選組の副長だって」
「そ、それは知ってるけど!…ぇ、だってトシ屯所に……」
「あぁ、そう言う事か。…お前が定職就けるまで、俺もココで生活する」
「ええぇぇぇ?!!」
「記憶喪失の人間そのまんまにして置けねェだろうが」
「そう…そうだけど…大丈夫なの?」
「だから書類とか持って来てんだろうが。それとも、一人の方が気が楽か?」
「まさか!大歓迎…ってのも可笑しいか!元々はトシの持ち物だし…」
「俺つうか、真選組のな」
「でも…そっか…トシもここに住んでくれるんだ。そっか…」
「…んだよ」
「ぇへへ。何でもな〜い」
そう言ってニコニコと笑って俺を見る銀時。
その笑顔に。
ドキっとしながらも俺は。
チっと小さく舌打ちをして。
…心の中で、総悟と万事屋に謝るのだった。
……記憶が戻るまで。
それまでの間…。
その間だけでも。
…俺のモノになってくれよ…。
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2007/03/24UP