俺からあの人を奪った世界が憎たらしくて仕方がなかった。
憎たらしくて憎たらしくて。
狂気を心の中に抱きながら、ただ、ただ、目の前の敵を斬った。
それは狂気に取り込まれそうな自分を保つため。無力な自分を薙ぎ払うため。
俺の世界はあの人を中心に、あの人だけに彩られていた。
だから。
あの人の居ない世界など、価値はない。
俺の目の前に広がるのは、白黒の…モノクロの世界。
その世界の中で。血が流れようとも。緋色が広がろうと。
それは液体、固体に過ぎない。
痛みはない。
この心の痛みに比べたら。
痛い事なんか1つもなかった。
憎しみ…憎悪、怒り…憤怒。数え切れない、負の情念。
抑えきれない。奪ったもの、人、物、全て、全て。憎くて堪らない。
だから斬った。敵からも味方からも恐れられる存在となった。
そんな中、不覚にも斬られた傷のせいで発熱した時があった。
その時、熱に浮かされ、浅い眠りの中で。
…俺は気づいた。気づいてしまった。
どんなに敵を…仇討ちをしたとしても、あの人は返って来ない。
世界の…この広い世界中の何処を探しても、あの人は居ないのだ。
これから俺は…あの人が居ない世界で、独り生きなければいけないんだ。
…狂気は畏怖へと変わった。
恐怖し、狂気し、…そして自分の位置に畏怖した。
…発狂しそうだった。
震え、慄く。
あの人は居ない。あの人が居ない。
たくさんの人が生きる、この世界で。
何で俺の求める人は居ない?俺が求める人だけ、居ない?
独り取り残される恐怖に、今にも狂ってしまいそうだった。
…その時、だった。
……そんな時、だったんだ。
あいつに、辰馬に会ったのは。
「………あいつは帰ったがなが?」
辰馬が家に入ると。
玄関から戸を開けてすぐの部屋に、部屋の電気も着けず、ソファーに膝を抱えて座る銀時の姿があった。
微かに太陽が上がって来たのか、窓の外は微かに明るさを取り戻している。
「電気も着けんと、何しとるちや?」
カチっと部屋の電気を着けると、部屋は明るくなった。
その光から逃れるように、銀時は抱えていた膝の間にますます自身の顔を埋めた。
「…まだ帰って来ん方がしょうえいなが?」
辰馬は銀時に近寄ると、銀時の隣に腰掛け、見えない銀時の顔を覗き込むように問い掛ける。
しかし銀時はその問いにフルフルと首を左右に振って答える。
その返事に、辰馬はハァっと溜息を吐いて。
「…どうしたんじゃぁ?おんしらしくもない。……泣いちょるんか?」
「…………………………………」
「黙ってたら、解らんぜよ?…銀時」
「…………………………………」
それでも黙っている銀時に、辰馬は優しく、目下にある銀時の銀髪を撫でた。
いつもなら「女子供じゃねェんだから止めろ」と言うのに。
今日は銀時は辰馬の思うままにさせ、特に声は上がらなかった。
それがどのくらい沈黙が続いただろうか。
暫くして。
「…………って…………」
ボソボソとした声が銀時から聞こえた。
何だろう、と辰馬が微かに銀時に顔を近づけた瞬間。
「…た、つま」
「ん?何じゃ」
「………
「…ん?」
「
夜が明ける。
土方は夜が明ける瞬間の歌舞伎町をフラフラと歩いていた。
別に目的があった訳じゃない。
ただ、屯所に帰ろう、ともこれからどうしようとも考え付かないのだ。
脳裏には、数分前に話した銀時の顔が消えない。
『…行っちまえよ』
そう言った土方に、銀時は。
『…っ、ぁ…』
何かを言おうとして、でもそれは音にならないまま、今度は口を閉ざした。
『…………………………』
『…………………………』
沈黙が続いた。
それは数秒、数分、数時間にも感じられた、長くて重い沈黙。
『…れが…』
それを破ったのは銀時だった。
微かに震える身体を抑えるように、自分の手で腕を抑えて。
その手すら、震えていて。
『…そ、れが…ぉ前の答え、なんだな…』
『……………………………』
銀時の呟きに、土方は口を閉ざす事で返事とした。
また、沈黙が辺りを支配する。
お互い、視線も合わせないまま。
『…わ、かった』
ポツリと。
掠れる声が聞こえた。
初めて土方は顔を上げて。
…銀時を見た。
『っな、んで…』
自身の腕を抑えたまま、横顔の銀時は。
何かに耐えるように小刻みに身体を震わせて。
蒼白い、その姿をうっすらと明るくなり始めた空に照らされ。
静かに佇んでいた。
『…行く、よ…
『ぎ、とき…』
『…っ、ご、めっ…』
何故。
裏切ったはずの銀時が…そんな辛そうな顔をしている?
泣きたいのは。傷ついたのは自分なのに。
まるでこれでは立場が逆じゃないか。
土方がそう言おうとした瞬間。
銀時は踵を返して、万事屋へと駆け込んだ。
『銀時!!』
土方はそう叫ぶと階段を駈け登った。
まるで、そう、まるで自分が酷い事をしている気がして。
『銀時!…おい、銀時!』
ガシャンと。
万事屋のガラス戸が悲鳴を挙げる。
夜も明けない時間に、近所迷惑も気にせず、土方は万事屋の戸を叩き続けた。
『おいっ!銀時!!…っ、くそっ、鍵閉めてやがる!!』
ガシャンと、最後に大きな音を立てて、土方は戸を叩くのを止めた。
『…っ、んだよ…!!』
自分は間違っていない。
そう思っているのに。
心の罪悪感が消えない。
締め付けて痛む気持ちを取り払えない。
誰かの次なんて我慢出来ない。
独りが良い。
誰にも負けない、ただ、たった独り、『特別』
…それだけが望みなのに。
裏切ったのは、愛しい人。
腕に抱いて、微笑み掛けて。
生涯、たった独りだと決めた愛しい人。
…それを裏切ったのは自分の『特別』…たった独り。
『…んだってんだよ!!』
土方は最後にもう一度ガラス戸に強く拳を叩きつけ、ズルズルとその場に跪いた。
『…何なんだよ…』
何故泣きそうな顔をする。
何故辛そうな顔をする。
自分は手放したのに。
代わりになるなんてごめんだった。
だから。
だから…手放したのに。
『っ、俺に…どうしろってんだよ!!』
…暗かった夜が明け、土方の背後には微かな太陽が顔を覗かせ、歌舞伎町の夜を照らし始めていた。
…長かった、夜が明ける。
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2007/06/14UP