巡回をしている内に、歌舞伎町で自分の知らない所などないような気になっていた。
様々な人が行き来するこの街で。
道を聞かれれば、大抵の事は回答出来たし。
追っている容疑者を追い詰めるための近道も知っていた。
だから、そう思っていた。
自分にとって歌舞伎町と言う街は、『庭』に近い、と。
それなのに今。
自分はまるで知らない土地にでも足を踏み入れた錯覚に陥っている。
(…ここ、マジで歌舞伎町だよな)
たった道一本入っただけなのに。
たったその道を。少し奥に行っただけ、なのに。
いつも灯火が灯る雑踏がぱたりとなくなり。
眼前に広がるのは、廃墟と薄暗い闇だけ。
まるで全く知らない街にでも迷い込んでしまった錯覚に陥る。
「……………………」
フと。
自分の胸元が震えている事に気づいた。
何だろうと胸元に手を入れると。
震えている原因。
それは自身の携帯電話だった。
(…あぁ、そう言えば)
電源を切るのを忘れていた。
きっと近藤からだろう。
署に来た桂と辰馬に連れて来られてから、署に連絡をしていない。
きっと心配しているに違いない。
…出ようか。
微かな迷いが心を過ぎる。
「携帯の電源は切って置け」
「微かな音でも見つかりかねんきに」
「…あぁ」
ジっと携帯を握り締めていたら。
不意に声を掛けられる。
顔を上げれば、前を歩いていた2人が足を止めて振り向いて土方を見ている。
桂は眉間に皺を寄せ、辰馬は苦笑している。
スっと親指が携帯の電源に伸びて。
土方はそれを押さずに、微かに動きを止めてから顔を上げた。
「…なぁ。他に仲間、は?」
土方の問い掛けに。
2人は一瞬驚いた顔をしてが、すぐに気まずそうに顔を背け。
「…他に仲間は居ない。見張りや尾行をしてくれた者も居たが、皆帰った」
「ちゅうか、これは俺達の問題やき。本当はおんしも巻き込みたくはなかったんじゃ」
「……………………………………」
その言葉に土方は口を閉ざした。
微かな迷いがまた、生まれる。
今自分が居るのは警官としてではない。
金時を救いたい。金時を取り戻したい。
私的な理由で動いているのだ。
…だが。
(相手はあの…『夜兎』)
夜兎がどのくらい大きな組織か。
きっと桂達も理解している。
だから見張りや尾行など、協力してくれた『仲間』を帰『した』のだろう。
それは正しい判断だと思う。
誰も巻き込みたくない。
それが本音なんだろう。
自分達以外、誰も傷つけたくない。
それは自分も同じだった。
ここで自分の『仲間』を呼んだとしても、きっと。
命の保証なんて何処にもないのだろうから。
『死』はある程度覚悟している。
それはきっと警察になってから、ずっと。
愛する人を守れて死ねるなら、きっと自分は本望だろうと思う。
…警察になった時には想像もしていなかった思考が自分を支配している。
我ながら笑ってしまうが。
本気で、今。そう思っている。
「これはこれは。珍客のお出ましだな」
背後から聞こえて来た声に、一斉に視線を馳せた。
ガンと大きな音を立てて、辺りが光に包まれる。
ライトを背に立っている男は、逆光で顔がはっきりと見えない。
しかし。
「っ!」
「っ、おんしは…!」
「知り合いか?!」
声で解ったのか。
桂と辰馬はそれが誰なのか解ったようだった。
誰だと言外に問う土方に。
緊張した面持ちのまま、辰馬が答えた。
「…『夜兎』の幹部『陀絡』ぜよ」
「!幹部…」
言われた言葉に、最悪だと土方は思った。
まだ金時の場所に辿り着いても居ないのに。
幹部に見つかってしまうなんて。
これでは金時を止めるどころではない。
何とかしてこの場を乗り切らなくては、と土方は懸命に思考をフル回転させた。
しかし、ライトの傍に居る『夜兎』のメンバーは自分達の倍以上の数。
しかも手には銃だろう、黒光りするものが向けられている。
「覚えててくれたのか。桂ぁ、坂本ぉ」
「…ふん。貴様の汚い面、忘れたくても忘れられぬは」
「何だとぉ!俺は綺麗好きで通ってんだ!!今の言葉取り消せぇっ!!!」
「相変わらず、おんしのトップは金時にご執着みたいじゃな」
「…だから何だ?邪魔をするか?」
「金時がそうしたいなら、邪魔はせぬさ。…だが」
「!」
「金時の意思を無視するようなら、わし等が許さんぜよ!」
ジャガっと重い音を立てて、自身の視界の隅に映った。
先ほど桂が手にしていたそれとは明らかに違う、…黒く、重い、『それ』
「てめェ等…んなモン、じゃかじゃか出しやがって…!!」
応戦するにも、土方は今日、銃を携帯していない。
と言うか、許可された時以外、幾ら警官と言えども銃など携帯していないものなのだ。
「くっくっく…まぁてめェ等が来る事は、ボスも予想してたがな」
「それでわざわざ出迎えてくれたのか?」
「ご苦労な事じゃ」
「お前等の企みはもう解っている!!」
「…ほぉ」
「金時に高杉を殺させるか、そう錯覚させるつもりだろう!!」
「………………………………………」
「そうして金時を追い詰め、手中に収めるつもりだろうが、そんな事はさせぬ!!」
「悪いが、ここを通してもらうぜよ!!」
その声を合図にするかのように、銃撃戦が始まる。
土方はすぐにそれを感じ取って。
辰馬が叫ぶと同時に、ビルとビルの間に身体を隠した。
銃弾が飛び交う中、土方は懸命に考えた。
自分が出来る事。金時の居場所を。
「あっはっは!計画が解った所でどうすると言うのだ?!そんな人数で俺達『夜兎』に勝てるとでも思っているのか!!」
…確かに持久戦になったら、不利になるのは自分達だ。
時間だってない。
「っ?!」
とにかくこの丸腰の状態をどうにかしようと顔を上げた瞬間。
微かに灯る光を見た。
「っ…!」
それが何かは解らない。
けど、土方は隙を見つけて、その灯火が灯るビルに飛び込んだ。
壁に身体を預け、中の様子を伺う。
誰かが居る様子はない。
ガランとした中は、割れたガラスや砂利だらけで。
歩くだけで、音を発した。
所々にある柱に身を隠しながら、中へと進む。
(…これは…)
ポツポツと。
まるで土方を導くように裸の豆電球が所々に設置してある。
それを辿るように、土方は歩を進めた。
階段を昇り、ふと、ガラスのない剥き出しの窓から外の様子を伺う。
硝煙の匂いが微かに香った。
桂と辰馬は無事だろうか。
そんな事を思った、その時。
「たかが警官1人連れて来た所で、俺達の計画は狂わねェっ!てめェ等皆、ここで死ぬんだよぉ!!!!」
狂ったように叫ぶ、陀絡の声。
思わず身を乗り出しそうになって。
ハっと気づく。
ここに自分が居る事を悟られてはいけない。
丸腰の自分が標的になれば。
必ず2人の足手まといになる。
それだけは避けなければならない。
「…くそ!」
踵を返して、電球の灯る道を進む。
…土方は直感していた。
この場所で。
何かがある、と。
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2008/05/24UP