カツン、カツン…
歩く音が廃墟に響く。
ガラスもなくなった窓から覗く空は、すでに闇色に染め上げられ、遠い街のネオンが小さな灯火のように揺らめいている。
「…なぁ」
不意に、金時は前を歩く神楽に声を掛ける。
それにゆっくりとした仕草で神楽は振り返って。
「何アルか、金ちゃん」
「そ、の…ここって、廃墟、だろ?」
「そうアルよ。…ふふ、可笑しいネ、金ちゃん。ココが廃墟以外に見えるアルか?」
「ゃ、…そう、なんだけどよぉ…」
「?どうかしたアルか」
言い難そうに、金時は辺りに視線を彷徨わせてから。
「…これ」
「どれ?」
「これだよ、これ。…電球」
「…あぁ」
金時が合わせた視線。
それは自分達の頭上にある、煌々と点いて電球。
それは裸のままだったが、確実に自分達の位置を灯す為に照らされている。
「奴等の仕業ネ」
「奴等」
「…高杉達アル」
「!」
戸惑うように呟かれた言葉に、微かに身体がピクリと反応した。
「随分と自信満々みたいネ。自らの存在を誇示するか…或いはは尻尾を捉まれても、邪魔されない自信があるか。それは解らないアルが、ここに電気を通したのは奴等ネ」
「そう…か」
「…金ちゃん」
「な、んだよ」
ザっと。
歩いていた足を止め。
神楽が金時に向き合う。
そしてツカツカと歩み寄り、サっと身を翻し、道を開ける。
神楽の傍についていた黒服の男もそれに従い、ゴミやコンクリート破片が散らばる道が広がる。
「…覚悟、決めたアルか?」
「……………………………」
「ここから上は地獄ネ。部外者が入ったと解ったら……排除される」
「…あぁ」
「私達、ここで出来る限り食い止めるアル。金ちゃんは…」
「……あぁ」
「任せたアルよ」
「………あぁ」
スっと。
一歩足を踏み出す。
ジャリっと。
不快な足触り。
一歩一歩踏み締めながら。
二階へと、続く階段を昇る。
「金ちゃん!」
昇りきって。
三階へと続く階段に昇ろうとした時。
階下から呼ばれ、振り向いた。
「迷っちゃ…駄目、アルよ」
「…………………………………」
「殺されそうになったら、…使うアルよ」
「…………………………………」
無意識に、懐に手をかざしていた。
ずっしりと。
自分の懐で隠れる、黒い重みがそこにはある。
「金ちゃんに、何かあったら私……」
「…………………………………」
「…何、するか解らないアル」
「…神楽」
「だから…だから……生きて帰って来て…金ちゃん!」
俯いて肩を震わせる神楽に。
金時は微かに口を開いて。
そしてまた閉ざした。
静かな空間。
閉ざされた刹那。
金時は。
「…大丈夫」
「…金、ちゃん…」
「大丈夫、だから。神楽」
場違いのように。
小さく、…微笑んだ。
「誰も死なねェし、誰も殺さない。だから」
「…ぅん。解ってる」
「あぁ。お前ぇも殺すなよ」
「解ってるネ!…そいつ等から聞きたい事は山ほどあるネ!誰1人、殺す気なんてないアル!!」
「あぁ。…じゃぁ、行って来る。全てを…取り戻す為に」
「行ってらっしゃいアル!」
ようやく笑顔を取り戻した神楽に。
金時は片手を上げて、背を向ける。
静かな廃墟の中。
1つ1つ足を踏み締めて、上へと向かう。
「…ごめんな」
進む足を止めず。
金時は小さく呟く。
その小さな呟きは、冷たいコンクリート尽くしのビルの中では響きもせず。
ただ、流れては、消えて。
それでも。
金時は祈るように呟く。
この吐息が。
この声が。
この気持ちが。
…どうか届きますように、と。
「…辰馬、桂、それに協力してくれた、皆。ごめん…本当にごめんな。でも…出来れば巻き込みたくなかったんだ。これは…俺と高杉の事だから」
そんな事を言ったら。
きっと怒って、下手したら殴られるな、と。
金時はそんな事を考えながら、クスリと小さく微笑むを零した。
そっと忍ばせたポケット。
コツリと指先に当たる、冷たい『それ』。
金時は『それ』を握って、足を止め、瞳を閉じた。
「……もうオメーにも会えねェけど」
脳裏を掠める、あの声、あの口調、あの顔。
「…勝手ばっかして、ごめんな」
ゆっくりとポケットから手を出す。
目の前で開いた手には、握り締めた『それ』の形がくっきりと浮かんで。
「…本当は。全部を清算するまで何かを得ようとは思わなかったんだけどな。本当、未練たらしいったらありゃしねェぜ」
小さく。ゆっくりと。
手の平にキスをして。
見つめた、先。
裸電球が微かに灯る、冷め切ったコンクリートに囲まれた廃墟ビル。
眼前に広がる階段の先は、数メートルも見えない、闇。
進む先は、先程神楽が言ったように地獄だろう。
どんな未来が待っているのか。
予想すらつかない。
ただ確信出来るのは。どんな未来だろうが、自分達にとっては、辛い未来だと言う事だけ。
待っているのは裏切りか決別か、…死か。
止める事が出来るだろうか。
高杉を。
…自分を。
「…ein Unvershamfer Kerl…」
呟いた言葉は、…ドイツ語。
和訳は『恥ずかしい人』
攘夷だった頃に、信念を恥じた行為をした時呟かれた暗号。
自分に恥じない自分で居る。
いつだって後悔はせず、ただ真っ直ぐに。
「…お前に、突きつけてやんぜ。……高杉」
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2007/11/09UP