「…銀八っ!!!」
「うわっ!!…び、ビックリした。何だ、土方か…何?お前まだ帰ってなかったの?」
ガラリと勢い良くドアを開けたら。
帰る準備でもしていたのか、銀八が机に置かれたカバンに何かを詰めてる。
「出されて問題、…解けた」
「…ふぅん?」
俺がそう告げると、銀八は一瞬驚いた顔をして、それからまたいつも通りの顔に戻ってそう一言呟いた。
…この野郎、あくまで恍ける気だな…。
「…知ってやがったな…」
「ん?何が?」
「…っの野郎」
「まぁ待て待て。じゃぁ、答え合わせしよっか?…土方が出した答え、言ってみ?聞いてやるから」
…あくまで俺に言わせようって腹か。
「…あの歌は、百人一首の一句だ」
「あら。意外にすんなり解った訳ね」
「…………………」
「それで?意味は?」
「意味は…この短い春の夜のほんの夢のような戯れにあなたの手枕を借りたために、つまらない浮き名が立ってしまっては口惜しい」
「…調べたの?」
「…あぁ」
すらすらと答える俺に、銀八が質問を投げ掛ける。
元より古典…国語全体が苦手な俺が、こんなすらすら答えたの調べた意外の何物でもないから、俺もあっさり白状する。
「それで?」
「最初…さっぱり解んなかった。何で…何でお前がこんな歌、俺に聞かせたのか」
「…………………」
「『手枕』ってのも、調べた」
「…うん」
「『腕を曲げて枕の代わりにすること』つっても、俺はアンタにそんな事、した覚えがない」
「…そうだね」
「でも。…前の『春』で解った」
「…………………」
「俺が1年の時、アンタが担任で、俺は入部届けのサインを貰いにココに来た」
「…………………」
「俺はそこで…寝てるアンタを見つけた」
「ここは春だと、日向ぼっこが出来て気持ち良いんだよね。ついつい寝ちゃう。春眠暁を覚えず、ってね」
「………気づいて、たんだろ?んで、この間の時のも…」
「…………………」
「アンタは寝てなんかいなかったんだ」
俺がそう言うと、銀八は口にしていた煙草を大きく吸い込み、そして吐き出した。
紫煙の煙が、宙を舞って消える。
「『手枕』ってのは、腕枕の事示してんじゃねェ。…俺が撫でた手の事、だろ?」
最後の切り札。
銀八が言ってた、『言葉の裏の裏』
つまりはそう言う事だろ?
…アンタも。
俺と同じ気持ちだった。
…そうだよな?
「………………」
「銀八…俺…っ!」
「…続きは?」
「……え?」
「まさかそれで終わり、ってんじゃねェだろうな?」
しかし銀八から紡ぎ出された言葉は。
俺の予想していなかった言葉だった。
「歌はそれで終わりじゃねェだろう?…後ろ。後半」
「う、しろ…?」
「その答えだけじゃ、『かひなく立たむ名こそをしけれ』の意味が1つも解かれてねェじゃねェか」
「…………………」
言われて気づいた。
そうだ。
後ろがあった。
え?でも、後ろって…。
「まぁ、その、何だ?…前半は良いラインいってるよ。…でもな、土方」
「…………」
「『言葉の裏の裏』ってのは、それだけじゃねェんだな」
「…………」
「俺の真意は、どっちかって言うと、後半」
「後、半…?」
後半の意味は…。
「…そこまで解けたんだ。こっから先は。言わなくても解るだろう?」
「…………………」
つまらない浮き名が立ってしまっては口惜しい。
つまりは…。
「噂に、なるような事、するな…って事、か?」
自分の声が微妙に震えてる事に気づく。
ここに来て。
いきなり地獄に突き落とされた気分だ。
「ん〜…まぁ、…そう、かな」
「それは、アンタが…?」
「あ〜違う違う。…お前だよ」
「え…?」
「野球部で活躍して。まぁ、国語の成績は最悪に近いけど、他の教科の成績は中々だしさ。ツラだって良い。…お前、モテるんだろ?」
「…………モテねェよ」
「はい、嘘。近藤が言ってたぞ、『トシはモテる』って。女子にキャーキャー言われてるのも知ってるしさ」
「ん、なの…」
「知らねェとか言うなよ。…つまりはさ、こんなつまらねェ男教師に変なちょっかい出してさ、変な噂立つの、口惜しいじゃん」
「……………………」
「ココまで俺の出した、無茶苦茶な問題解けたんだし。…良い線いってるよ、お前」
「……………………」
何で。
何で今頃になってそんな事を言う?
「…んじゃ、この間の時に狸寝入りなんかしねェで起きて言えば良かったんだ。『気持ち悪ぃ。止めろ』って」
「ばっ…別にそうは言ってねェだろう!ただ…噂になりそうな事は控えた方が良いな、と思って」
「……気持ちを、口に出す事すら、許してもらえねェのかよ…」
「だから。もっとお前は周りに目を向けた方が良いぞ?俺なんか、男だし、おっさんだし、教師だし」
「…それでも。お前が良いつったら…?」
「はぁ〜…だ・か・ら!わざわざ自分から苦労背負い込もうとするな!アホですか?お前は!!」
「苦労じゃねェ。俺が選んだ道だ」
「あぁ、もう!あぁ言えば、こう言う奴だな!!良いから年長者の言う事は聞いとけ!な?!」
「だってしょうがねェだろう!それでも俺は、アンタが良いんだ!!アンタだけが良いんだ!!」
「だから、こんなおっさんの何処が良いんだつうの?!ってか、自分で言ってて虚しいわ!!」
「…じゃぁ、フってくれよ。ここですっぱり。未練断ち切ってくれよ」
「…っ…おまっ、卑怯だぞ?!」
「何処がだよ?!他に行けってんなら、きっちりフりゃぁ良いだけの話じゃねェかよ!!」
あぁ、もうすっげェ俺、自暴自棄になってる。
今さっき。結構すっぱり…でもねェけど、フられてんじゃん。
なのに何で自分から、もっと傷つく方向にいってるんだ。
「…………………」
「ほら。言えよ。嫌いでも何でも良い。俺が諦められる台詞、言えよ」
「……っ……」
俺の言葉に、銀八が唇をキュっと結んだのが見えた。
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2006/04/15UP