不毛な片思いを続けて、早3年弱。
チャンスつうか、何と言うか。
「……………有り得ねェ」
「……すぅすぅ……」
放課後。
部活は何とか理由をつけて休みをもらって。
俺は銀八が待っている資料準備室へと向かった。
ガラリと戸を開ければ。
机に屈服して寝てる、銀八の姿。
てめェで呼び出しといて寝るか?普通…。
「まぁ、コイツらしいちゃぁコイツらしいけどよぉ」
はぁ〜とわざとらしく溜め息を吐くけど。
やっぱり口元が緩んじまう。
気持ち良さそうな、何処となく幼い寝顔。
これで俺と10は違うと言うのだから驚きだ。
でも。
これを知っているのは俺だけだと言う、微かな優越感。
…あぁ、窓から差し込む光で、銀髪が綺麗に輝いてる。
相変わらず窓は開けっ放しで、そこから吹き込む風に、カーテンが揺れてる。
…あの時と。全てが同じ。
……否。あの時とは違う。
あの時とは。
俺は3年になって。
あの時とは身長も、体格も。
…気持ちも。
あの時とは比べものにならないくらい、大きくなってる。
成長している。
「…なぁ」
近寄って、キラキラと光る、その銀髪を撫でる。
俺の指を擦り抜けて。
まるで女のように柔らかい髪が、指に心地良い。
「…どうすればこの気持ち。アンタに伝わる?」
好きだと言いたい。伝えたい。
でも伝えても。
不毛だと解っていても。
それでも止める事が出来ないこの気持ち。
どうすればアンタに伝わる?
「なぁ、銀八…」
「……すぅすぅ……」
風に揺れる髪。
外された眼鏡。
微かな吐息。
「んっ、…ん…」
俺が顔を近づけた瞬間に、零れた微かな声。
…チっ、もうちょっと寝てろよ。
「…んぁ?」
「…てめェで呼び出しといて居眠りこいてるとは良い度胸してんじゃねェか?」
「……………ん〜………」
「………寝惚けてんのかよ」
「…あぁ、土方…?何で土方がココ、…………あぁ、そうだそうだ、補習。補習ね、補習」
「補習補習、連発すんじゃねェよ」
「だって本当じゃん。あ〜…んじゃ、まっ、ココ座れ。んで…えっと、何からやろうか…古典、現代文…」
近くのパイプ椅子をガタガタと持って来て。
傍にあった備えつけの机を漁っている。
「やっぱ古文からだな、うん」
何を納得したのかは知らねェが、ドサリと机に何かが置かれた。
「ゲっ…これ、マジで全部やろうってのか?」
「ったりめーだ。大体お前レ点も解ってねェだろう?1年の時からやり直しだつうの」
「文の最中に変な点があったって知ったこっちゃねェよ」
「あ〜…お前の1年の時の国語担任は何をしてたんだか…」
「お前だ、バーカ」
「マジでか」
覚えてねェのかよ、と呟いて。
目の前に置かれた資料をペラペラと捲る。
「ふ〜ん…」
「何だよ?」
「…や、ちゃんと教える気、あったんだなぁ〜と思って」
「はぁ?じゃなきゃ、貴重な放課後使って、しかもわざわざ土方呼び出したりしねェよ」
「…ふ〜ん」
「ほれ、くっちゃべってねェでやるぞ。まずはぁ〜基礎からな」
ここまで仕事熱心だとは思わなかった。
ってか、仕事する気あったんだ。
「まずは、ココな」
「……………………」
…そう言えば。
授業の時も俺、ろくすっぽ内容じゃなくて、コイツばっか見てたな。
「で、ここの文章が…」
「………………………」
ダルそうに教壇に立って。
どうでも良い雑言から、歴史とかまで行って。
「省略してあるから解りにくいけど、文章として成り立た…」
「………………………」
指、長ェよなぁ…。
それに白いし。
そう言えば髪もそうだけど、肌とか、何処も彼処も白いよな。銀八って。
…何か、そこだけ色が抜け落ちたみてェ。
「……………………」
「……………………」
「……おい、コラ」
「いて」
「…俺の話ちゃぁんと聞いてたか?え?」
「………まぁ、割と」
「割とって何だ、割とって」
はぁ〜と溜め息を吐く。
「だって聞いてるだけじゃ解んねェよ」
「んじゃ、てめェで解くか?」
「解き方解んねェのに解けるか」
「威張るな」
はぁ〜と今度は銀八が溜め息を吐く。
そしてポケットからゴソゴソと煙草を出して、カチっとライターで火を点ける。
「他の教科は理解早いってのになぁ〜。本当、困った奴」
「…しょうがねェだろうが」
「お前前に国語は法則性がねェつったよな。あるんだぜ、法則性」
「嘘吐け」
「マジだって。例えば。この文章だって、ほら、番号振ってあるだろう?それの順に組み替えりゃぁ良いし」
「だったら最初からその順番通りに文作れば良いじゃねェか」
「そこは、ほれ。昔の人の風流?って奴なんじゃねェの」
「…こう言うのは良いんだよ。国語の…ほら、あるじゃねェか。この文を読んで作者の意図を辿れ、みたいなの。アレが嫌ェ」
「あぁ…昨日の小テストん時に『作者に聞け』って奴ね」
「んなの読んでる奴に聞くんじゃねェって感じしねェ?」
「ん〜…でもね、日本人はさ、口下手じゃん?」
「?」
「言葉の裏の裏を読めってね。…そう言う読解力っての?養った方がこれから先、色々と便利よ?」
「便利?」
「例えば」
「…っ」
スっと近寄って来た銀八に、俺は身体を強張らせた。
「…土方の目って良いよな」
「…っ?!」
「見つめられると、結構ドキっとすんだぜ?」
「……ぎ、銀ぱ……」
「……シィ。…こう言う時は黙ってるもんだぞ?土方」
いつもの銀八と違う。
否、いつもみたいにダラしなくて。死んだ魚みたいな目をしてるのに。
「…っ…」
ごくりと咽喉が鳴る。
そうだ。
色だ。
色が違う。
放つ、色がいつもと…。
「………ん。やっぱ良いな……」
「な、に…?」
銀八の顔が近づく。
反射的に目を閉じて。
そしたらフっと耳元で何かを呟いた気がして。
「え?」と思って閉じてた目を開けば。
目の前には。
フっと口の端をあげる笑みを浮かべる銀八。
いつもとは、違う、色。
「春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ」
「…は…?」
パっといつものように意地の悪い笑みで。
「言葉の意味の裏の裏を読めってな」
「今、の…何……?」
ピっと人差し指を俺の前に出して。
「さて問題です」
「?」
「俺が今発した言葉、つうか詩だな。それの裏の裏には何が隠されてる?」
「………………………は?」
「言葉の裏の裏の裏は表?裏?」
「……………1個増えてんじゃねェか………」
「この答えが解ったら」
「……………………」
「ご褒美、あげてもいーよ?」
言葉の裏?
そこに何が隠れてる?
「…ご褒美って…何だよ」
搾り出すように出した言葉に。
やっぱり銀八は意地の悪い笑みを浮かべて。
「…ご褒美は貰った時に解った方が頑張り甲斐、あると思わねー?」
そう言って。
銀八がまた鮮やかに笑った。
それは今まで見た事もない程、鮮やかで。
…艶やかだった。
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2006/04/07UP