最初はあんなんが担任かよ、と思った。
身だしなみは最悪、だらけきった白衣に、締まりのないネクタイ。魚の死んだような目に、くわえ煙草。
おまけにぐしゃぐしゃの頭は真っ白。
おいおい、何処のじーちゃん先生だと思った。
なのに。
気付けば。



「おーい、土方ぁ。これ次教室。運んどいて」



気が付けば、目で追って。



「…俺は今日、日直じゃねー」
「俺と会ったのが運の尽きだな。やー今日の日直呼び出すのメンドーだったから、ラッキーラッキー♪」



鼻歌混じりに廊下を歩く、その背に視線を送る。
いつだって見てる。
3-Z担任、坂田銀八。



「!」



不意にくるりと振り返った背中。
…気付かれた?



「…なーに睨んでんだ?」
「………睨んでねェよ、元々んな目付きだよ」



そーだよな。お前が気付く訳ねェよな。



「あ〜そっか。多串君は目付き悪いんだったね〜」
「多串じゃねェ!土方だ!!」



まだ担任になって間もない頃。
話し掛けた時に出た名前。まだクラス全員の名前を覚えてなかったこいつが、ふと思いついたんだか混在してんだかは知らねェが、飛び出した名前『多串』
こいつは時々ふざけてこの名で呼ぶ。
いい加減覚えたんだからその名で呼ぶなと言うのに、思い出したかのように呼ぶ。
俺がそれに反論して激昂すんのが楽しいのか。



「くっくっく…まぁ〜ま、んな怒ると血圧右肩上がりになるぞ?んじゃ〜ま、頼んだぞ、資料」



ひらひらと手を振って、また廊下を歩き出す。



「…アンタは血糖値、高そうだな」



目の前には銀八が使ってる資料室。
がらりと開ければ、煙草独特の香りと。



「資料室私物化してんじゃねー…」



今はもう中身のない銀紙が3つも。
…また隠れてケーキ食ってやがったな。
机の上に積んである資料集を腕に抱えて、部屋を出る。
戸を閉める瞬間、開けっ放しの窓にカーテンが揺れるのを見た。
あぁ、あの時のデ・ジャヴ。


…初めて見た奴は。
『これが担任かよ』
…話した印象は。
『…ムカつく』
…なのに。
…次に見た時は。


それは入学して三日目。
部活を決める、入部届けの手続きの際にだった。



『おい。せんせー、居るのか?入部すんのにテメーのサインが…』



入部に必要なサインを貰いに担任教師を探した折り。
散々探し回った挙げ句、銀八なら資料室じゃないかと言われて資料室を訪れた時にそれは起こった。



『…寝てやがる』



こっちは散々テメーを探してたってのに、こいつはクークーと気持ち良さそうに寝息を立ててやがる。
一発殴って起こしてやる。
そう思った。
そう思ったから拳だって振り上げたのに。
…結局それを振り下ろす事は出来なかった。

まず第一にあまりにも気持ち良さそうに寝てたから。
今日日ガキだってあんな気持ち良さそうに寝てる奴、俺は知らねェぞ。
そして第二に。
…髪が。
いつもは白髪のくしゃくしゃ頭が。
その日は窓際に寝てる事もあり、陽に照らされてキラキラと輝いていた。


(…綺麗…)


それは白髪と言うより銀髪で。
陽を浴びて。
まるで1本1本が細い糸のようにキラキラと光を反射して。
思わず手を伸ばして触れれば、ふわふわと柔らかい。

『…ん…っ』
『!』

起きそうな気配にバっと腕を引っ込めたけど。



『……っと……』
『…ぁ?』
『も、…っと…気持ち、ぃ…』
『!!』



その声が。
あまりに甘くて可愛くて。
もう一度伸ばした手に擦り寄って来るのがくすぐったくって。
…熟睡したこいつを起こすなんて真似、出来なかった。

それから後は坂道を転げる勢いだった。
普段のこいつは、可愛くねェし、ボーとしてるし、何ともねェと思ってたのに。
不意に日差しを見つけては気持ち良さそうに。甘いモン食っては幸せそうに。
クルクル回る表情、仕草に。落ちるのは早かった。



「よりにもよって担任の、しかも男に落ちるなんてよー…」



不毛以外の何者でもない。
俺は資料を抱え直すと、教室に向かった。
あ〜ぁ、次は銀八の授業だ、ちくしょう!!







2006/04/04UP