知らなければ良かった。
気づかなければ良かった。
解らなかった良かった。
勘違いなら勘違いのままで居たかった。
そうすれば。
こんな気持ちを抱く事も。
こんな気持ちに振り回される事も。
こんな気持ちで居る事もなかったのに。
「…何か用か」
修行中。
背後から感じた気配にポツリと呟いた。
「お〜ぉ、ゾロ、すっげェな。よくおれが来てるって解ったな。おやつだって。呼びに来た」
「…解った」
短く答えて、手にしていた重りを床に落とす。
微かに乱れた息を整えて、流れる汗を拭く。
「やっぱ気配とかで解るのか?おれが来たって?」
「…まぁな」
解らないはずがない。
いつだって気に掛けてる。
いつだって探してる。
お前の気配なら。
「そっか〜…おれもそう言うの解るようになるかな。格好良いよな、そう言うのって」
一通り汗を拭いて。
部屋を出る。
部屋の出入り口でおれを待ってた、ルフィが。
「…ぁ、ゾロ」
「…っ!」
そっと伸ばして来た手。
反射的にそれをおれは払ってしまった。
「…ゾ、ロ…?」
「…っ、わ、悪ぃ。おれ、今、汗臭ェから…」
驚いたルフィに。
苦し紛れの言い訳をして。
彷徨った視線のまま、言い訳を口にした。
…あぁ、馬鹿。
汗臭いのと触られるのとじゃ、全然関係ねェじゃねェか…!
「…そっか。んじゃ、おやつ食ったら、風呂入れよ。それから、首んトコ。汗残ってるぞ」
「あ、あぁ…サンキュ」
それでもルフィは大して気にした様子もなく、ニコっと笑ってそう言う。
…その笑顔に胸が痛くなる。
「今日のおやつはな〜、平べったいケーキだぞ。ハチミツいっぱい掛けて食うと美味ェんだ〜」
「…あぁ、そうか」
クルリと向けられた背。
グっと強く拳を握る。
その背に、手を伸ばして。
抱き寄せてしまえば、どんなに楽か。
抱き締めてしまえば、どんなに満たされるだろうか。
…でも、それは出来ないんだ。
俺は男で、ルフィも男。
そしておれ達は仲間なんだ。
この気持ちは許されない。
気づかれてはいけない。
誰にも。誰にだって。
もしこの気持ちが、この船に乗る奴等に、ルフィに。
決して気づかれてはいけない気持ち。
こんな感情。抱く事され許されないんだ。
「サーンジ!ゾロ、呼んで来た」
「おう、サンキュー…って、ルフィ?何かあったか?」
「へ?何がだ?」
「ぇ、だっておまぇ……あぁ、ごめん。何でもねェ。…ほら、お前の分のホットケーキな」
「おー!いっただきまーす!!」
バクバクと食い始めるルフィを横目に。
おれは空いてる席に座る。
そこにクソコックが。
「おうおうおうおう。いっつも呼ばれねェと来れねェのか」
「…そう思うなら、てめェが呼びに来い。わざわざルフィを使いに出すな」
一応船長だぞ、と言うと、クソコックから意外な言葉が返って来た。
「おれがルフィに行けつったんじゃねェ。ルフィが自分から行くつったんだよ」
「…は?」
「おれが呼び止める前にさっさと行っちまったんだよ。おれが呼んで来るつってな」
「……………………………………」
その言葉に、クソコックに向けてた視線をルフィに向ける。
相変わらずバクバクとホットケーキを食い荒らしてるルフィ。
…わざわざおれを呼びに来た?
「…………………………………」
「おい、何処行くんだ?今、お前の分のホットケーキ……」
「おれぁ要らねェ。ルフィにでもやってくれ」
「は?!」
「汗でベトベトして気持ち悪ぃ。シャワー浴びて来る」
「おい、ちょっ…!!」
クソコックの言葉を待たずに、おれは部屋を出る。
部屋を出れば、すぐに甲板で。拭いた風が心地良かった。
…あぁ、駄目だ。
まだ精神修行が足りねェ。
あんな事に一喜一憂するなんて。
「…頭、冷やそう…」
ルフィにとって何でもない事。
おれにとっては特別に感じる事。
こう言うギャップに、おれはいつまで苦しめば良い?
この気持ちに気づいたのは、アラバスタのゴタゴタが全て済んだ頃だった。
アラバスタに向かう途中、ビビがクロコダイルに連れ去られそうになった事がある。
その時は間一髪、ルフィが代わりを買って出た。
それは当然と言えば、当然の選択。
ルフィはずっと、クロコダイルをぶっ飛ばすと言っていたのだから。
…奴なら大丈夫。
そう思っていても、落ち着かない気持ちが始終おれの中に渦巻いた。
それは。
ルフィがクロコダイルより弱いとか、そう言うんじゃなくて。
ただただ、その戦いをおれ自身の目で見れない事への焦燥感なのか。
傍に居ない事への戸惑いなのか。
その時はよく解らなかった。
けど、自分に出来る、これからの戦いに備えようと、気持ちと身体を切り替えた。
あいつは無事だから。
あいつが負ける訳ねェと。
ただ何度も、まるで呪文みたいにそれを繰り返した。
…全てが終わって。
あいつが目を覚まして。
「よぉ、ゾロ。久し振り」
なんて間抜け面して言われた時に。
心底ホっとした自分に驚いた。
何故こんなにも奴を心配する?
それは仲間だからか?
でも他の奴らに、それは当てはまらなくて。
モヤモヤとした気持ちを抱えていた。
いつ、それを自覚したかは定かではない。
だけど。
不意に。唐突に。
腕を伸ばして。
抱き締めたくなる。
抱き締めて。
その温もりを感じて。
もっともっと、…触れたくなる。
「…くそ…」
知りたくなかった、こんな気持ち。
気づきたくなかった、こんな気持ち。
抱きたくなかった、こんな気持ち。
知らなければ、気づかなければ、抱かなければ。
おれはただ、あいつの仲間として。
…隣に立てたのに。
「…『好き』だなんて…」
どうすればこの想いは、気持ちは。
…なくなるのだろう。
2008/06/09UP