「お疲れー」
「腹減った〜。何か食って帰んねー?」


先輩達の雑談を聞きながら、体育館を後にする。
疲れて火照った身体に、夜風が心地良い。


「駄目よ。疲れてるんだから早く家に帰って、大人しく寝なさい」
「チェっー」
「グズグズ言わない!身体休めるのも練習の一環よ」
「へーい」
「カントクのケチー」
「ケチー」
「なぁんですって…?」
「わー、嘘嘘!ごめん!!」
「ん?」
「あ?何だよ、どうしたんだよ?」
「ねぇねぇ、あれって…」


その時ふと。
前から聞こえた声に顔を上げると。
暗闇の中、校門に人影が見えた。
チラリと見えた制服に、思わず。


「あっ…!」
「あれって…」


皆で駆け寄って。
顔を見た瞬間、驚きはますます強くなった。


「あー…ちわ」
「海常の…っ!」
「笠松!!」
「…呼び捨てかよ」
「あ、いや、えっと、笠松…さん。どうしたんスか」
「ぃや、その……ちょっと、な」
「?」
「悪いんだけど。黒子、君…貸してくんねェか?」
「黒子…ですか」


皆ポカンとした表情のままボクを見る。
何で?と言う視線の問いに、ボクだって訳が解らない。
何で海常のキャプテンがボクに…?


「相談してェ事があんだ」
「相談、ですか」


ますます訳が解らない。
首を捻るボクに。


「…黄瀬の事で、ちょっとな」
「!」


その言葉に思わず息を飲む。
何か…あったのだろうか。


「黄瀬君に…何かあったんですか?」
「あー…、出来れば2人で話たいんだけど」


居心地悪そうな様子の笠松さんに、ボクは微かに逡巡して。


「…それではこの近くに公園があります。そこで良いですか」
「…悪いな」
「いえ。…あ、じゃぁ先輩、ボクはこれで」
「お、おぅ…お疲れ」


混乱が収まらないままの先輩達に別れ告げ、公園へ向かおうとすると。


「ちょっと待て!」
「…火神君」


今まで黙っていた火神君が声を荒げる。


「んで、黄瀬の事で黒子が必要になんだ、…ですか」
「…悪いな。こっちも切羽詰まってんだ」
「はぁ…?意味が…」
「火神君」
「…んだよ、黒子」
「笠松さんも事情があるんだと思います。話だけでも、聞いて来ます」
「……解った」


渋々と言った様子の火神君に背を向け。
公園へと向かう。


「こっちです」
「おう」


時間帯的に誰も居なく、公園はシンと静まり返っている。


「…結構遅くまで練習してんだな」
「そうですね。自主練ですけど」
「……そっか」


何を口にして良いか解らず。
沈黙が辺りを支配する。
黄瀬君に…何かあったんでしょうか。
でも。それなら何でボクに?
微かな不安を胸に、笠松さんに向き合えば。


「…悪かったな」
「いえ…」
「…誰に相談して良いのか、解んなくて。もうオレにもどうして良いのか解んなくなっちまって」
「はぁ…」
「…お前ら、確か仲良かったよな?」


笠松さんの問いに、すぐに頷く事が出来なかった。
…正直解らなかった。
微かに逡巡した後。


「普通…だと思います」
「そっか…あぁ、じゃぁまぁ参考までに聞かせてくれ。帝光ん時どうだった?」
「どう、とは?」
「黄瀬の仕事だよ。モデルの仕事」
「モデルの…仕事?」
「確か、中学ん時からやってたんだよな。モデルの仕事」
「はい」
「バスケの練習しながら、モデルの仕事もやってた?」
「はい」
「練習休んで仕事したりとかは?」
「してませんでした。休みの日に、モデルの仕事をしてたと聞いてましたし、実際にそうだったとも思います」
「…そうか」
「…はい」


何処か要領の得ない問い。
それでもボクはその問いに答える。
すると笠松さんは意を決したように、地面を彷徨わせていた視線を上げて。
ボクを正面から見つめ。


「本当は部のゴタゴタを言いたくねェが、背に腹は代えられねェ」
「はぁ…」
「ブっ倒れる前に何とかしてェ」
「倒れる…?」


不吉な言葉に胸がギクリとする。


「…最近、黄瀬の様子が変だ」
「変…?」
「やけに熱心に練習して」
「そ・れは…良い事、じゃないんですか?」
「良い事…な。でもな、チームでの練習の他、残って自主練。それも相当遅くまでやってる」
「はぁ…」
「それにモデルの仕事も。身体休める為の休みを、モデルの仕事突っ込んでるみたいだ」
「…モデルの仕事はバスケを始める前からやってたみたいですから。調整しながらやってるんじゃないんですか」
「…確証はねェが、丸一日潰してるみてェだけどな。それこそ、朝から晩まで」
「!!」
「それがどのくらいの過酷さかは解んねェが…仮にも“仕事”だ。楽な訳がねェとオレは思ってる」


笠松さんの言葉に、ボクは静かに頷く。
確かにそうだ。
ただカメラの前に立ってるだけじゃない。
服を着替えたり、ポーズを取ったり。
色んな人に囲まれ、きっと休息にはならないだろう。
ボクの心情を察したのか、笠松さんも小さく頷いて。


「一部だけ見てるオレから見ても、明らかにオーバーワークだ。止めろつっても聞きゃぁしねェ」
「そんな…でもどうして…?」
「理由はオレにも解んねェ。シバいて吐かそうにも、最近のアイツ、近寄り難い感じなんだよ」
「…ボクの知ってる黄瀬君は、そんな人ではありません。自分の健康管理も部活や仕事の一環だと…」
「だろうな。短い付き合いだが、アホそうに見えて、実は結構ちゃんとしてる奴だって解ってる」
「…はい」
「それが何でか急に…って事は。帝光時代に、んな事はなかったんだな」
「はい。ボクは帝光時代の黄瀬君の教育係でしたが…そんな事、一度だってありませんでした」
「お前以外に黄瀬と仲良かった奴って他に居るか?」
「バスケ部内でなら青峰君……いえ、でもバスケしてる以外、一緒に居る姿はあまり見ませんでしたから」


答えてから、ボクは即座に否定した。
確かに黄瀬君の入部動機は青峰君でした。
けれど、練習以外2人だけで居た姿を見ていない。
なら…。
思い返して。


「…多分、ですけど。……ボクかも知れません」


ボクを見つけ、笑顔で声を掛けてくれる黄瀬君。
部活の時や帰りの道、黄瀬君はいつも笑顔でボクに声を掛けてくれる。
けれど。だけれども。


「やっぱそうか。練習試合ん時も嬉々として、お前の紹介だか自慢してたもんな」
「はぁ…そう、ですか」
「…他校のお前に聞くのも変だが、最近黄瀬に変わった事なかったか?どんな事でも良いんだ」
「変わった事、ですか…」


そう言われて、メールの事を思う。
急に来なくなったメール。
でも。


「その…」
「?」
「様子が変わったのって、どのくらい前からか解りますか?」
「そうだな……気付いたのは、2ヶ月くらい前だな。遅くなるようになったのは、多分3ヶ月前くらいからじゃねーか」
「!!」


…丁度、メールが来なくなった頃。
これは何か関係があるのだろうか。
下手な事は言えない。
関係あるかないかも解らないんだ。
そもそも毎日メールが送られて来るのが異常なのかも知れないし。


「……………」
「黒子?」
「あ、すみません」
「否…何か心当たりあるのか?」


言うべきか否か。
迷いに迷って、ボクは意を決して口を開く。


「…明日」
「明日?」
海常そちらに伺っても宜しいですか…?」
「え?あ、あぁ、別に構わないが…お前、練習どうすんだよ」
「休みます」
「え?!いや、そりゃ助かるけどよ…でもマジで良いのか?」
「はい。明日、黄瀬君に直接聞いてみます」


笠松さんの目を見て言えば。
申し訳なさそうな表情をしたまま。


「…悪いな。正直、助かる」
「いいえ。…ボクも、ちょっと気になる事があるので」
「気になる事?」


首を傾げる笠松さんに、ボクはそれには答えず、違う言葉を口にする。


「それでぁの、ちょっとお願いがあるんですが…」
「お願い?」


明日、約3ヶ月振り程に。
…黄瀬君に会える。




2012/09/20UP