誰も居なくなった体育館。


「…くっ!」


ドリブルでカットインしてシュートしても。
いつもより重い身体が言う事を聞かない。
理想のフォームとは程遠い、リングにも当たって、それでも何とかボールはゴールネットを揺らした。
それをぼんやりと眺める。
最近は寝不足も祟ってか、思考回路も鈍い。
重い身体を引き摺って。テンテンと転がったボールを回収して。
3Pラインまで戻る。


「…っ…」


不意にグラリと視界が歪む。
倒れないようにと何とか踏み止まって。


「…はぁはぁ…」


一旦呼吸を止め、吐き出す。
身体を止めた事により噴き出した汗が、ポタポタと垂れる。
身体に纏わりつくTシャツが気持ち悪い。
それを振り払うように、シュっと手にしていたボールを投げる。
それはガンとリングに弾かれて。
そのままオレは駆け出し、ジャンプしてそれを受け取り、ゴールへと叩き込む。
…一人アリウープ。
アイツが得意としてるシュートの一つだ。


「…火神君の技ですね」
「?!」


突然の声に驚いて。
声がした方を見れば、…海常ここに居ないはずの、焦がれて仕方のなかった人の姿が。


「黒子っち…」
「お久し振りです」
「な、んでここに…?」


久々の姿にドクドクと心臓が鳴る。
いつにも増して回転の遅い思考回路は、何で、どうしてがグルグルとして。
普通にしなきゃ、と思えば思うほど、顔が強張るのが解った。


「ど、どうしたんスか?海常に何か用っスか?」


それでも何とか冷静を装い、至って普通の振りをして、黒子っちに話掛ける。


「随分遅くまで練習してるんですね」
「あ、あはは、やだなー黒子っち、敵情視察?」


会話が噛み合ってない事に気づきながらも。
突然の黒子っちの登場に、動揺を隠しきれない。
もう試合会場じゃなきゃ会えないと思ってた人の登場は、とびきりオレを動揺させた。


「……………」
「く、黒子っち…?」


ジっとオレを見る、空色の瞳。
動揺を悟られないようにと思っているのに。
上手く笑えているか自信がない。
不安が募る。
悟られたりしないか。
上手く笑えているか。
もし、今。
黒子っちから『あの事』を口にされたりしたら。
…オレは。


「…隈、出来てますね」
「そ、そうっスか…?」
「はい。それに…少しやつれたようにも見えます」
「…んな事ないっスよ。それより、黒子っち。どうしたんスか、急に」


話題を逸らすように、オレは黒子っちが何で海常に居るのかと再び問い掛ける。
微かな期待と動揺、何とも言えない気持ちがオレの胸に渦巻く。
会いに来てくれた?それとも偶々近くに来たから?どっちにしろ、何で来たの?オレに会いに来てくれたの?
でもそんな事聞けない。
表面に出さないオレの葛藤の中、黒子っちは。


「黄瀬君だって、突然誠凛に来るじゃないですか」
「そ、れは…」


確かにそうだ。
でも、それは以前は、で。
今は、…少なくともこの3ヶ月ちょっとは突然誠凛に行くような事はしていない。
でもきっとオレが意図的にもう、誠凛に行くのを止めた事を黒子っちは気付いてない。
送らなくなったメールだって。
その証拠に黒子っちはちっとも変わりなく、それを口にすらしていないのだから。
ただ一言、「メールが来なくなったから」って「どうしたのかな」って。

(…違う)

瞬時に今考えた事を否定する。
期待するな、もう諦めるって決めたんだろ。


「―――― モデルの仕事で東京行って時間合った時とかだけ、っスよ?」
「…最近は仕事モデル、されてないのですか?」
「……最近は練習とか、色々忙しくて」


嘘は言ってない。
ただ、…『問い』に関する『返事』をしていない。
ただそれだけ。
なのにズキズキと胸が痛む。
でも理由を聞かれる訳にいかない。
誠凛に行かなくなった理由。
…それをきっと黒子っちの口から聞いたら、オレは二度と立ち上がれなくなるような気がするから。
表面上、オレは知らないまま。
何も気付かず。何も知らず。変わらない日常のままで居たい。
決定的なものなんて、何一つオレは必要としていないのだから。


「…嘘、ですね」
「……え」


きっぱりと言い放たれた黒子っちの断言に、身体が強張った。


「な、に言…」
「この間、本屋さんで君が載ってる雑誌を見ました。…凄いですね、巻頭カラーなんて」
「あ、あぁ…」


驚いた。
黒子っちがオレの載ってる雑誌を知ってるなんて。
以前掲載予定の雑誌の事を話しても、さして興味もなさそうにしていたのに。


「…仕事、忙しいんですか?」


不意に知らされた黒子っちの言葉に胸が躍って。
自分を心の中で何度も戒めるのに。
込み上げる嬉しさを堪え切れない。
オレは溜め息と共に、誤魔化す事を諦めて。


「…まぁ、それなりに」
「そうですか。それなのにこんな遅くまで自主練をしているんですか」
「っ、ちゃ、ちゃんと自分の体調見てやってるっスよ…?」


責めてる訳じゃない。
それに練習に関して、他校の黒子っちにとやかく言われる事ではない。
それでもここ数ヶ月のオーバーワークを咎められてる気がして。
オレは俯いて、慌てて言葉を紡ぐ。
すると黒子っちは。


「…今日。ボクが来たのは」


微かな沈黙の後、重たそうな口を黒子っちは開く。
何を言われるんだろう。
絶望感と……微かな期待。
絶望は、勿論アイツとの事を打ち明けられるんじゃないかと言う不安。
期待は……誠凛へと来なくなったオレに気付いて、どうしたか気になったから訪問したと言ってくれるでのはないか。
相反する、どちらともつかないドキドキを抱えながら、黒子っちの次の言葉を待ってると。


「昨日、笠松さんが誠凛ウチに来ました」
「…え?」


思ってもない人物の名前が出て来た。


「黄瀬君の…様子がおかしいと、心配してました」
「あ、あぁ…」


数週間前の笠松先輩の様子を思い出す。
…そうだ。
オーバーワークだと、ずっと口にしていた。
心配して。気にしてくれて。それでも様子を見てくれていた。
気付いてた。知ってた。解ってた。
だけど、それを無視するみたいにひたすらに練習していた。
だって言える訳ないじゃないか。
失恋して、自暴自棄になっているなんて。
忘れたい為に、動き回ってる、なんて。

(…あぁ、そっか)

張り詰めていた気持ちがフっと楽になる。
何だ。なるほど、そう言う事か…。


「それに、最近黄瀬君からメ……」
「…そう言う事、っスか」
「……え?」
「はは……オレ、馬鹿みたいじゃないっスか…」


気付いて。
不意に涙が出そうになる。
それでも。オレのなけなしの意地みたいなのが働いて。
込み上げて来そうになる涙を、グっと抑えて。


「ぁの、黄瀬君。声が小さくて何を言ってるのか聞こえ…」
「黒子っち」
「え?あ、はい。何ですか、黄瀬君」
「スンマセン!…何か、迷惑掛けて」
「え?…黄瀬君?」
「ちょーっと最近根詰め過ぎたみたいっスね。一応自分の身体と相談しながらやってたつもりなんスけど」


ニカっと笑って見せると、オレの変化に黒子っちは微かに戸惑った表情を浮かべて。
でも。オレはそれに構わず。


「もうちょっと調整してみるっスね。わざわざどもっス!」
「い、いえ…」
「でーも、まさか黒子っちまで担ぎ込まれるとは思わなかったっス。無理してるつもりはなかったんスけど、そう見えたんスかねー?」
「黄瀬君、あの…」
「取り敢えず今日の所はこれで切り上げるっス。笠松センパイにも謝んなくちゃなー。黒子っちもゴメンねー?」
「…いえ」


有無を言わせないオレの態度に気づいてか、黒子っちはそれ以上口を挟まなかった。
オレは散らばったボールを拾っては籠へと投げ入れる。
全部終わって倉庫にそれを仕舞う。
黒子っちは何を言うでもなく、その場に佇んでいて。


「黒子っち、オレ着替えて帰るから、先帰ってて。もう遅いっスから」
「え…」
「遠くまでありがとっス。もうこんな事ないようにするから」


ガチャンっと体育館を閉め、黒子っちに告げる。
いつものオレなら、「すぐ着替えて来るから待ってて。駅まで送るっス」とでも言うだろうから。
黒子っちも予想外だったのか、驚いた様子を見せてたが、それもオレは見ない・気付かない振りをして。


「じゃぁね、黒子っち」
「…はい」


別れの言葉を口にして。
何か言われる前に、黒子っちに背を向ける。
そのまま振り返る事なく、部室へとタっと走り始めた。
背後で黒子っちがオレを呼ぶ声が聞こえたが、それも聞こえない、気付かない振りをする。
ごめんね、黒子っち。
でもオレ、今黒子っちの顔見れない。オレの顔も…見せたくない。
オレは心の中で謝り、部室に入り、ドアを開け、バタンとドアを閉める。
当然そこには誰も居なく。シーンと静まり返っていて。
オレは真っ直ぐ自分のロッカーへ行き、ガチャっとロッカーを開け、汗で冷えてしまったTシャツを勢いよく脱ぎ捨てる。


「…っそ」


乱暴にそれをロッカーの中へと投げつけ、思わず悪態が出る。
だから言ったじゃないか。
期待するな、望みを持つなって。
ジクジクと、胸が痛い。
どんな形にせよ、来てくれたのは嬉しい。
そう思う反面。
笠松センパイが言いに行かなきゃ、…黒子っちはきっと逢いに来てくれる事すらしなかった。
黒子っちにとって、オレと言う存在は、所詮その程度なんだ。
思わぬ逢瀬は、オレをひどく動揺させ、歓喜させた。
けれど、それは違うんだ。
黒子っちの意思じゃない。


「…オレにどうしろつうんスか」


ズルズルとその場に座り込んで。
姿を見れた事の嬉しさと。
でももう二度と、触れる事も気持ちを伝える事も出来ない辛さに苛まれる。
どうすれば良いのか。
もう解らない。
諦めたいのに。
姿を見てしまった、愛しさが募る。


「……………」


理性で抑えられるほど、大人じゃない。
けれど望みのない恋愛に、活路を見出す事も出来ない。
そこまで達観だってしてない。
どうしようもない見えない袋小路に迷い込んで、身動きが出来ない錯覚に陥る。
オレはノロノロと立ち上がって、鞄から携帯を取り出す。
決別の意味も込めて、データを消去しようとしたが、…出来なかった。
連絡を取らないにしても。
電話帳に『黒子っち』とあるだけで繋がってる。
それだけで良いと思ったから。…そう、思おうとしていたから。
『黒子っち』と記された電話帳を開いて、携帯を操作してメール画面に切り替える。


「…黒子っち」


愛しさを込めて、そう呟けば。
それだけで、好きが積もる。
好き、好き、好き。
何度言えば、黒子っちに届くんだろう。
…覚えててくれてるだろうか。
中学の頃。
紡いだ、伝えた、オレのあの言葉。
少しでも、君にオレの気持ちは届いただろうか。
答えは解らないまま。
解らなくても良い。
解ってしまえば、きっと。


「……ありがと」


悲しくて。悲しくて悲しくて、どうしようもないのに。
…涙の一つ、出やしない。
人間、悲し過ぎると涙すら出ないのかも知れない。


「…バイバイ…」




2012/09/26UP
2013/01/30改