それは火神君の何気ない一言でした。
「そう言や最近黄瀬の姿見ねェな」
「え…?」
「いつも1ヶ月に1回くれェで来てたじゃねェか。生きてんのか?」
「…ボクに聞かないで下さい」
大体他校生がそんな頻繁に現れるのが可笑しいんです、と返せば。
まぁそうなんだけど、と火神君。
「何かつうと現れるから、感覚麻痺してんのかもな」
「はぁ…」
そう言えば最近黄瀬君と会っていない事に気がつく。
会っていない所か、最近黄瀬君からのメールも来ていない事実に気づかされる。
一体いつ頃から…?
「……………」
「おい、何立ち止まってんだよ、黒子」
「あ、すみません。…ボクこっちなので」
「あぁ、じゃぁな」
「はい、さようなら」
火神君と別れて一人になり、ボクは鞄から携帯を取り出す。
カチカチと操作してる時ふと、以前黄瀬君とした会話を思い出した。
『ねーねー、黒子っちは携帯持たないっスか?』
『携帯電話、ですか…はぁ、特に必要性を感じませんので』
『えー、必要っスよ!学生の必須アイテムじゃないっスか!!』
『そうですか…?』
『そうっスよ。黒子っちと話したい時、家の電話に架けなきゃいけないんスよ』
『何を話すと言うんですか…』
『えーっと、…元気〜?とか』
『そんな下らない話の為に電話架けて来ないで下さい』
『黒子っち、冷たい…』
『普通です』
『携帯持ってくれたら、オレ毎日メールするのに!』
『…絶対持ちません』
『黒子っち〜……』
そんな会話をした。
そして高校生になり、流石に必要性を感じ、携帯を持つようになって数日。
以前教えてもらった黄瀬君のメールアドレスに四苦八苦しながらメールを打つ。
…確か教えなかったら教えなかったでまた騒ぐだろうから、とか思いながら。
来た返事が。
【ようやく持ってくれたっスね!毎日ラブメール送るっスよ〜☆(^ε^)chu】
【結構です】
【黒子っち、冷たい…(T_T)】
それから言葉通り、本当にほぼ毎日のように送られて来るメールに。
うっとおしく思ったり、クスリと笑ったり。
(…3ヶ月近く、来てませんね)
メールボックスの受信箱から【黄瀬君】と表記されたメールを見つけ、日付を見て微かに驚く。
こんなに長い間、彼からメールが来ないなんて。
頻繁に来ていたのに来ていない事に気づかない自分も大概だ。
「…何かあったんでしょうか」
入院とか…しかしそう考えて、ボクはすぐにその考えを打ち消した。
キセキの世代と呼ばれ、何かと有名な彼の事だ。
何かあればすぐに噂が立ち、ボクの耳にも入る事でしょう。
そう言う噂すら耳にしないと言う事は、きっと元気にしているのだろう。
「…じゃぁ、何で…」
最初の問題に戻ってしまい、ボクは首を傾げる。
でも考えてもしょうがなくて。
「…きっと忙しいんでしょう」
ボクは考えるのを放棄した。
ちょっとだけ、メールでもしようかな、とも考えたが。
何と送って良いのか解らない。
考えてみたらボクから黄瀬君にメールをした事がない。
今更「元気ですか?」なんて送れないですし。
「…ぁ」
携帯を眺めていてもしょうがないと、用のなくなった携帯を鞄に仕舞いながら、ふと思い出す。
そうだ。今日は前々から気になってた本の発売日でした。
買って帰ろうと思っていたのに、すっかり失念していた。
明日でも良いですけど、でも気付いてしまったからには欲しくなる。
ボクは少し逡巡してから、クルリと踵を返す。
急ぎ足で本屋へと向かう。
・
・
・
「…ありました」
駅近くの本屋さんは、遅くまで開いてる上にそこそこ大きくてボクは大変助かっている。
目的の本を手に、レジへ向かう途中。
「…ぁ」
視界の端に映った<黄瀬涼太>の文字に思わず足を止める。
見間違いかと思いましたが、見間違いではなく、そこには知ってるはずの顔が表紙を飾っていた。
「…黄瀬君」
知ってる顔のはずなのに、まるで知らない人みたいだ。
そっとその雑誌を手に取る。
…ボクの知ってる黄瀬君は、こんな大人っぽい笑い方をする人じゃない。
もっと屈折なく、太陽みたいな笑顔で…。
『黒子っち!』
彼独特の呼び方で、ボクを呼んで。
表情の乏しいボクが、「何ですか」と言うと、「一緒に部活行こ」とか「帰り、どっか寄ってかないっスか」と笑顔でボクを誘う。
ある日青峰君が「黄瀬ってでけぇ犬みてェだな」と言ったのを思い出す。
それに返答はしなかったが、内心「確かに」と思って。
それから黄瀬君が駆け寄って来ると、思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られたものだ。
…まぁボクの身長じゃ、背伸びしても届かないけども。
ムっと思うが、それはそれで良かった。
衝動に駆られて撫でた日には。
どう言い訳して良いのか。
黄瀬君はきっと、ポカンとして、それから………………。
「お〜、誰かと思えば黄瀬じゃん」
「っ…か、火神君」
後ろからひょいと火神君が姿を現す。
驚いて、思わず身を固くしているボクに、気づいてるのかいないのか。
「ここ最近顔見ねーと思ったら、モデルなんかに精を出してんのか、あの野郎」
「ど、どうしてココに…?」
「あ?月バス買い忘れてんの思い出して。…『黄瀬涼太独占インタビュー・巻頭カラーに登場!』だって。ハっ、こうして見ると知らねー奴みてーだな」
「…そう、ですね」
火神君の言葉にズキリと胸が痛む。
…どうしてだろう。
「…黒子?」
「はい?」
呼ばれて火神君を見る。
すると彼は何処か居心地の悪そうな素振りを見せた。
「火神君?」
「あー、っと、これ買うのか?」
「え…」
「この雑誌だよ」
「あ…い、いえ、ぁの…」
思わぬ質問に口籠るボクに、火神君は差して興味もなさそうに。
「まっ、昔のよしみで売り上げ貢献って奴か?」
「…そんな所、ですかね」
本当はそんな必要ありません。
黄瀬君が雑誌に載るだけで、その雑誌の売り上げは伸びると。
何処から調べたのか、桃井さんが中学時代に言ってましたから。
そんなボクの心情を知らない火神君は、ボクに雑誌を寄越して、レジへと向かう。
瞬間、本当に買うか否か悩んだが、ボクはそのまま雑誌を抱え、火神君を追い掛けるようにレジへと足を進める。
すんなりと雑誌はレジを通り、ボク達は本屋を後にする。
本屋を出てすぐ、火神君が。
「黄瀬に言っとけ。弱くなってたら承知しねーぞって」
「そう言うのは自分で言って下さい。何でボクが」
「お前の方が連絡取ってんだろうが」
「取ってませんよ」
「取ってんだろ。メールとか」
「してません」
「…全然?」
「全然」
きっぱりとそう言い放つボクに。
「そうなのか?前に来た時、毎日メールしてるって言ってたから、てっきり…」
「一方的にメールが送られて来るだけです。でもそれも最近では全然来てませんけど」
「…ぉい、マジで生きてんだろうな。黄瀬」
「…多分」
「多分て!おま、一応メールぐれェ送ってやれよ。ダチなんだろ」
「どうでしょう…」
「どうでしょうって…」
…火神君は知らない。
黄瀬君が中学時代から、ボクに言い続けるあの言葉を。
それを知ってたとしたら、黄瀬君がボクの友達だとは言わない…否、言えないでしょうね。
「生存確認するにしても。…何て送ったら良いんでしょう」
これ以上突っ込まれるのは藪蛇だと、ボクは会話の方向を変えた。
案の定火神君は会話に乗ってくれて。
眉間に皺を寄せて、ボクの言葉への返答を考えてくれてる。
「生存確認ってなぁ…まぁ、雑談でも送りゃぁ返信来んじゃねーのか?」
「雑談…ですか。例えば、どんな?」
「そりゃ…」
視線を彷徨わせ、暫しの沈黙の後。
「……げ、元気かー?とか」
「ハァ…黄瀬君と同じ発想ですね……」
「うっせェな!つか、一緒にすんじゃねーよ!!」
微かに赤くなりながら、火神君がボクに怒鳴る。
きっと火神君は火神君なりに黄瀬君の心配しているんでしょう。
「まぁ、でも。多分ですけど、大丈夫だと思いますよ」
「何だよ。根拠でもあるのかよ」
「根拠と言いますか、証拠が」
「証拠…?」
ほら、と先程買った袋を少し持ち上げる。
それで解ったのか、火神君が「あ」と声を上げる。
「忙しいだけだと思います」
「バスケにモデルに、何つうかアグレッシブだな。……大丈夫なのか、アイツ」
「そんなに心配なら黄瀬君のメールアドレス教えましょうか?火神君ならきっと黄瀬君も怒らないと思いますから」
「い、いーよ!要らねェ!!つか、誰が誰の心配をしてるつうんだ!!!」
心底嫌そうな顔をして、火神君が足を速める。
ボクもそれに倣って足を速めた。
火神君と別れてから、今度こそ真っ直ぐ家へと帰る。
自分の部屋に着いてから、買って来た雑誌を取り出し、着替えもしないまま開く。
…中は『特集』と言うだけあって、何ページにも渡って黄瀬君の写真がページを飾り、途中インタビューページもあった。
そこには、当たり障りのない言葉が綴られていて。
やっぱり見慣れない、黄瀬君の姿がある。
「……………」
雑誌から視線を外し、ボクは傍にある鞄を探る。
鞄から携帯電話を取り出し。
電話帳を開いて、【黄瀬君】と記された所を画面表記させる。
「…忙しいだけ、ですよね」
ポツリと呟いた言葉は。
静かな部屋に消えていった。
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2012/08/19UP