放物線を描いて、オレの放ったボールが直径27センチのゴールへと吸い込まれるように入る。
パサっと言う小気味良い音に、オレは次のボールを手に取り、投げた。
ボードに掠る事なく入るボールを見もせず、オレは次のボールに手を伸ばす。
何度も何度もそれを繰り返した、その時。


「っおい、黄瀬!!」
「はっ……キャプテン?」


ガラっと体育館の扉が開く音がして。
…怒鳴られた。


「どうしたんスか、キャプテン。もう帰ったんじゃないんスか」
「帰ろうと思ったけど、まだ体育館の明かりが点いてっから…それより黄瀬、テメーあれから休まずやってんのかよ?」
「そースよ。自主練ス」


言葉を紡ぎながら、またボールに手を伸ばす。
そうしたらボールを掴む前に、ガっと手首を掴まれ。


「馬鹿か!やり過ぎだ!アレから何時間やってんだ!練習で身体壊したら元も子もないだろ!!」
「…大丈夫っスよ。ちゃんと考えてますから。それに、明日はモデルの仕事で練習出れねっスから」


訝しげにオレを見る笠松先輩に苦笑しながら、そう言う。
それでも掴んだ手首を放してくれないから。


「ホントにちゃんと自分の身体と相談しながらやってるっスから」
「…お前、マジで何があった?」


その言葉に。
静まっていた痛みが蘇る。
でもオレはその痛みに気付かない振りをして。
ゆっくりと目を閉じて、開く。
そして真横から向けられた視線を受け止め、真っ直ぐ見つめ返して。


「…別に。何もないっスよ」
「何もねー訳ねーだろ。ココんトコ変だぞ、お前」
「変て何処がっスか。オレは至っていつも通りっスよ?」
「嘘吐け。オレを誤魔化せると思ってんのか。バスケに仕事モデル、何、んな必死んなって動き回ってんだよ。ブっ倒れてーのか」
「倒れねーっスよ。ペース配分はしっかりしてるっスから。それに中途半端って何か気持ち悪いんスよ」
「…今まで、んなに仕事モデルの方積極的に動いてなかっただろーが」
「水面下ではそれなりに動いてたんスよ?」
「じゃぁ、何でそれが急に浮上して来たんだよ」
「…良い話が来たんで、まぁ、せっかくだからやろうと思っただけっスよ?」


退く様子のないオレに、先輩はチっと小さく舌打ちして。
余計険しくなった表情を浮かべ、オレの睨みつけ。


「…良いか。これはキャプテン命令だ。今日の練習はもう切り上げて帰れ。良いな?」
「……了解っス」


そう言われてしまえば、練習を続ける訳にはいかない。
気付かれないように小さく溜め息を吐いて、オレは渋々頷いた。
床に置いていたタオルを拾って、滴る汗を拭く。
動きを止めた事により、自分で思ってた以上に身体が重い。
けれど、そんな身体以上に、心が重い。

(あぁ、駄目だ…)

オレはタオルに顔を埋めて、もう一度溜め息を吐く。
ホントはもっと、動き回りたい。
頭ん中空っぽになるくらい、くたくたになって。
そんで何も考えられなくなるくらい、夢もみないくらい深い眠りに着きたい。


「……っ……」
「黄瀬?」


呼ばれた声に、ハっとして。
タオルに埋めてた顔をパっとあげて。


「じゃぁオレ、着替えて帰りますね!」
「お、おぉ…」
「キャプテンも、お疲れっした」
「おぅ」


努めて明るい声と表情で、そう告げる。
笠松先輩に小さく会釈して、体育館を後にしようとする。
すると。


「…黄瀬!!」
「へ?」


不意に叫ばれた。
驚いて振り向くと、やっぱり険しい顔した先輩が。


「何スか?」


居心地悪そうな顔して、オレを見てる。
呼んだのに、一向に口を開こうとしない先輩を不思議に思って首を傾げれば。


「あー、その、何だ?…よく解んねーけど、無茶だけはすんなよな」


多分本人は無自覚。
でも優しいその言霊に、フっと笑みが浮かぶ。


「無茶なんてしてないっスよ」
「自覚がねーのが一番怖ェんだよ。何か最近のお前は見てて危うい。何かあったなら話せ。話くれぇなら聞いてやっから」


その言葉に、微かに驚く。
この人は。オレが思ってる以上に、オレの事を見てるのかも知れない。


「…有難うっス。でもマジ、大丈夫っスよ。無茶も無理もしないっス。海常みんなに迷惑は掛けねっスから」
「そう言う意味じゃねーんだよ!シバくぞ!!」
「もー、何スか」


こんな時。
日常の有難さを知る。
海常に来て、良かった。
この人がキャプテンで良かった。


「…っ」


そう思ってるのに。
また、脳裏を過ぎる光景。
痛み始めた、鈍痛。
今、浮上し掛けた所じゃないか。
海常に来て良かったと思ってる。
不満はない。
なのに。
やだ。いやだ。考えたくない。思い出したくない。
考えるな、考えちゃ駄目だ。
立ち止まったら、蹲ったら立てなくなる。

(…まだ、足りない)

体力のあるオレに、あれくらいの練習量じゃまだ、全然足りない。
何も考えられないくらい、くたくたになりたい。
胸の痛みに気付かないくらい。
思考回路が回らないくらい。
そうして眠りに着いて。
そして。


「……いつの日か」


この鈍痛も。
あの光景も。
全部全部。
…忘れてしまいたい。




2012/08/19UP