「で。お前は一体誰なんだよ」


リビングの真ん中。
そこに座る男に声を掛ける。
全裸だったので、自分の服を貸した。


「て言うか、お前なんでマッパなんだよ!服は?!服はどうしたんだよ!?」
「へ?服なんか着ないっスよ?」
「変態か!!!」
「?」


キョトンとした表情の男に火神は米神を抑えた。
朝っぱらから何の罰ゲームだと思う。


「誰って言われても…」
「てか、どっから湧いたんだよ!!不法侵入か!!」
「湧いたって失礼っスねー。つうか、ココ何処っスか?」
「オレん家だよ!!」
「へ?何でアンタん家にオレ居るんスか?」
「それを今、オレが質問してんだよ!!」


首を傾げる男に、火神は軽い眩暈を感じた。
話が全く通じない。
そして男の正体も気になるが、もっと気になるのは…。


「…そういや、お前犬知らねーか?」
「犬…?」
「すっげーでけェ犬。金色っぽい茶色の毛並みの、多分ゴールデンレトリバーだと思うんだけど…」


キョロキョロと辺りを見渡すが、犬の姿が何処にも見当たらない。
何処からか飛び掛かられでもしたらと思うと気が気ではないが。
しかし犬の隠れられそうな場所は何処にもない。
外に出るのはリビングのドアからだけだが、幾ら大きな犬でもドアを開けられたりするのだろうか。
躾ければ出来なくもないだろうか、あの微かな時間でそんな芸当出来るのだろうか。


「ぁ、それ多分オレっス」
「……は?」


キョロキョロとしている火神に告げられた男の言葉に、火神は動きを止める。
頭は大丈夫なんだろうか、この男は。
そう思いながら、火神は男を凝視する。


「お前…何言ってんだ?」
「だーかーら。そのでっかい犬、多分オレっス」
「は、はぁぁ??!」
「やー、ビックリっスね。オレ、人間になれんだ」
「や、お前どっからどう見ても人間だろ…」
「そうなんスけど。でもオレ、さっきまで犬だったし」
「…言ってる意味が解んねーんだけど」
「オレもさっぱりっス!」


埒の明かない会話に、火神は微かに頭痛を覚えた。
とにかくこの男を家から追い出そう。
そうだ、そうしよう。
そう思って口を開こうとした、が。


「てか、オレ、雨降ってて段ボールん中居たと思うんスけど」
「え…お前、家は?」
「ないっス」
「はぁっ?!」
「オレ野良なんスよー。まぁオレ美犬っスから、女の子が家に連れ帰って餌とか寝床くれたし」
「え、あ、へ??」

男の言葉に火神は何と返答して良いのか困った。
人間に「野良」と言う言葉は適応されるのだろうか。
否、それより「美犬」って何だ。
ヒモって事か?


「あーっと…名前は?」
「名前?…えーっと、黄瀬涼太って認識してるっス。誰が付けたんだか知んないけど」
「歳は?」
「1歳っス!」
「いっ…!?おま、ふざけてんのか!!!」
「ふざけてないっスよ。確かこの間誕生日迎えて、丁度1歳になったばっかっス!」


胸を張って答える男に、火神はますます頭痛が強くなる。
どう足掻いても自分を犬だと言って譲らない気か。
若干この男を見ていると、それも信じられる気がしないでもないが。

(犬が人間になれてたまっかよ…!!)

「じゃぁ、どーやって人間になったんだよ!!」
「さぁ?」
「さぁって…!!」
「人間になったの、初めてだし。人間になれるなんて、オレ知んなかったっス」
「マジかよ…」
「何か手があるなーって思って、匂い嗅いで、人だーと思って、その手辿ったら、顔っぽいのに辿り着いて。舐めてたら、うるさくなって。んで目が覚めたら目の前にアンタが居た?そんな感じっス!」


スラスラと答える男の言葉に、状況はさっきと寸分の違いもない。
しかし信じる訳にいかない。
さっきも思った通り、犬は人間にならない。


「何かその動きにヒントでもあるんスかね?試してみる?」
「はぁ?!」
「えーっと、まず手を…」
待て待て、
待てぃ!!何する気だ、テメー!!」
「何って、さっきの動きをもう一度…」
「冗談じゃねー!!てか、迫って来るな、気色悪い!!!」
「犬が人間にすり寄るのは本能っスよ。そうすれば餌とか寝床とかもらえる」
「お前は人間だろーが!!」
「元犬っス」
「知るか!!!馬鹿か?!馬鹿だろう、お前!!!!!」
「大丈夫大丈夫。顔舐めるだけっスから」
「だから…!オレは男に顔を舐められる趣味は…!!」
「えーっと、この辺だったかな?」


ぎゃぁぎゃぁと火神が叫ぶが、黄瀬は構わずペロっと火神の頬を舐めた。
途端固まった火神。


「あり、戻んねーわ」


そんな火神を余所に自分の手を見つめ、その手を開いたり閉じたりする。


「ねー、戻んねーっスわ」
「こ、ここここここ…!!!!」
「…にわとりっスか?」
「このド変態野郎!!!!!!」
「どわっ!!んな怒鳴んなくても良いじゃないっスか!!」
「怒鳴りたくもなるわ!!何々だ、テメーは!!」
「何って…元犬?」
「犬は人間になんね―――――っっ!!!」
「んな事言われても実際なってるし」
「うっせー!!もう出てけ!!テメーはもう出てけー!!!」
「うわ、ちょっ、暴れな……ぅわっ!!」


暴れ回る火神を何とか宥めようと、もつれていたら。


「あ」
「わ」


チュっと唇に何かが触れた。
あ、と思った時には、ポンっと小気味いい音が聞こえて。


「どぅわ!!!!!!!!!!!」
「ワン!!」


金色じみた茶色の大型犬が火神の目の前に現れた。


「いっ…!!!!!!!!」
「ワン!!」
「どわっ…!!お、おま、ど、どっから…??!」


パニくりながら、犬との距離を取り、辺りをキョロキョロとする。
犬が現れ、眼前に居たはずの男が消えた。
しかも犬の身体と傍には、さっき男に貸した服が散乱している。


「ま、まさか…」
「ワン」
「き、黄瀬…?」
「ワン!」


先程男が名乗った名を、犬に向かって呟けば。
犬は嬉しそうに尻尾を振って。
まるで返事をしているかのように吠える。


「ま、マジで…?」


火神はクラっとする頭を押さえて、その場にへたり込む。
大型犬だけでも厄介なのに、もっと厄介なものを拾ってしまった。
夢か、これは夢なのか。
ギュっと自分の頬を抓ってみたが、痛い。


「マジか、はは…」


笑うしかなく、乾いた笑いを洩らす。
どうしよう、そんな言葉だけが頭をグルグルする。


「…クゥン」


放心していると犬が近寄って来て、鼻を鳴らす。
それに顔を上げると。


「ヒっ…!」


思った以上に近いその距離に怯えれば。
ペロっとまた、唇を舐められ。
ポンっと小気味いい音がまた部屋に響き。


「あ、人型んなった」
「きっ…!!!」
「ね?ね?やっぱオレだったっしょ?」
「〜〜〜〜っっっ!!!」


もう言葉は出ない。
ただ思うのは。
とんでもないものを拾ってしまった。
捨てる事は可能なのだろうか。


「ねーねー、聞いてるっスか?」
「っっっ、いーからさっさと服着ろ、このド変態!!!!」




2012/11/02UP