「わ、超美味い!今まで食べたどの餌より美味いっスわ!」
「犬食いすんな!箸使え!!」
「元犬っスもん。犬食いはしょーがないっしょ」
「今は人間だろ!!!ほら、箸!!」
「えー、これどうやって使うんスか?」
「握るな!!あーもー、んじゃせめてスプーン使え!!」


捨てる事も考えたが、人間の姿のまま外に放り出す事も出来ず。
かと言って、犬の姿に戻しても、火神は近寄る事すら出来ない。
ましてや、また男とキスするなんて御免被る。
どうしようか悩んでいると、不意にグゥと盛大にお腹がなり。


「そう言えば腹減ったっスね」
「…チっ、飯にすっか」
「っス!」


仕方なく簡単に2人分の食事を用意する。
簡単に作ったチャーハンを嬉しそうに頬張る黄瀬を見ながら、火神は溜め息を吐く。
本当にこの先どうしよう。
外に放り出すにも、キスで犬が人間になるなんて解ったら。
世間は大騒ぎするだろう。
見世物になるだろう。下手すると解剖されたりするのだろうか…。


「……………」
「ん?オレの顔に何か付いてるっスか?」
「…大量にご飯粒が、な」


火神の心配を他所に、黄瀬はニコニコとしながらチャーハンを頬張っている。
呑気な男だと思って見ていると、ふっと黄瀬の顔が上がって。


「そう言えば、アンタの名前、何つうんスか?」
「あ?んだよ、急に」
「や、知んねーなーと思って」
「火神だよ。火神大我」
「かがみ……じゃ、火神っちっスね!」
「か、火神っち?!んだ、そりゃ!!」
「オレ、自分の認めた相手には「っち」付ける事にしてるんスよ。まっ、実際に呼ぶのは火神っちが初っスけど」
「否、普通に呼べよ…」
「えー、だって火神っち、すっげー美味い餌作ってくれっし」
「意味解んねー…あー、もう勝手にしろ」
「勝手にするっス」


何だかこの男を見ているとあれこれ考えるのが馬鹿馬鹿しく思えて来る。
火神はあれこれ考えていた事を全て頭から放り出し、眼前のチャーハンへと手を伸ばす。


「そう言えば火神っち、学校は?」
「あ?」
「人間は学校に行くんじゃないんスか?」
「あ、あぁ…まぁ、そうだけど…」
「学校行く時間じゃないんスか?」
「は…?」


言われて時計を見れば、なかなか急がなくてはいけない時間になっていた。


「あ!!」
「片づけ、オレやっとくっスから」
「あぁ??」
「前に女の子がやってたの見てた事あるっス。オレ、見れば大体の事は出来るんスよ」


ニコっと笑った黄瀬に、火神は戸惑う。


「ほらほら、早く支度して出た出た。行ってらっしゃーい」
「ちょっ、お、おい!!」


追い出されるように家から出された火神は、瞬間どうしようか迷うが。
先程確認した時計の時間に、迷ってる暇はないかと鞄を肩に掛け直し、学校へと歩を向けるのだった。





「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「…随分長い溜め息ですね」
「疲れた……」
「今日は朝練ありませんでしたよ?」
「や、これは運動とかの疲れじゃなくて…」
「?」
「……ぁのさ」
「はい」


口を開いて、火神は考えた。
もし今きょとんとした様子で、火神からの言葉を待っている、クラスメイト兼バスケ部のチームメイト・黒子に。
『犬拾って、それが『人間』になったんだけど』と言った所で、頭が可笑しくなったか冗談でも言ってると思われるのが関の山だろう。
確かにそうだ。
自分だって嘘だと思いたい。
何処の漫画だ。
しかし実際自分の身に起きた。起きてしまった。
それともアレは夢だったのだろうか。


「…火神君?」


一向に口を開かない火神に不思議に思ったのか、黒子が火神を呼び掛ける。
火神はどうしたものかと考えて。


「ぁ、っとさ」
「はい」
「…『犬』拾ったんだけど」
「え?犬、ですか」
「…あぁ」


しかも『ただ』の犬じゃない。
人間になる犬だ。


「火神君、犬嫌いじゃありませんでしたっけ?」
「嫌い、つうか苦手なんだよ。小さい頃噛まれた事あっから」
「それなのに拾ったんですか?」
「ほら、昨日雨降ってただろ?それで…」
「あぁ。…火神君は優しいですから放って置けなかったんですね」
「優しかねーけどよ」
「飼うんですか?」
「や、流石に飼えねーつーか…」
「苦手克服には良いかも知れないですよ?」
「………あぁ、うん」


『犬』なら、と思いつつ、適当に頷いた。
黒子はそんな火神の様子に。


「…本当に駄目な様なら、引き取り手を探しましょう。手伝いますよ」
「……あぁ。サンキュ」


黒子の言葉に、火神はまた頷いて。
普通の犬ならそれも出来るけど、と考える。
まさか人間になる犬なんだけど、とは口が裂けても言えない。
溜め息をもう一度吐き出すと。


「…苦手だからって、また捨てたりしないで下さいね。最近は保健所が連れてって、最終的に殺されちゃうんですから」


まぁ、優しい火神君がそんな事するとは思えませんが、と言う黒子の言葉は火神の耳には入っていなかった。
『最終的に殺されちゃう』
それだけが火神の脳裏にこびり付いたのだった。





そーっと玄関のドアを開ける。
真っ暗な事に少し心配になりながら、リビングへと続く扉をこれまたそっと開く。
そこには。


「すーすー」
「……………」


人の気も知らず、心地良さそうに眠る『人』の姿をした元・犬。
それにイラっとし、思わず蹴ろうと足を上げた瞬間。


「…へっ、ぷち!」
「……………」


小さく漏らされたくしゃみ。
どうやら寒いらしく、もぞもぞと差して大きくもないソファーに大きい身体を縮めている。
上げていた足を下ろし、火神は小さく溜め息を吐き出すと、その場を後にした。
そして毛布を手に戻り、それを黄瀬へと掛ける。


「…マジでどーすっかな」


ガシガシと頭を掻きながら、苦悩する。
『犬』を拾った事もだが、その『犬』が『人間』になったのだ。
捨てるのは簡単だ。
だが、今日黒子から聞かされた言葉が頭から離れない。
『最終的に殺されちゃう』


「……………」
「……んぁ?……」


ふと、黄瀬が目を覚ます。
瞬間、自分が何処に居るのか解らなかったのか、キョロキョロと辺りを見渡して。


「…あぁ、火神っち。お帰りー」


状況を理解しただろう黄瀬が、火神を見てへにょっと笑ってそう言った。


「…ただいま」
「あ、毛布ー。火神っちが?ありがとっスー」
「…あぁ」
「人間の身体って不便っスねー。何か寒くて」
「暖房入れりゃぁ良いだろ」
「暖房?何それ?」


キョトンとした様子の黄瀬に、あぁ本当に人間じゃないのかも、と火神は思う。
目の前に居るこの男は、人間に見えるのに。
でも人間じゃなくて。
不思議な気分だ。


「ねー、火神っち。お腹空いたー」
「…今飯作るから、ちょっと待ってろ」


袖を引っ張る黄瀬に、火神はハァーと本日何度目になるか解らない溜め息を吐きながら。
とにかく自分もお腹が空いたと食事の用意をする。
その間、黄瀬はソファーにちょこんと座っていたが。


「ねーねー、何作ってるんスか?」
「生姜焼きだよ。…あ、なぁ、お前玉ねぎって食えるのか?」
「へ?玉ねぎ?」
「ほら、犬とかって玉ねぎ食ったりしたら駄目って」


バスケ部で黒子そっくりの犬、テツヤ2号を飼っている為、犬が食してはいけないものの知識はあった。
幾ら今人間の姿をしていても、黄瀬も元犬。犬が食していけないものはやはり駄目なんだろうか。


「あー、そうなんスか。うーん、どうなんスかね。オレ、人型んなったの初めてっスから、解んないっス」
「…一応入れねーでおくか」
「わー、良い匂い」


匂いに釣られてか、黄瀬が近くに寄って来た。
思わず火神はジっと見た。
…そう言えば元犬のこの男。
よく見れば、なかなかの美丈夫だ。
犬の時も思ったが、金色に近い茶色の髪はサラサラだし、長い睫毛に縁取られた瞳も髪と同じ色。
身長も自分と同じくらい、そう言えば貸してる服は丈もピッタリだ。
筋肉質な自分とは違い、身体つきは微かに細目だが。


「ねーねー、火神っち」
「んぁ?」
「アンタ、オレ飼う気っスか?」
「え、あ、はぁ?!」


元犬とは言え、人間の男に言われた言葉に盛大にうろたえてしまった。
考えていた事も重なり、火神は思わず持っていたフライパンをひっくり返す所だった。


「だって飼うつもりで拾ったんスよね?」
「や、そう言うつもりで拾った訳じゃねーんだけど」
「じゃ、何で拾ったんスか?」
「え、それは…」


何でってそれは、と火神は考える。
雨で弱ってたから。
せめて雨が止むまで、と思ったのは確か。
しかしまさか人間になる犬だったとは。


「それは?」
「あー……雨降ってたし。お前濡れてたし。弱ってたみてーだし」
「…ふーん。じゃぁ、雨も止んだし、オレも元気になったし。オレの事、捨てちゃう?」
「捨て………」


そう言われたら、黒子からの言葉がまた頭の中に蘇る。
『最終的に殺されちゃうんですから』
もし、もしも自分が『やっぱり飼うのは無理だから出てけ』と言ってしまって。
出て行って、運悪く保健所の人間に見つかったら?通報されたら?
しかしそこで火神はちらっと黄瀬を見る。
どっからどう見ても人間だ。元犬には見えない。
それならここで見放したとしても、保健所に連れて行かれると言う事にはならないのではないだろうか。
しかし火神はその考えを即否定した。

(…否、でもちょっと待て)

もしこの状態で外に放り出してしまえば。
元犬が人間として生活する術など持たないのだ。
どちらにしろ野垂れ死には目に見えてる。
そこまで考えて、火神は諦めにも似た、溜め息を吐き出して。


「…ゃ、捨てる気はねーつうか」
「じゃ、飼うの?」
「…飼うのも、ちょっと」


火神は視線を下に下げ、黄瀬の顔を見ないようにした。
黄瀬は今、一体どんな表情で、その言葉を紡いでるのだろう。
犬は苦手だ、そう思いながらも、もしかしたら死ぬかも知れないと思うと、じゃぁ、とは言えない。
どうしよう、と思っていると。


「あー、良かったっス!!」
「………は?」
「やー、オレ野良長いし。まぁ、中にはオレを飼おうとしてくれた人も居たんスけど」


思いの外明るい声が聞こえ、思わず黄瀬を見れば。


「オレさー、飼い犬気質つうんスかね?なくて。一ヶ所にジっとなんかしてらんなくてー」
「……………」
「束縛つうか、そう言うの嫌いで。あー、良かった。火神っちがオレ飼う気なくて」
「……………」
「と言う訳で、住み着くつうか、居るけど、オレの事は気にしないでね!お互い干渉なしって事で!ぁ、飯だけ宜しく!」
「……………」


あっけらかんとした様子でとんでもない事をのたまった黄瀬に。
火神は持っていた菜箸を力強く握り締め。


「うっせー!!!てめ、マジ出てけ!!!んで、保健所でも何でも連れてかれて、死ねっっ!!!!!!」
「え、えええぇぇぇぇ?!ちょっ、ヒドくないっスか、火神っち!!!」
「何々っち付けんな、この…
馬鹿犬っっっ!!!!!!


こうして火神と黄瀬(犬)の奇妙な同居生活が始まった。



・END・
2012/11/03UP