「……………」


帰路の途中。
嫌でも目に入る大きな段ボール。
廃品回収の曜日はまだだと言うのに、非常識な近所の住民が捨てたのか。
はたまた通りすがりの誰かが捨てたのか。
どちらにしろ非常識極まりない。
しかも畳んでもいなく、段ボールは形を成した上に、雨が降っている今、ずぶ濡れである。
これでは回収した時に折り畳もうにも、ボロボロになったしまうだろう。
まぁ自分には関係ないか、と止めていた足を進めようとした、瞬間。


「…っ」


聞こえて来た、小さな泣き声。
一瞬にして身構えた火神は、辺りを見渡すが、その鳴き声の主は見当たらない。


「き、気のせいか…?」


ドキドキとする胸の鼓動を抑えながら、安堵の息を吐き出した。
瞬間。


「…ゥーン、クゥーン…」
「!!」


やはり聞こえた。
それは火神が最も苦手とする犬の鳴き声だ。
しかし何度辺りを見渡しても、犬の影も形も見当たらない。
何だ…?と不思議に思って、ふと。


「ま、まさか…」


デンっと道の端に存在を主張する段ボール。
まさか、と言う気持ちで恐る恐るその段ボールを覗けば。


「!!!!」


そこに横たわる、大きな、犬一匹。
まさか、そんな。
そう思いながら、火神はゆっくりと後退して行く。
本当はすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが。
もし。
自分の足音でこの大きな犬が目を覚ましたら…?
小型犬でも腰が抜けるほど苦手なのに、こんな大型犬と目が合ったらと思うと、ゆっくりとしか後退出来なかった。

(だだだだだだ誰だよ、こんなデケェ犬捨てたの…!!)

見ず知らずの人物に悪態を吐きながら、火神はガクガクとする足を叱咤し、その場から逃げ出そうとした。
したのだけれど。


「…クゥーン、クゥー…ン…」
「……………」


途切れ途切れに鳴く、か細い声。
さっき覗き込んだ時に見た犬は全身が濡れそぼり、弱々しく震えていた。


「…っ、くそ!」


犬は苦手だ。
昔アメリカに居た時、追い掛け回された。
それからどうにも、どんなに小さかろうが、犬が恐くてしょうがない。
でも。
それでも火神は、こんな風に弱ってる生き物を放って置けるほど冷酷でもない。
震える足を何とか犬の方に向け、自分が差していた傘をスっと差し出して。


「…これで勘弁しろ」


犬が濡れないよう立て掛けて。
ギュっと目を瞑り、タっと駆け出す。
犬は苦手だ。それは大きさに関係なく。怖いのだ。
せめて濡れないように、これ以上衰弱しないように。
傘をあげるくらいしか出来ない自分に謝りながらその場を後にする。
今度見つけてくれる人が、どうか犬好きな人物であるように。
そう願って家路を急いだ。
それから数分後。
バシャバシャと音を立て、火神は戻って来た。


「っ、くっそ、まだ居んのかよ…!!」


結局家に戻ってからも。耳に付いたあの弱々しい鳴き声が耳から離れなくて。
居なければ良いと思いながらも、あの場所に戻って来てしまった。
案の定大きな段ボールはそのままで、中に居た犬もそのままだった。
盛大に舌打ちをして。
ますます強くなる雨に、ますます苛立ちを深くして、火神は。


「あー、ちっくしょ…!!飼い主見つけるまでだからな…!!!」


だから頼むから家に着くまで目覚めるなよ、と祈りながら乱暴に段ボールを抱えた。


「つか、重っ…!!」


両腕にズッシリとした重みに、命の重さを感じる。
捨てるならもっと考えろ、つうか捨てるんなら飼うな!と顔も知らない捨てた人間に怒りを覚えながら、家路に急ぐ。
段ボールの隙間から見えた犬は。
さっき見たより衰弱してるように見えた。
もう鳴き声さえ聞こえない。
起きる事を危惧しながらも、火神は急いで家へと足を向けた。
ずぶ濡れになりながら家に着き、そっと段ボールを部屋に置く。


「おい、生きてっか…?!」


そっと段ボールを開けると、犬は微かに身体を上下させている事から呼吸している事だけは解った。
しかしその呼吸もひどく弱々しいもので。


「っくそ、どうすりゃ良いんだよ…!!」


病院か、と考えたが、動物病院が何処にあるかも解らない。
オロオロとしている間にも犬が弱っていくように見えて。
火神は焦った末、段ボールから犬を引きずり出すと。


「頼むから起きないでくれよ…!!」


本日2度目の願いを吐きながら、床に横たえた犬の身体に背後から自分の身体を密着させた。
少しでもこの、冷えた身体が温まるように。
しかしガタガタと身体が震える。
犬の身体が冷たいからではない。そして雨に濡れたからでもない。
怖いからだ。
こんな伸びたら自分の身体と変わらないくらいの大きな犬を、背後からとは言え、自分が抱き締めてるなんて信じられない。
犬が起きて欲しいような、目覚めたら確実に自分は腰を抜かすし、家を飛び出すだろう。
目覚めて欲しくない気持ちを抱えながらも。
火神は恐怖心を必死に抑え、犬を抱き締める。
とにかく今は。
何も考えず、犬が死なないように、と思いながら。







「…ん…」


ブルっと寒さに目が覚めた。
いつの間にか寝てしまったようだ。
固い床に、いつ寝てしまったんだろう、と考えながらゆっくりと目を開く。
すると飛び込んで来たのは、金色掛かった茶色の毛。
何だこれ、と不思議に思いながらも、それに顔を埋める。
フワフワと柔らかい。
何だコレー、気持ち良いーと思いながら、フと昨夜の事を思い出す。

(あれ、オレ昨日、確か…)

思い出した1つの事柄にダラダラと汗を掻く。
確認の為離れてそれの正体を確かめようと思うが、恐怖でそれも出来ない。

(夢か。…そうだ、夢だ。つーか、そもそもオレが犬拾うとかねーよ。有り得ねー)

何とか自分を納得させようとしたが、ならこの毛は?と最終的に最初に思った疑問が頭をもたげる。
考えるな、考えるな火神大我!と思ったが。
ソロっと開いた目に飛び込んで来た、長い毛並みと耳らしき、もの。


「!!!!!」


ズザザザザと一瞬で抱き締めていたものを放し、部屋の隅まで後ずさった。
夢ではない。その証拠に大きな犬が、自分の家のリビングで横たわっている。
恐怖でガタガタと再び震え出した身体。
抜けた腰に、何とかリビングを抜け出そうとドアまで這いずったが。


「……………」


ジっと犬の背中を見ていると。
昨日微かだった身体の上下が、安定しているように見えた。
生きてる。そう感じて火神はホっと息を吐き出す。
そしてハっとした。

(生きてたのは良かったけど、こっからどーすんだよ、オレぇぇぇ!!!)

火神は犬が苦手だ。
それは大きさに関係なく。
小さかろうが大きかろうが、所詮犬は犬。
目覚めた時に飛び掛かられたりしたら?追い掛けられたら?
考えるだけで生きた心地がしない。
これは起きる前にまた、段ボールに詰めて捨てた方が良いだろうか。
幸い雨音はもうしない。多分止んだんだろう。
起きたらこれだけの大きな犬だ。
自分が取り乱す事無く追い払えるとは思えない。
泣く。多分泣く。と言うか、今正に泣き出しそう心境の火神だった。


「…捨てよう」


連れ出しといて大変申し訳ないが、犬は飼えない。
飼い主が見つかるまで、と考えたが、冷静に見て、この大きさの犬が同居なんてどう考えても無理だ。
部活で相棒そっくりの小型犬でさえ怖いのだ。
本当に大変申し訳ないが、無理なものは無理だ。
火神は決心してソっと犬に近づく。
どうか、どうか起きませんように。
そう願いながら徐々に犬に近づく。
そっと犬を伺い見ると、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
そのまま眠っててくれ、と思いながらジっと犬を見る。

(しっかしデケェなー)

ゴールデンレトリバーだろうか。
自分は犬の種類に詳しい訳でもないが、大型犬なのは確かだろう。
金色に近い茶色の毛並み。
瞳は何色だろう、とふと思ってしまう。
もしこの毛色と同じ色なら、さぞかし綺麗だろ思う。


「…何でお前のご主人はお前を捨てたんだろうな」


無意識に伸びた手がサラっと長い毛を撫でる。
雨に濡れたにも関わらず柔らかく、温かな感触にホっとする。
すると。


「…くぅん…」
「…え?」


目を閉じたまま、鼻先がスリっと火神の手にすり寄る。
犬が動いた事により、固まった火神の身体。
しかし犬はそのままスリスリと鼻先を火神へとすり寄らせ。
目を閉じたまま起き上がる。


「え?え?え?」


寝惚けているのか、その目は閉じたまま、犬は火神の手を伝って。


「ちょっ、待っ…!うゎ…!!」


その鼻先は火神の顔へと到達し、ペロペロと火神の顔を舐め始める。
眼前に広がる犬の顔に完全に硬直し、ギュっと目を瞑る火神だったが、ストップの声だけは何とか上げたが、時すでに遅し。
ペロっと唇を舐められた、その瞬間。


ポンっ


小気味良い音と共に。


「へ…?」
「…んぁ?」


ソロリと火神が目を開ければ。


「で、えええええええぇぇぇぇぇぇぇ?!!」


目の前に自分に覆い被さる、自分と同い年くらいで同じくらいのガタイの男。
しかも全裸。


「ふわぁぁ〜……ぅっさいっスねー、何々スか、一体」
「お、おま、おま…!!」
「?アンタ誰」


首を傾げる男に、火神は今度こそ悲鳴を上げた。


「お前こそ、誰だ―――――っっ!!!!!」




2012/10/09UP