「一護の馬鹿――――――――っ!!」



響いた声に一護は「またか…」と耳を塞ぐ。



「一護の馬鹿!おたんこなす!人でなし!この悪魔!!」



そんな一護の動作も気にせず、この小さなヌイグルミは声を荒立てる。



「コン、うるせぇ。家族に聞こえんだろう。黙れ」

「何だと―!俺は当然の要求をして……」



その瞬間だった。



『ホローウ、ホロウ――っっ!!!』



虚が出た時の、いつものコレ。



「あ〜…はいはい」



ガシっと代行証を握り、傍らでぎゃぁぎゃぁ叫ぶコンに一護はそれをぶつける。

「おふぅっ!」と妙な叫び声と共に、義魂丸がコンの口から飛び出て来て、それを自分の口に放り込み、死神状態になる。



「じゃぁ、俺は虚退治に行って来るから、悪さすんじゃねェーぞ、コン」



カラリと窓を開け、部屋から飛び出す前に、一護は振り向きコンにそう告げる。

そして、トンと身軽に窓から飛び出すと、一気に虚に向かって走り出す。



「…ほぉ〜い。行ってらっしゃぁ〜い」



俯きながらそう告げ、次の瞬間それは笑みに変わる。



「……っ、ぃやっほぉい!久々の自由だ!うふふふ…悪さは、しっませーん!!」



そう言うや否や、コンは一護の部屋から飛び出し、外へと出掛けるのだった。





















いつだって自由はなかった。

否、本当は自由なんて言葉は自分の中には存在しない。

義魂丸として存在し、本当は破棄処分となるはずだった自分を助けてくれたのは、ルキアと…一護。

だからヌイグルミの状態でも、こうやって生きてるのが不思議なくらいだった。

それでも。

生きてる実感と、湧いて来る好奇心。

それに勝てず、「部屋に居ろ」と言う一護の言葉に反論した日々。

ルキアが居た頃は何とか我慢して居たが、ルキアが尸魂界に帰ってしまってからは、欲求は高まるばかり。



「…たまには良いじゃねェか」



外の空気を吸ってみたい。

自分が生きてる、ここに存在する事を確かめてみたい。

…外の世界を体験してみたい。

そんな些細な願いを叶えたって。



「悪さはしねェよ」



これ以上、一護に迷惑は掛けたくない。

だから。



「…ちょっとだけ」



浦原の所に行って、美味しいものを食べたい。

自分の存在を知っている所に行って、思う存分言葉をしゃべりたい。

…日中は居ない一護。

誰にも話せない、自分の存在、自分の言葉。

一護の身体を借りてる、今だけ…。

特殊技能として足が発達しているコンは、真夜中と言う事もあり、目いっぱいの力を足に込め、浦原商店へと向かった。



























「チっ!」



舌打ちは静寂な夜に吸い込まれた。

虚退治は昔ほど苦戦をしなくなっていた。

それは浦原との修行の成果もあり、そして実戦を重ねた結果でもあった。

なのに…。



「…油断して逃げられた、じゃシャレんなんねェぜ…」



貫いたと思った面は、致命傷には至ってなかったようで。

「倒した」と背を向けた瞬間に虚に逃げられてしまった。



「まだ…んな遠くには行ってねェはずだけど…」



逃げた方向に行けばすぐ見つけられると思っていたが、姿が全く見つからない。



「あ〜、もう面倒臭ェ…」



自分の失態だが、愚痴を言わずには居られない。

いつになったら平穏な日が訪れるのか…。



「…ん?」



不意に視界に入って来た影に再度視線を向ければ…。



「………ぁんの野郎………」



鮮やかなオレンジ色。

闇に浮かぶ見紛う事ない、その色に。



「……チっ…!」



再び舌打ちをして、方向を急展開させる。



「〜♪」

「…っ、ぉい、コンっっ!!」

「っっ!!」



背後で急に聞こえる声に、コンは身体をビクリと強張らせると、足を止める。



「……あ、あ〜……一、護……」

「…てめェ…こんな所で何してやがんだよ?」

「ほ、虚退治、もう終わったのか…?は、早かったなぁ」

「外には出んなってアレほど言ったよなぁ…?」

「あ、あは、は…わ、悪さはしてねェぞ?」

「あったり前だろう…この野郎…」



ゴゴゴと怒り頂点の一護に、コンはジリジリと後退さる。

その瞬間だった。



「!…一護、危ない!!」

「…っ?!」



コンの声に振り向こうとしたが、コンが自身を横へ押しやり、次の瞬間にはコンの…一護の身体が吹き飛ぶのを一護は目の当たりにした。



「コンっっ!!!!」

「…っ、ぐはっ…!」



叩きつけられた地面。衝撃で口から飛び出た鮮血が地面へと落ちる。






……………ピキっ…………






「コンっっ!!!」



吹き飛んだコンに視線を向ける。

次の瞬間、街灯で明るかった周りが暗くなる。



「…っ!」



顔を正面に向けた時には、虚がその奇妙な腕を挙げ、自身に振り下ろす瞬間だった。





「ぎゃああああああああああああああ!!」





咄嗟に身体を固め、腕で頭上だけ守った。

けど、受けるはずの衝撃は振って来なく、代わりに小気味悪い叫ぶ声が辺りに響いた。

そろそろと瞳を開ければ。



「あ、アンタ…!」



黒い衣装に奇妙な帽子。武器とは思えぬ、ステッキを片手にした男が立っていた。



「戦闘の最中に敵から目を逸らすなんて、随分余裕っスね、黒崎さん?」

「…ゲタ帽子…!」


人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、浦原が立っていた。



「まーったく。アタシん家の近くでこんなドンパチあっちゃぁ、気になって様子見に来ちゃうじゃないですか」

「…っ…」

「コン君はアタシに任せて、黒崎さんはさっさと虚倒しちゃって下さい?それとも一人じゃ倒せない程、強敵ですか?」

「……んな訳ねェだろ…」

「それは良かった」



ニコっと笑い、浦原は服を翻して、倒れているコンへと近づく。



「コン君?大丈夫ですか?」

「…っ、う、ら…はら…さ……?」

「良かった。意識はあるみたいですね。今、すぐに楽にしてあげますから、ジっとしてて下さい」

「そ、…な事、より、一…護、手伝っ……」

「大丈夫ですよ。あんなの黒崎さんならすぐ倒せますから。…ほら、傷に障るからもうしゃべらないで」

「……ん」



会話を背中で聞きながら、一護は改めて剣を虚へと向ける。

今度は失敗したりしない。一撃で蹴りをつける。

グっと足に力を込める…虚に向かって飛び立とうとした瞬間。



「黒崎さん!コン君、アタシん家に連れて行きますね」

「なっ…?!」



急に掛けられた声に、体制が崩れた。

何故急にコンを連れて行くなど、そんな事を言うのだろう?

そんなに状況が悪いのか。

振り向いても、もう浦原もコンも居ない。

疑問は解消されない。



「…くっ!」



それでも虚は待ってはくれなくて。

とにかく蹴りをつけるしかない。

心配をした所で自分に今出来るのは…。



「っ、調子に乗ってんじゃねェよっ!!!」
































「……………………」



傷はすでに鬼道で埋めた。

ひゅうひゅうと鳴る呼吸の音に、浦原は黙るしかなかった。

どうしてこんな事になってしまったのだろう。

そんな考えが浮かぶ。



「んっ…ぁ、れ…?」



意識を取り戻したコンを凝視する。

こうして見ると、あどけない子供は何でもないように見える。

でも…。



「…目が覚めましたか?」

「え?あ…うん……」



起き上がると、あの呼吸音は聞こえない。

至って普通に見える。



「あ、っと…一護の身体、大丈夫?」

「えぇ……」

「そっか…」



ホっと息吐くコンに、浦原はギュっと拳を握る。



「どーして…」

「え…?」

「どーしてあんな無茶したんですか?」

「どーしてって…。…後ろに虚が見えて…んで…あ、一護が危ないって思ったら、身体が勝手に…」

「どーして?!それで…そんな……」

「…浦原…さん?」



グっとコンの…一護の身体の肩を掴む。



「…義魂丸が傷ついてます」

「………………え?」

「今は……黒崎さんの身体の……霊気によって守られてますけど…黒崎さんの身体から抜ければ一瞬で…以っても3日でコン君は……」



その続きは、浦原の口からは紡がれなかった。

コンは言われた意味が解らなくて、俯いて、肩を強く掴む浦原を凝視した。



「な、に…言って……」

「………どーして…無茶、するんですか……」



項垂れる浦原に、それは性質の悪い冗談でない事は理解出来た。



(そうだ…)

(あの時、変な音がした…)

(あれ、俺の身体が割れる音、だったんだ…)



以って3日。

コンに残された時間。



「治せ、ない…?」

「……方法はあります」

「じゃぁ…!」

「でも、その代わりに」

「代わりに…?」



浦原が項垂れていた顔をゆっくりと上げた。

それは今までコンが見た事もない、真剣な眼差しで。





「今までの、コン君の記憶が全部なくなってしまいます。…つまり、生まれ変わる、と言う意味です」































「コンっ!!!」



ガラリと開けられた戸に、視界に入って来たのは暗闇に立つ浦原だった。



「おい!いきなりコンを連れて行きやがって!…そんなにコンは悪いのか?!コンは?!!」

「…今何時だと思ってるんですか?そんなに大声出さなくても、聞こえますよ」

「…っ!!…それで、コンはどうなんだよ?!」

「…今は奥で眠ってます。アナタの身体は大丈夫ですよ」

「俺の身体を心配してんじゃねェよ!…でも、まぁ。俺の身体が無事って事はあいつも無事って事だよなぁ…。…良かった」



"良かった”その言葉に、浦原の意識が赤く染まる。



「?!!」



ガっと一護の死覇装を掴む。



「良かった?!」



『…じゃぁ治さなくていーや』



「アナタがちゃんと虚を倒して居れば!!」



『…死ぬ事になっても、俺、皆の事覚えてたいから』



「コン君はこんな目に遭わなくて済んだのに!!」



『一護には内緒にしててくれよ。…アイツ、自分のせいにしかねねェから』



「コン君は……」



『本当は破棄処分されるはずの俺が、色んなもの見れて、知って。嬉しかったから』



「な、何だよ……」

「…っ…」



鮮やかに微笑む、コンの姿が脳裏に浮かぶ。

どうして…どうして彼だけがあんな辛い運命を科せられなければならないのだろう?



「……奥に居ますよ。コン君……」



スっと離された手に、一護は不思議に思いながらも、奥へと歩を進めた。

スっと障子を開けば、布団から上半身を起こして、コンの姿が見えた。



「コン…」

「わ、悪いな、一護。迷惑掛けちまって…」

「…起きてた、のか」

「…今の声で、な」



押し黙ったコンに、一護は声を掛けられずに居た。

いつもと違う違和感。

でも何故?



「あ、のな…」

「ん?」



静寂を破ったのはコンだった。

一護がコンからの呼び掛けに顔を向けると。



「お願い、があるんだ」

「お願い?」

「あぁ…」

「…何だよ?」

「あ、のな…」

「あぁ」

「……………………怒らねェ?」

「聞かなきゃ解んねェよ」

「……………………」

「何だよ、言ってみろよ」



押し黙ってしまったコンに一護は溜息を吐く。

一体どうしたのだろう。

さっきの浦原と良い、コンと良い。

何かあったのだろうか?



「……何も言わず」

「は?」



不意に紡がれた言葉に、思わず訝しげな声で返してしまう。



「…何も聞かずに、お前の身体。3日間だけ貸してくれ!」

「………………」



吐き出された言葉に、一護の思考が一瞬止まる。



(貸す?)

(何を?)

(俺の身体を?)

(3日間?)



「何――――――――――――?!!!」



ようやく理解して叫んだ。



「何言ってやがる!もう虚は退治したんだ!俺の身体返せつうの!!」

「頼む!何も聞かず、貸してくれ!!3日経ったら、即行で返すから!!」

「何言って……」



そこまで言って気づいた。



(震えてる…?)



布団を掴む手が微かに震えてる。

顔は…頭を下げてるせいで見えない。



「学校行けってんならちゃんと行くし、悪さだってぜってェしねェっ!3日間以上望まねェし、それに…えっと……」

「…………解ったよ」

「……え?」

「但し、3日間だけだからな!それ以上は認めねェし…」

「一護……」

「さ、さっき虚から助けてもらったしな!…まぁ、お礼…つうか…」

「有難う!一護!!」



あまりに無邪気な笑みが返って来たから。

自身の顔なのに、思わずドキリとする。



「ちゃんと…3日経ったら、返す、からさ」

「あたりめーだろ」



コツっと軽く拳を当てると、コンは「へへへ…」と笑って見せた。

何なんだか…と思いながらも、まぁたまには希望を叶えてやるのも良いだろう、と一護は思った。

帰り際、浦原が。

「本当にそれで良いんですか?」

とコンに声を掛けたのが聞こえ、一護もコンと一緒に立ち止まると。

「…うん」

そう返すコンに、「何がだ?」と聞いても「…何でもねェーよ」と返された。

何だか自分の知らない会話をする2人に苛立ちを覚えたが、無理に聞くのも何だか戸惑われ、そのままにした。

後にその事を、一護は激しく後悔する事になるとは気づかずに…。