伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2022年3月22日: ウクライナ情勢と日本 T.G.

 ウクライナ情勢が混沌としている。2月24日に始まったロシア軍のウクライナ侵攻が膠着状態に陥っている。ウクライナ市民に多大な犠牲が出ているが、ロシア軍は予想外のウクライナ軍の抵抗に遭って首都キエフ攻略が出来ず、目標としていたゼレンスキー政権打倒、親ロシア政権樹立にはほど遠い状況にある。戦局の拡大を恐れてNATOやアメリカは直接介入を控えている。西側が一体となった対ロシア経済制裁が功を奏し始めてはいるが、戦局を左右するには至っていない。停戦交渉も進んでいない。もうしばらくこの膠着状態が続くだろう。

 21世紀の今日、なぜ先進国間でこのような古典的な侵略戦争が勃発したのかは定かではないが、基本的にはプーチンを中心にしたロシア指導者達の間に大ロシアへの回帰願望があるのだろう。1991年のソ連崩壊後、大ロシアの版図と国力は縮小、弱体化を続け、今やロシアの経済力は韓国を下回っている。対ロシア軍事同盟のNATOが足下まで迫っていて、ロシアを圧迫している。同じスラブ系民族と思っていたウクライナは、ロシアと袂を分かち、それに入りたがっている。もはや過去の大ロシア帝国の威厳や面影はない。それをなんとか巻き返そうとプーチンはこの20年間いろいろ画策を続けて来た。手始めに難物チェチェンを平定し、グルジアを攻め取り、クリミアを併合し、シリアにちょっかいを出した。最後の獲物、ウクライナを手中に納めようとしている。あと一息で大ロシア復活が成る。それが今の状態だろう。

 いかなる理由があろうと、市民を巻き添えにしたロシア軍の一方的な侵攻は悪事として責められるべきだ。ロシア軍の戦いぶりは、兵士同士の戦闘と言うより一般市民の虐殺に過ぎない。太平洋戦争末期に、米軍が市街地への原爆、焼夷弾攻撃で一般市民を大量虐殺したが、ロシアは戦の初期段階からそれをやっている。戦後軍事法廷が開かれたら、プーチンは戦争犯罪人として処断されるに違いない。

 それに対してウクライナとゼレンスキー大統領は善戦健闘しているが、彼らの戦いぶりにもいささか疑問が残る。2月24日のロシア軍侵攻の前にいろいろな兆候があった。アメリカのバイデン大統領は、軍やCIAが収集分析した機密情報を元にロシアのウクライナ侵攻を的確に予測し、世界中にそれを公開して注意を促していた。軍事機密の公表は異例のことだ。事態はバイデンが言った通りに進行したが、最初のうちゼレンスキーはそんなバカなことは起きないと、マスコミの前で笑い飛ばしていた。的確な臨戦態勢を取らなかった。それが禍し、戦闘の初期に戦闘機など空軍力を失い、ウクライナ上空の制空権を失っている。指揮官ゼレンスキーンの判断誤りである。やっと挽回出来たのは、ゼレンスキーの目が覚めて、アメリカやNATO諸国から送り込まれた対戦車ミサイルや対空ミサイルが効果を発揮し始めたたからだ。

 ウクライナは豊かな国である、旧ソ連時代は軍需産業が集中する一大武器庫だった。ソ連のほとんどの核ミサイルはウクラナで生産された。それに必要なプルトニウムを生産する原発は至る所にあった。ソ連崩壊後、核兵器はすべてロシアに移されたが、それを作った技術者と軍需産業は残っていて、盛んに武器輸出をしていた。中国や北朝鮮はウクライナから多くの兵器を買った。中国に売り渡した空母ワリヤーグがその典型である。技術のない北朝鮮が独力で核ミサイルを作れるわけがない。すべてウクライナが手取り足取り指導して作らせたものだ。そのために当時ウクライナは北朝鮮から大勢の留学生を受け入れている。ウクライナは断じて平和国家ではない。ある意味日本にとってはた迷惑な国でもあるのだ。なぜか日本のマスコミはそれを都合よく忘れている。もっぱらSNSのプロパガンダ映像に感情移入して扇情的な報道を続けている。プーチンがウクライナの核兵器開発に疑念を持っているのはあながち的外れではない。ウクライナにはその能力とポテンシャルが十分すぎるほどあるのだ。

 ウクライナはともかく、今回の事態でこれまでの世界の地政学的状況が一変した。もう元には戻らない。1991年にソ連が崩壊して冷戦が終わったとき、100年ぶりにある種の「恒久的平和」が訪れた。今のアメリカを中心にした一極体制である。小さな対立はあるが大きな対立はない。今回のウクライナ紛争でアメリカの弱体ぶりがさらけ出されてしまった。もやは世界の地政学的状況を左右する力はアメリカにはない。ウクライナ問題がどう決着するにしろ、この一極体制は終わりを告げた。今後はアメリカを中心にした西側と中国ロシアによる東側の二体制に分断され、新しい冷戦が始まるだろう。この状態が少なくとも40〜50年、下手すると前回と同じ100年続くかもしれない。もうこれまでのような生ぬるい「恒久的平和」は存在しない。その中で安逸に過ごしてきた日本が、今後どういう立ち位置を取るかが問われている。

 わかりやすく言うと、アメリカに付くか中国ロシアに付くかだ。ロシアはとっくに中国の属国に成り下がっている。今回の成り行きで、バックに巨大中国がいなくてはもう自分では経済を回せない国になっている。アメリカは自由民主主義を標榜する比較的物わかりのいい宗主国だったが、中国は違う。絵に描いたような専制独裁主義国家で、周囲を自分の流儀に従わせる冷徹な国だ。チベット、ウイグル、香港など周辺国の扱いや、一帯一路の横暴ぶりを見れば分かる。ナイーブな日本人がとても相手に出来る国ではない。しかしながら肝心のアメリカは、相対的国力、地政学的力能力が日に日に衰えている。日本はアメリカ側につくしか選択肢はないが、今のままの日本では駄目だろう。

 世界86カ国を対象にした「世界価値観調査」がある。その中に「戦争になったら国のために戦うか?」という問いがある。それに対し「戦う」と答えた人の割合は日本はわずか13.2%で、86カ国中ダントツの最下位である。こんな異常な国はほかにない。中国は89%、ロシア69%、韓国68%と高く、ウクライナ60%も決して低い方ではない。今の状況でウクライナ市民の虐殺を止めるもっとも効果的で唯一の方法は、ゼレンスキーがプーチの要求を甘んじて飲むことである。そうすべきと言いつのる日本の識者が少なからずいる。そうすれば市民の命は助かるが、ウクライナという独立国は消滅する。それが分かっているのでゼレンスキーもウクライナ国民も、いかなる犠牲が出ようと戦いをやめようとしない。それを他国が、ましてや国のため戦う意思わずか13%しかない日本人が口を出すべきことではない。

 ウクライナ後の日本が弱体化したアメリカに付いて、国としての自主独立を保って行くには、今のままでは駄目だ。それなりの準備と心構えがいるだろう。ドイツは今回のことで防衛費をGDP比2%に一挙に倍増した。アメリカとの核の共用はとっくに済ませている。そのリアルな安全保障感覚に倣うべきだ。国民が国のために戦う意思意欲は少なくとも50%程度まで向上させる必要がある。そのために他力本願で自分は何もしない平和憲法を改める必要がある。それなくして国民の自立心は生まれない。経済力も今以上に向上させねばならない。経済成長が鈍化し、為替のドル円相場120円の経済弱小国ではどうにもならない。日本人はウクライナに妙な同情や感情移入などしていないで、今後の日本のあり方について沈思黙考すべき時が来ている。

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