伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2021年11月13日: マイナンバーカードとコロナ給付金の不誠実 T.G.

 マイナンバーカードがいつまで経っても普及しない、政府が鉦や太鼓でマイナポイントの大盤振る舞いをしても、一向に増える気配がない。理由は明らかで、国民にとってマイナンバーカードなど必要ないからだ。持っていなくても何も困らない。困らないから作らない。困れば頼まれなくても作る。免許証は持っていないと車の運転が出来ない。だから仕方なしに大金を投じて作る。それと同じである。マイナンバー制度が実施に移されてから6年経つが、拙宅ではカードは作っていない。それで困ったことは今まで一度もない。

 マイナンバー自体はすでに全国民に通知されている。政府がマイナンバーを使って行政事務を執り行いたければ、すぐにでも出来るし、すでにやっていることもある。実際確定申告書などではマイナンバーを記入させている。その際別にカードは必要ない。他の行政事務でも同じだろう。ナンバーさえ付与してあれば、カードは要らないのだ。なぜ政府がそれほどカード普及に躍起になるか分からないが、そうしたければ政府が勝手に作って全国民に送付すればいいだけのことだ。実際問題、健康保険証はそうしている。国民が申し込まなくても、勝手に送られてくる。それと同じ事がマイナンバーカードに出来ないわけがない。政府がそれをしないのは、やりたくないからだろう。

 40年前にマイナンバーと同じことを国税庁がやろうとした。グリーンカードと称して国民総背番号制のナンバー付与したカードを1億5千万枚作成し、すべての国民と企業、法人、団体へ配布する準備を終えた。目的は徴税業務合理化のための全国民、全企業法人の所得把握で、これによってクロヨンとかトーゴサンと称される徴税の不公平を是正するのが目的だった。

 消費税など間接税中心の欧米と違い、日本の税は直接税である所得税が中心である。その後消費税が導入されたがその割合は少なく、所得税中心の税体系は今も変わっていない。サラリーマンなど給与所得者は所得を90〜100%補足され、漏れなく課税される。それに対して企業や自営業者は50〜60%、農業、林業、水産業従事者に至ってはわずか30〜40%しか補足されない。その分課税額は少なくなる。その不公平がクロヨン、トーゴーサンの意味である。40年後の現在もその不公平は続いていて、日本の税制は当時も今もクロヨン、トーゴーサンの歪なままである。その不公正を解消するのがグリーンカードの目的であり、マイナンバーの本来の目的なのだ。

 当時の国税庁は事前に関係法を国会で成立させ、国民総背番号制のためのグリーンカードを作成し、名寄せ処理用の大型コンピュータの機種選定を終えていた。すべての所得にマイナンバーを紐付け、それを使って散らばった所得の名寄せ処理をするコンピュータである。これをしないと所得の正確な把握は出来ない。朝霞の大型コンピュータセンタに搬入される直前、突如として国会で法律が廃案になり、中止に追い込まれた。当時会社で徹夜しながらグリーンカード用のコンピュータ受注の陣頭指揮をとっていて、やっと受注にこぎ着けたところだったが、法律が廃棄され、中止になったと聞いて腰が抜けた。相方の国税庁の担当課長が、国会で成立した法律が、実施前に廃棄されたのは明治時代に帝国議会が作られて以来初めての珍事と嘆いたのを憶えている。

 グリーンカードが国会で廃案中止になった理由は明々白々で、この制度ですべての所得が丸裸になり、隠し財産が作れなくなることに、当の国会議員達が気付いたからだ。そうなると自民党から社会党、共産党まで全議員が反対に回り、全会一致で廃案に追い込んだ。自分たちで作ったばかりの法律を、議論もせずに自分たちの手で潰したのだ。愚かというか不誠実というか不正義というか、国会議員による三権分立の否定に近い。当時、反対の急先鋒だった自民党幹事長の金丸信は、その後佐川急便事件で東京地検の家宅捜索を受けたとき、金庫の中から無記名の投資信託や金の延べ棒がザクザク見つかって辞任に追い込まれた。

 40年前の失敗に懲りて政府ははっきり言わないが、グリーンカードと同じくマイナンバーは徴税処理を中心に、国民が適正な行政サービスを受けるためのIDなのだ。徴税に使わないならマイナンバーは必要ない。国がわざわざ金を払ってカードを作らせる理由も必要性もない。ナンバーを認識するだけならすでにプリントが送られて来ている。我が家も大事に保管してある。もし忘れたり無くしたりしても、区役所に聞けば分かる。カードなど必要ない。どうしてもカードを作らせたいのであれば、作らないと受けられない行政サービスを作ればいい。そうすれば国民はたちどころに作る。それをしないで金(マイナポイント)で釣るのは悪政としか言い様がない。今回の選挙の、金で票を買うバラマキ給付金公約と同じで、これも政治行政の劣化としか言い様がない。

 マイナンバーの唯一で究極の目的は徴税業務の合理化、効率化にある。国家運営に必要な税を、公平かつ適正に徴収するための必須ツールである。欧米の先進国はみなそうしている。これなくしてクロヨンに象徴される不合理、不公正な徴税慣習はなくならない。国は国民に対してはっきりそう言うべきだ。使用目的も明らかにせず、マイナポイントで誤魔化すのは大いに疑問だ。徴税以外の使用目的、たとえば健康保険証や免許証との一体化はあくまでもオマケであり、目的外使用なのだ。それを言わず、金で誤魔化してカードを作らせるのは、行政のあり方として不誠実きわまりない。

 40年前のグリーンカードは、不徳不実な国会議員達が、我が身に禍を及ぼす衣の下の鎧を事前に察知して潰した。今は国民が何やら怪しげな企み気配を感じ、個人情報がどうのと理屈を言って逃げ回っている。どちらも国の将来に思いをいたさず、自分勝手に気ままに暮らしたいがための不誠実な行為である。税金を取りやすいところから取るのは、後進国ならいざ知らず、自由民主主義の先進国のやることではない。きちんとした徴税と予算執行は国の基本である。いつまで日本の国民や政府は、こう言う後進国的誤魔化しを良しとし、不誠実を続けるのだろう。

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