伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2021年10月5日: 犬達は我が家の家族である GP生

 8月23日の日誌に「愛犬ナナ新たなる発症・そして・・・」を投稿した。この翌日、ナナはこの世を去った。寿命が尽きかけているのは覚悟していたが、もう少し頑張ってくれる事を願っていた。この日、朝一番に何時もの獣医さんに連れて行き、腎臓機能維持の栄養剤を注射して貰った。診察台にナナを乗せる時、毎日少しずつ体重が減少して行くのをハラハラして見ていた。日々食が細っていくためである。前日、ナナは這うようにして玄関まで歩いて行った。死んだシーズー犬チャコが好んだ場所に、チャコを探しに行ったのだ。そしてナナはそこで力尽き、前足を開いたまま動けなくなった。それからは自力歩行が叶わなくなった。

 この日、注射を終えたナナを寝床に寝かせた。すると自分の顔を見ながらミャーミャーとか細い声で鳴き始めた。抱き上げると鳴き声は止んだ。ナナを抱いたまま食卓の椅子に座り、「大丈夫だよ」と声をかけた。ナナは安心したように抱かれていた。時々おなかを触ると呼吸をしているのが確認できた。何日か前からナナは通常呼吸が出来なくなり、おなかを使い始めていたのだ。抱いたまま時が過ぎた。12時40分頃、おなかを触ると呼吸を感じられない。もう駄目かと思いナナの身体を起こすとミャーと声を出した。心臓はかすかに動いていたのだ。それから10分を過ぎた頃、ナナの心臓は完全に停止した。体はまだ温かい。死後硬直が起こるのはまだ先である。そのまま外出中の家人の帰宅を待った。

 会社を退職して日常が安定した頃だ。街道筋にペットチェーン店が開業したことを知り、家人と一緒に出かけた。単なる好奇心であった。店内のケージに入っている犬達は、殆どが生後2ヶ月前後の可愛い盛りである。その中の一匹に引きつけられた。魅力あふれる犬であった。家人も同じ思いであり、その場で購入を決めた。これがゴールデンレトリーバーのロンである。生後2ヶ月半の幼犬であった。成長してから毎朝、少し離れた公園まで散歩に出かけた。往復に1時間を要した。室内犬と異なり、大型犬は散歩が不可欠である。ロンを連れての散歩は最高の気分転換であった。公園では多くの犬仲間が出来た。飼い主の名前はお互いにわからない。犬の名前で呼び合うことで話が弾んだ。大型犬の寿命は短い。ロンは肝臓ガンを患い、自分に抱かれながら12歳8ヶ月の生涯を終えた。33s有った体重は22sまで減少していた。

 ロンが家族の一員となり生活が安定してから、何時ものペット店に家人と出かけた。可愛いシーズー犬が目にとまった。小型犬も良いねと衝動買いをした。それがムックであった。ムックは賢さを備えていた。お座り・お手をはじめ、トイレも一度で覚えてくれた。飼い主の言葉を理解する能力も群を抜いていた。先輩犬のロンにも懐き、何時も一緒に部屋の中で過ごしていた。9歳を過ぎた頃、ムックは腎臓病を患い、毎日獣医さんに栄養剤を注射して貰う日が続いた。ドライアイを併発していたので、治療の最後は目薬であった。これを続けているうちに、注射が終わるとムックは獣医さんに顔を向け始めたのだ。毎日の仕草であった。点眼が判っている様な仕草であった。3ヶ月以上、獣医科通いが続いたある朝、ムックは寝床の中で冷たくなっていた。少し前に覗いた時は、生きていたのに。ロンより先に逝ってしまった。

 ムックが死んでから暫くして、家の近くに開店した犬屋のショーウインドウを家人と眺めていた。活発に動きまわるミニチュアダックスフンドが目に付いた。ムックが死んだ寂しさとダックスの愛くるしい顔に負け購入を決めた。この犬がショコラである。超小型犬といえども狩猟犬の末裔である。運動能力は抜群だが、頭脳はお粗末極まりない。いくら教えても覚えてくれないのだ。特にトイレは生涯いい加減で、粗相の始末に追われることが多かった。人懐濃さは群を抜いていた。自分をボスと思い、何時も側から離れなかった。ショコラはすぐロンに懐いたが、ロンは相手にしなかった。ダックスはよく吠える犬として名をなしている。この習性はマンションでは問題となる。そこで声帯摘出手術で対処した。それでも出ない声を振り絞り「ヒーヒー」と吠えていた。ショコラは15歳半でこの世を去った。口内に生じた悪性黒色メラーノーマの手術は成功したが、ガンは転移していたのだろう。その朝、自分ベッド側に置いた寝床で死んでいた。この経緯は、以前日誌に書いている。

 ロンが死んでショコラ一匹になった時、街道筋に昔から在る犬専門店に家人と立ち寄った。ショコラ一匹になった寂しさが立ち寄らせたのだ。そこで出会ったシーズー犬にまん丸い眼で見つめられ、家人が抱き上げたのが運の尽き。家人はこのシーズー犬を離せなくなってしまった。こうしてまた二匹態勢に戻った。名前をチャコと名付けた。チャコは賢い犬であった。オバカ犬ショコラと次元の違う頭脳の持ち主で、一度教えたトイレは、老化が進むまで間違えたことはなかった。嬉しい時「グーグー」と喉を鳴らした。チャコのお陰で、我が家の明るさは大いに増したものだ。早めに不妊手術をしたため、少し太り気味であったが、病に縁遠い犬であった。チャコは今年7月24日、オリンピック開催日にこの世を去った。16歳に2ヶ月届かなかった。

 チャコとショコラの二匹体制が暫く続いたある日、チャコを買った犬屋に家人と訪れた。この時、目に付いたシーズー犬がいた。全身から不思議な魅力が溢れていて、思わず抱き上げたまま離す事が出来無くなった。これがナナである。ナナは唯我独尊を思わせるような自己主張が強く、引っ込み思案のチャコは無視された。誰にでもベタベタのショコラに懐き、何時も一緒であった。八方美人のショコラが他の二匹間を取り持ち、三匹の関係安定に寄与していた。ショコラが死んでからナナは急にチャコと仲良くなった。相手がチャコしかいないことを悟ったようだ。ナナはチャコの後を追ったように思えた。そして我が家には一匹の犬も居なくなった。

 犬達は我が家の家族であった。家には何時も二匹から三匹の犬達が居た。その犬達が一匹もいなくなってしまったのだ。家族として過ごしてきた犬達の不在は、心に大きな孔か開いた思いであった。何物によっても埋めることの出来ない寂しさであった。親の心を思いやり、息子が飼い犬二匹を連れてきてくれた。息子の気持ちは判るにしても、可愛い犬達を見るとかえって辛い思いに駆られた。

 ナナが死んで1ヶ月が過ぎると、流石気持ちは落ち着いてきた。しかし新たに犬を飼う事は不可能である。犬の平均寿命を15歳としても、自分達の歳を考えれば、最後まで責任は持てないからだ。ネットでポメラニアンとトイプードルの写真を見つけて、何れが良いかと架空の話で家人と気を紛らわせていた。犬の居ない寂しさは、写真では埋められなかった。先月28日、ペットショップに行ってみる事になった。実物を見たくなったのだ。

 ペットショップには沢山のケージが並んでいる。ポメラニアンとトイプードルは可愛いけれど、訴えかけて来る魅力に乏しかった。シーズーは死んだ二匹の印象が強いので、真剣に目を向けないようにしていた。ケージを見ている内に、一匹の犬に心が強く動かされた。ポメラニアンとトイプードルのハーフ犬である。犬種が異なる親の良いとこ取りの感があった。小さな眼は何かを訴えているようにも思え、家人共々目を離すことが出来なかった。飼いたいとの思いは共通でも、出来ない相談である。そして何時までも眺めていた。

 自分たちが最後まで面倒を見ることが出来なくなった時、息子達が引き取ってくれればとの思いがよぎった。ダメ元で息子に電話をかけた。返事は、「良いよ」との即答であった。息子は良くとも、連れ合いの考えが成否を決する。暫くして、「妻も了承した」と息子からの電話があった。これで後顧の憂いは無くなった。その場で商談を始めた。以前の犬達の用具一切は全て処分している。ケージをはじめ飼育に必要な用具や餌、副食一切を買い込んだ。ハーフ犬は生後2ヶ月の男の子、体重僅か650グラム、手のひらにのる大きさであった。

 今までの5匹は全て女の子である。男の子は初体験であるし、初めての犬種である。ハーフ犬故、ペット屋の担当者でも性格や成犬時の大きさは判らないそうだ。これは飼育時の楽しみが増えることになる。しかし、13年ぶりの飼育であり、飼育経験の無い犬種でもある。しばらくは手探りの飼育が続くことになるだろう。気は抜けない生活がスタートした。

 何歳になっても、犬を育てる緊張感は生きがいである。この子の生まれは遠隔地、福岡県宗像市である。末期高齢期を迎え、息子達の心遣いで新しい犬を育てられる事は、幸福の一言である。この「福」と福岡の「福」とを重ね、「フク」と名付けた。家人の命名である。フクの誕生日は7月24日であった。図らずもチャコの命日である。フクはチャコの生まれ変わりで無いにしても、因縁を思わざるを得ない。フクを何時まで面倒を見られるかは判らない。出来るだけ長く生活を共にしたいと願っている。老夫婦に福をもたらしてくれた息子達に感謝である。

目次に戻る