伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年8月3日 パソコン、スマホは高齢者の窓 T.G

 朝一番にGP生君から電話をもらった。パソコンを立ち上げたら何やらおかしい。モニタ画面に変なものが映っていて、なにをやっても消えないという。ウイルスではないかと言う。スマホで送られてきたモニタ画面の写真を見ると、何やら2001年宇宙の旅のモノリスみたいな長方形の黒い影が映っている。なにが原因か、あれこれ電話口で説明してリモートトラブルシューティングをしてもらうが、判然としない。影も消えない。どうやらWindowsの不具合や、GP生君が心配するウイルスが原因ではなく、パソコン自体の故障だろうと見当を付けた。

 そう言われたGP生君がパソコンショップに持ち込んで調べてもらったら、予想通りモニタの液晶の劣化、故障だという。古いパソコンで修理も出来ないので、その場で新しいのに買い換えることにしたと言う。その際、故障したパソコンのHDDを取り外して外付けHDDにすれば、バックアップとしてデータ移行に使えることを電話で伝えたら、店員に頼んでやってもらえたという。

 二日経って、GP生君から電話をもらった。納入されたパソコンに、教えられた外付けHDDを接続してデータ移行をしようとしたがうまく行かない。メーラーが立ち上がらないのでメールも出来ないという。電話口で状況を聞いて、あれこれ修正操作をしてもらったが、うまく行かない。電話口でパソコン操作を教えるのは難しい。GP生君もほとほと疲労困憊の様子で、解決は翌日に持ち越しとなった。翌朝GP生君から回復したパソコンでメールが送られてきた。「(パソコンが使えない間)メールができず、ネットも見られない生活は退屈極まりないだけでなく、情報過疎の悲哀を感じた。」と言う文面である。それに対し「パソコンとネットは、世間が狭くなり、他との交流が少なくなった高齢者にとって外に開いた窓、必需品です。大いに大事にしましょう」と返事をした。

 これは実感である。人は歳を取るにつれ行動範囲が狭まり、人と会う機会も少なくなり、コミュニケーションも減ってくる。当然のことながら情報も減る。世の中のことを知るには新聞テレビしかない。大した情報が伝えられるわけもなく、一種の情報阻害になる。歳を取るにつれこの傾向は一層強まる。当方は1年前から新聞購読をやめている。新聞紙が増えるだけで、ほとんど情報量がないからだ。それを補ってあまり余るのがネットとパソコンとスマホである。新聞もニュースも論壇記事もネットで読む。新聞以上に濃厚で手厚い情報を得られる。コロナで会う機会がない友人知人とはもっぱらメールとラインでやりとりする。GP生君とはかけ放題のスマホ電話で会話する。ネットとパソコン、スマホがなければ夜も日も明けない毎日だ。

 知り合いのご老人が介護付き老人ホームで亡くなった。齢90歳、ほぼ天寿全うとは言え、彼の晩年はしごく寂しいものだった。仕事人間でもともと趣味を持たず、パソコンもネットも使ったことがない。そんなものは要らないと、ガラケーもスマホも手にしたことがなかった。自宅で老々介護を受けているうちはそれでも良かったが、老人ホームに入ってからはそうはいかなくなった。家族や知人との会話、コミュニケーションもままならず、外部からは情報が入らず、完全な孤絶状態。なにもすることがなく、ベッドの上で寝たきりの毎日は、さぞ寂しくつまらないものだっただろう。昨年のコロナ以降は家族の面会も出来なくなった。たまにホームの職員のスマホ経由で、家族と短時間のリモート面会が出来るだけ。亡くなる間際まで、とうとう家族とのリアル面会は叶わなかった。想像するだに、お気の毒で孤独で不幸な最後だったにちがいない。

 生前の故人が普段から多趣味な生活を送っていて、パソコンやネットを日常的に使いこなしていたら、こういう孤独や不幸は避けられただろう。老いて身体不如意ではあっても、老人ホームのベッド脇にノートパソコンとスマホさえあれば、日々、家族、友人知人とネットでやりとりをし、外界の情報に接することが出来ただろう。コミュニケーションと情報に関する限り、ほぼ健常者並みの生活を送ることが出来たに違いない。そのくらい今のネットとパソコンは進んでいる。ネットで検索すれば、居ながらにして世界中のあらゆる情報が手に入る世の中だ。

 そういうネットの御利益は若い人達にも共通だ。コロナ自粛で多くの企業や学校がリモート勤務、リモート授業に切り替えた。やってみたら、ほとんど仕事の効率や教育効果に差はなかった。生産性がそこそこ維持されたという報告もある。これならコロナが終わった後もリモート勤務を続けようと、都心のオフィスを引き払う会社も出てきているという。おかげでオフィスビルの賃貸料の相場が値下がりしたらしい。考えてみれば、毎日通勤電車に乗って出かけ、会社のフロアに集まって集団で作業をする場面などそう多くはない。打ち合わせを終えれば、後はほとんど一人仕事である。わざわざ会社の机でやることはない。自宅でもどこででも出来る。打ち合わせだってリモートで十分だ。むしろその方が効率は良く、生産性は上がるだろう。今の若い社員や学生は、ネットやパソコンに習熟しているのでなおさら効果的だろう。

 そう遠くない将来、老いさらばえて老人ホームに入るようなことがあったら、出来のいいノートパソコンとスマホは持参するつもりだ。老人ホームがWIFI化されていなかったら、ポータブルWIFIも必要になるだろう。好きな音楽を聴けるよう、小型のオーディオも持ち込めたら言うことない。孤独な老人にとって、Windowsが文字通り外へ開かれた窓になるだろう。

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