伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年7月24日 愛犬チャコの急死 GP生

 鍼灸院で腎機能活性化の前半治療が終了に近づいた時、治療補助の女性が電話が来ていますと受話器を持ってきてくれた。自宅からの電話であった。治療中と知っていて電話を掛けてくること只事では無い。受話器を取ると「チャコが死んだ」との連絡であった。前半の治療を終え帰宅すると、リビングで大きく目を見開き舌を出したままシーズ犬チャコが横たわっていた。身体は未だ暖かく、死後硬直とは程遠い状態であった。死骸には花模様のハンカチが掛けられていた。

 老犬チャコの介護は、先日の日誌に書いたばかりである。後ろ足が不自由であっても食欲は旺盛、しっかりした便を排出し、消化器系に異常は見られなかった。昨日の夕食は完食、食後の水もしっかり飲んでいた。ドライアイに依る目ヤニが多くなり、医師から目薬を処方して貰ったのは今月初めである。命に関わる病では無い。唯、何時も朝8時前には目を覚まし、身体を起こせとミャーミャー泣くチャコが、今朝は何時までも横になっていた。食事時になって餌場に連れて行っても好物の餌には目もくれず、水も飲みたいとの要求も無かった。何時も朝目覚めた時、便をオムツに落としているチャコだが、今朝は排尿だけであった。食欲は無いのは、便が溜まっているのではと理解し鍼灸院に出かけた。

 2,3日前から、チャコの呼吸が少し荒くなっていたのは気になっていた。舌を口から出し、ハーハーしていた。チャコの死因は恐らく心不全でないかと想像している。後ろ足で立つことが出来なくなったのは、5月に入ってからだ。その後は急激に悪化し、今月の半ば過ぎ、身体を支えてもお座りが出来なくなった。前足の保持力も急激に低下していった。それでも尿意を催したとき、トイレに向かって懸命に這って行った。最近は、前足に力が入らないので、進むことは叶わなかったが、それでも這おうとする努力は何時までも続けていた。気が付いたときは、抱いてて連れて行ったが、誰もいないときは叶わぬ努力を続けていたと思われる。この無理が老犬の心臓を蝕んで行ったのだろう。15歳と10ヶ月の生涯であった。

 愛犬の遺体の処理は、人それぞれである。以前、同じマンションの住人が老いたダックスを飼っていた。ダックスが17歳で死んだ時、犬専用の葬儀社で葬儀を執り行った。費用を尋ねるとビックリするような金額であった。何処に埋葬したかは聞きそびれた。犬と言えども死すれば、魂はあの世に還り、飼い主が来るのを待っていると聞いている。それでも魂の抜けた死骸は、丁重に葬らなければならない。自分は何時も区の清掃局に処理をお願いしている。清掃局は民間の動物葬儀社と提携し、荼毘に付し遺骨は共同墓地に埋葬してくれる。過去3匹の犬達を葬った。

 チャコは生後2ヶ月の時、今は閉店した犬専門店で購入した。以前、飼っていたシーズー犬ムックが非常に賢い犬で、飼い主との意思疎通もスムースであり、教えたことは一度で覚えてくれた。立ち寄った犬屋では、犬達を見るだけで購入するつもりは無かった。所が、檻の中からジッと見つめてくれる犬がいた。家人が抱き上げると大喜びであった。真ん丸い眼をした魅力的なシーズーで、家人は手放すことが出来ずその場で購入を決めた。それがチャコであった。恐らく死んだムックと重なったのだろう。命名者は、当時小学生であった孫である。この時、我が家ではゴールデンレトリバーのロンとダックスフンドのショコラを飼っていた。チャコの参加で三匹体勢となった。

 奥ゆかしく引っ込み思案のチャコは、新参者として何時も一歩引いた存在であった。それでも行動力旺盛なショコラと直ぐ仲良しになり、何時もショコラの後を歩いていた。ロンが死に暫くして、同じ犬屋からシーズ犬ナナを購入した。自分の一目惚れである。自己主張の強いナナと奥ゆかしいチャコは、性格が真逆でそりが全く合わなかった。この二匹の間には何時もショコラが居た。ショコラが他の2匹の調整役の如くであった。ショコラが15歳で死ぬと、不思議なことにチャコとナナが行動を共にするようになったのだ。ショコラの死を自覚しているが如くである。ナナが獣医大でガンの治療のため入院した事がある。退院したナナを連れて帰ったとき、チャコは玄関まで出迎え、水場に直行するナナの後を追いかけていた。

 そのチャコがこの世を去り、ナナは残されてしまった。ナナも体調不良で食欲が全く無い。今朝一番、獣医さんにビタミン剤と生理食塩水合わせて180t皮下注射をして貰った。このままではナナの方が先になると心配していた。まさか、チャコが急死するとは思いも寄らなかった。老いると人も犬も明日は判らないのだ。

 末期高齢者となれば、新たに犬を飼うことは出来ないし、飼った犬と交流を深め真の家族になるには努力と時間が必要だ。その何れも無理なのだ。この日誌を書いている今も、隣の部屋でナナは自分の寝床で身体を丸めている。朝から何も食べていない。皮下注射のお陰で水分は十分である。抱きあげたときのナナの軽さに涙が出て来る。最後まで食の旺盛であったムックは、体重の増加は行動の負担なると考え餌の量を減らしてきた。ナナ並の体重であれば、心臓に無理を掛けることは少なかったろう。チャコは1歳の時、獣医さんに勧められ不妊手術を行った。これがチャコの長寿に繋がったが、ホルモンのアンバランスから肥満に影響した様だ。それでもショコラやナナの様に大病すること無く長寿を全うし、静かにこの世を去って行った。

 子供達が成長した老夫婦にとって、犬達は心を癒やしてくれる家族である。一匹では寂しすぎる。三匹ともなる人間関係に似た、犬犬関係を楽しませてくれる。これが高齢者夫婦の心を、どれだけ和ませてくれたことだろう。犬も人も食が細くなったら、先は長くない。最後の一匹となったナナの老い先も見えてきた。もうすぐチャコの後を追うことになるだろう。シーズーの平均寿命まで後2,3年あるが、中年過ぎから皮膚アレルギーに悩まされ、悪性リンパ腫を克服したナナであれば十分頑張ったと言える。覚悟はしている。

 もし飼い主の方が犬達を残し、先に旅立っことを思えば、犬達を最後まで看取り葬ることは良しと為なければならない。とは言えチャコの死は心にポッカリと孔が空いた思いである。それだけチャコの存在感が大きかったのだ。抱いて欲しいと近寄ってきて、膝の上でグーグーと声を出しながら眠った姿が懐かしい。後は、ナナが一日でも長く生きてくれることを願っている。犬を飼う悦びは、最後には悲しみに替わる事は世の習いであろう。チャコの冥福を祈るのみだ。

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