伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年6月5日 米中半導体戦争 T.G

 昨今半導体戦争がかまびすしい。半導体を制するものが世界を制すると、バイデンと習近平が激しく対立している。おかげで日本がとばっちりを受けている。これはいかんと自民党が半導体戦略推進議員連盟を立ち上げたという。遅きに失するというか、証文の出し遅れと言うか、国産ワクチンと同じで、こういうことはもっと早くやれ!

 以前勤めていた会社は世界一の半導体メーカーだった。年商5兆円のうち、かなりの部分を半導体の売り上げが占めていて、世界をブイブイ言わせていた。先日株主配当書と一緒に送られてきた我が社の事業報告を見ると、半導体事業など影も形もない。今や日本は半導体戦争の敗戦国に成り下がっているが、我が社はそのA級戦犯に違いない。思い出すのは定年退職の少し前、社長室で社長と話していたとき、突然社長が「半導体事業なんて金にならん事業は売り飛ばす。後はファウンドリに任せればいい」と言い出したのには驚いた。日本一の半導体企業の社長がそう言うヤケクソの捨て台詞を吐いて、半導体戦争は日本の敗戦に終わった。

 世界を席巻していた日本の半導体事業がなぜ儲からなくなったかというと、理由は二つある。一つは1986年に締結された「日米半導体協定」である。日本の半導体を恐れたアメリカが、通商法301条を盾にとって、日本の半導体事業を締め上げたのだ。シェアと価格設定に上限を設け、言うことを聞かないと日本は守ってやらないぞと脅した。自由貿易もへったくれもない戦勝国の横暴である。絵に描いたようなWTO違反、グローバルが聞いて呆れる。この協定は10年間有効で、小生が退職する前の1996年まで続いた。おかげで我が社の半導体事業も立ちゆかなくなった。それが社長が捨て台詞を吐かざるを得なかった理由の一つである。その遠因は憲法9条だろう。自力で国を守れない日本は、いくら理不尽でもアメリカさんのの言うことを黙って聞くしかないのだ。しかしこの身勝手な戦略も中国には通用しない。中国には憲法9条がないからだ。独裁者習近平相手にバイデンは苦労するだろう。

 もう一つは社長が口走ったファウンドリにある。半導体事業には大きく分けて設計と製造の二つのフェーズがある。我が社を含めて当時の日本の半導体企業はそれを両方とも一社でやっていた。大規模生産設備が不可欠な半導体製造は膨大な設備投資が要る。自社設計の半導体製造だけやっていると、コスト高になって競争に勝てない。その頃から台湾を中心に製造だけを引き受けるファウンドリという企業形態が生まれ、今世界を席巻する台湾の半導体企業TSMCに発展した。設計フェーズだけの半導体企業をファブレスと言い、その下請けがファウンドリなのだが、今やそのファウンドリが世界の半導体供給を左右する存在になっている。日本の半導体企業はそういうグローバルな水平分業に乗り遅れたのだ。それを今から巻き返すという自民党の議員連盟は、いったいどんな戦略を考えているのだろう。

 1990年代に巨大市場が生まれたパソコンと、2000年代に発売されヒット商品になったたスマホは、半導体産業を支える最大市場である。「インテル入っている」のインテルは、かねてパソコン用CPUの設計と製造を自社で一貫生産してきたが、対抗メーカーであるAMDは設計だけを行うファブレスで、製造はファウンドリのTSMCに委託している。同じくアップルはiPhoneに使われる半導体チップの設計だけを行い、製造はすべてTSMCに依存している。他のAndroidスマホも同じで、これが台湾のTSMCを世界最大のファウンドリに押し上げた理由である。今ではTSMCなしに世界の半導体事業は立ちゆかない。中国や韓国にもファウンドリはあるが、規模は小さい。インテルも最新の3nmの次世代CPUは自社で作れず、TSMCに製造委託するという。微細加工技術が追いつかないのだ。

 世界の半導体供給を左右するTSMCのような巨大ファウンドリがなぜ台湾で生まれたのかは、時の運、地の利と言うしかないが、米中対立の最前線である台湾にTSMCが存在するのは大いに不自然で危なっかしい。だからといって今さら同規模のファウンドリをアメリカや中国や日本に作るのは無理だ。兆円単位の大規模設備投資のスケールメリットを分散することになり、ビジネスモデルが成り立たないからだ。最近バイデン政権はTSMCの工場をアメリカ国内に作らせることを台湾とTSMCに飲ませた。米中の半導体戦争は、今のところアメリカが一歩先んじている。日本も最近TSMCと日本の素材企業との合弁会社をつくば市に作る予定だという。

 TSMCがいかに巨大と言っても、半導体の命はそれを必要とする商品デザインとその設計である。それがなければファウンドリは石ころを作るのと同じで、無用の長物である。インテルCPUを価値あるものにする商品デザインはあくまでもソフトウエアのWindowsであり、MacOSである、CPUはその入れ物に過ぎない。TSMCが作る膨大な数のスマホチップは、アップルやグーグルの商品デザインの入れ物に過ぎない。今の半導体産業を牽引しているのはファブレスでもファウンドリでもなく、マイクロソフトとアップルとグーグルなのだ。近い将来それに5G通信網とAIが加わる。そういう意味で半導体産業を動かすのは広義のソフトウエアと言って過言でない。半導体にとって肝心要のソフトウエア開発と商品デザインは、今後誰がやるのだろうか。

 日本が再び半導体産業立て直しに取り組むつもりなら、そのあたりが狙い目だろうが、日本は昔からソフトウエアが大の苦手である。それがかっての日米コンピュータ戦争に負けた原因である。通産省が補助金を出して後押ししたNEC、富士通、日立のコンピュータは、アメリカで一台も売れなかった。ハードは出来ても中身のソフトウエアが追いつけなかったからだ。1980,90年代の通産省と自民党の情報産業振興議員連盟は、ソフトウエアの重要性をとうとう理解出来ず、ソフト開発に一切補助金を出さなかった。半導体も同じである。日米コンピュータ戦争の真っ只中で悪戦苦闘した当事者としては、新たに発足した半導体戦略推進議員連盟はそのデジャブを見ているようで、二度と同じ愚を繰り返さぬよう願うばかりだ。

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