伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年2月26日 末期高齢者の免許証更新 GP生

 自分が初めて免許証を取得したのは30歳台の初めであった。当時離島の鉱山に勤務しており、社宅から現場事務所までは30分近くを要する徒歩通勤であった。事務所は山の中腹にあり自転車は無理、多くの従業員はバイクによる通勤である。自分も島に唯一つの自動車教習所でバイク免許取得を試みた。指導員の同乗するバイクに始めて乗車したとき、自分がバイクに向いていないことを痛感し一回の試乗で後はキャンセルした。暫くして自動車免許取得を志した。免許証は東京出張の帰りに佐世保で法規と実車試験を受け取得した。

 免許証を取得しても、島では運転する機会は無かった。取得後暫くして転勤辞令を貰った為だ。勤務は横須賀の採石所の現場責任者であり、会社から借り上げ社宅と車が準備されていた。車は、忘れもしない日産ブルーバード510である。事業は2年で頓挫した。無理な環境での事業であったのだ。この間、公私に亘りブルーバードを乗り回した。当時名車の誉れ高い車であり、運転し易く軽快な運転感覚を楽しんだ記憶が残っている。その後何台も車を乗り換えたが、今でもブルーバード510の運転が基礎になっているように思える。幸せな初体験であった。

 その後、自家用車はスターレットから始まり、現在のレボーグに至る迄、色々の車を乗り換えてきた。当然免許証の更新は何回も行った。当時東京では三カ所有る自動車運転免許試験場でしか更新が出来ず、比較的近場にある府中が更新場所となった。運転講習ビデオと視力検査をうけ、帰りに更新免許証が手渡される良き時代であった。カローラやサニー、シビック等大衆車が世に普及し始めたのは高度成長期以降である。府中での更新者は次第に増えていった。

 免許証を取得して50年近くが経過した。自分だけで無く免許を取得している高齢者の数も増加してきた。残念ながら人は加齢の進行と共に、頭脳を含め身体機能は衰える。当然高齢者の運転規則違反や自動車事故も増えてきた。それに伴い高齢者の免許証更新が厳しくなるのは世の習いだ。70歳以上の免許証更新時に高齢者講習が始まったのは平成10年、その後75歳以上の高齢者に高齢者認知機能検査が追加され高齢者の受難が始まった。80歳を過ぎた末期高齢者は言わずもがなである。

 高齢者認知機能検査を最初に受講したのは75歳の時であった。受講は近くの自動車教習所に申し込んだ。初めての経験であり認知機能検査内容も全く分からず緊張して望んだことを覚えている。今の年月日、時間の問いから始まり、図形の記憶、そして時計の絵を描き指定時間に短長針を描く問題が最後であった。難関は図形の記憶問題で、ディスブレーに映し出されたオルガンやテレビ等が4つ描かれた図形計四枚を懸命に記憶することになる。意味のない数表の操作を行なわされた後、図形名を記載されられた。75点以上が合格と知らされていた。この時は86点しか取れなかった。高齢者の短期記憶力は低下の一途である。青色の認知機能検査結果通知書を貰い、次の講習を予約して緊張の2時間が終了した。

 検査終了後、同じ受講者と雑談をしているとき、認知機能試験問題が警察庁のホームページに載っている事を知った。ホームページを開くと、図形がA,B,C,Dの4パターンに整理され、それぞれ16図柄、計64図柄が記載されていた。これを記憶すれば100点は可能である。これを記憶できる高齢者は認知ではあり得ない。だから掲載しているのだろう。

 二回目の免許証更新前、ホームページから図形をプリントアウトし、時間を掛けて記憶に励んだ。これが思いのほか難しく、4パターンをそれぞれ覚えたつもりでも、A,B,C,Dの図柄が混じり合ってしまい混乱が生じるためだ。そこでパターン事の図柄のイメージを頭にたたみ込んだ。東京郊外、遙か西の教習所で受けた認知機能検査は努力の甲斐あって100点を取得した。この時、後期高齢者の運転免許更新者著しく増加していることを実感した。

 今回は更新通知が来てから直ぐに担当部署に電話をした所、何回掛けても繋がらなかった。認知機能検査場所が民間教習所の手を離れ、自動車免許試験場に限定され、予約電話はただ一つの番号に限定されてしまったためであった。この経緯は昨年の日誌に投稿している。この時、認知機能検査は96点、図形を一つ間違えたためだ。前回と同じ手法で事前準備を行った結果がこれである。準備を行いながら記憶力の低下を実感させられた。

 2時間講習は何時もの教習所で2月中旬に予約が出来た、免許証の期限が3月初旬であるから時間は十分である。予定日に教習所を訪れると、同じ時間帯の受講者は自分を含め女性1名と男性3名のみ、前回は15名程度の高齢者で賑わっていたのに様変わりである。コロナで受講者の人数を抑えているのか、それとも受講者が減少しているのかは判らない。自分の周辺でも80歳を過ぎた末期高齢者が免許証を返上している。車を運転することが極めて少なくなった事が、返上理由として多かった。家族からの「やめろ、やめろ」の合唱がプレッシャーになっている感もある。

 受講者が少ないことは、講習が早く進行することに繋がった。視野検査の後、通常の視力検査、動体視力検査そして夜間視力検査を行った。視野検査は両眼合わせて150度以上が合格である。通常視力は0.6しかなく0.7に届かなかった。講習時の視力は参考であるが、問題は免許証更新時の視力である。両眼視力が0.7以上で無いと眼鏡使用になる。前回までは余裕で突破していたのに今回アウトの理由は、眼の老化が原因であろう。通常、車運転時に視力の衰えを意識したことは無い。それでも測定器に眼を当てると眼前がぼやけて見え、0.7が突破できなかった。

 考えて見ると視力の衰えは、老化だけでは無いように思える。理由は二つ考えられた。一つ目は検査の一週間前から目を酷使していた。確定申告の為の資料作成を行う為、パソコン使用が長く続いていたのだ。目の酷使が視力の低下をもたらした。もう一つは漢方薬杞菊地黄丸を1ヶ月以上飲めなかった事である。この薬は排尿を促進する事に拠り、顔や下肢の浮腫を抑える効果と眼精疲労を回復させる効能を有している。腎経機能を低下させないため、毎日の服用が視力の安定にも繋がっていたのだ。所が昨年末の貧血以来、中医鍼灸師から病院からの処方薬との併用を止められていた。この薬の定期服用を続けると眼のスッキリ感が増す事を何回も自覚してきた。講習当日も視力低下を心配したが、現実になって仕舞った。その後薬の服用を開始したが、漢方薬には即効性は期待できない。資料作成も完了した。疲労回復と漢方薬による回復を待つつもりである。更新手続きには余裕があるのが救いである。

 講習の最後は実車走行である。教習車はホンダの小型車であった。運転席に座りシート位置を設定し、ミラー角度の調整を行いハンドルを握ったが、シックリこないのだ。運転席のシートがへたり凹んでいる為であった。仕方なくそのままアクセルを踏んだが落ち着かない。ハンドルを握る手が肩と近い高さにあるため、腕と手が水平に近くなっているためである。自分の車では手の位置は肩線より下になり、視界を見下ろす感じの運転をしてきた。教習車の不安定なハンドル位置も、講習の一つと頭を切り替え運転に専念した。

 実車講習修了後、後期高齢者に対するする現在の法規と、今年7月改正される法規の説明を受けた。高齢者には更に厳しい運転環境になるようだ。少しの違反でも認知機能の再検査が待っているし、重大事故を起こせば厳しい刑事罰を受けることになる。免許証返上と返上後身分証明書として利用できる手続きの説明を受けた。受講者が少ないため、講習は予定より早く終了し、高齢者講習修了証明書を手渡されて全てが終わった。

 高齢者が車を運転する環境は厳しさを増すばかりだ。外部環境だけで無く、家庭内でも免許証返上圧力が増してくる。上級国民と称される1人の元役人が起こした池袋の事故は、世の高齢者が無形の圧力を受ける契機となった。元役人は過失を認めず、車に欠陥有りと主張すればするほど、高齢者に対する風当たりは強まることになる。高齢者の心身機能は若い時のそれでは無いのは確かであっても、個人差が極めて大きのも事実である。一律に考えるのもどうかと思っている。それでも高齢者は日々老化が進行している。日々の運転が真剣勝負であるのだ。今回更新を行っても、次回3年後については予測の限りでは無い。今日の運転が問題なければ、明日も期待出来ると信じてハンドルを握るつもりでいる。

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