伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年1月22日 高齢者へ新年最初の試練 GP生

  昨年末の激しい貧血による入院は、年内に退院に漕ぎ着け正月を自宅で過ごすことが出来た。しかし完治による退院ではない。高齢者の貧血回復は一朝一夕には進まないからだ。回復は患者の造血能力に掛かっているが、高齢者の代謝機能は若い時のそれでは無い。入院時のヘモグロビン値は5.0、輸血により6.6に上昇し危機を脱した。それでも退院前日の血液検査値では7.7にすぎなかった。自力歩行は可能だが、少し歩くとフラフラの状態での退院であった。ヘモグロビンの基準値が13.7〜16.8なのだから、全身への酸素供給が十分出来ないのは当然である。

 退院して暫くは、寝たり起きたりの状態であった。大晦日、止むにやまれぬ事情で外出したが、帰宅と同時にベッド直行である。退院後、最初の検診日である4日の血液検査で、ヘモグロビン値は8.8迄回復していた。医者から、依然低値であるが年齢の割には順調と言われた。貧血の原因は胃潰瘍による出血であり、原因はピロリ菌であると告げられた。そしてピロリ菌駆除の抗生剤が処方された。今までピロリ菌の存在を意識したことは一度も無かった。何故、今になって潰瘍を起こしたのだろうか。

 抗生剤は、「ボノサップパック400」と名付けられたピロリ菌専用のセットであった。1日2回服用、朝夕と色分けして表示されていた。何れも抗生剤「クラリス200」1錠、「アモリン250」3錠、それに制酸剤「タケキャップ20」1錠の組み合わせである。今まで抗生剤の服用を何回も経験してきた。膀胱ガンの内視鏡検査後、尿道から必ず出血する。感染防止のため、抗生剤1錠を3日間服用するのを通例としてきた。この時、副作用を経験することは無かった。今回も大丈夫とは思っても、抗生剤の量と服用期間が違う。一抹の不安を抱え、翌日から服用を始めた。期間は一週間である。朝は抗生剤以外に鉄剤を同時に服用した。ピロリ菌退治と貧血治療は同時進行である。

 服用を始めて5日目までは問題は生じ無かった。6日目、腹部に膨満感と身体のけだるさを覚えた。更に夕食時、激しい食欲不振により食事に箸を付けられ無くなった。食べ物を口にしなければ抗生剤は飲めない。幾ら頑張っても、食べ物が喉を通らないのだ。仕方なくプロテインパウダーとビタミン類を飲むヨーグルトに入れ、バターロールパンを小さく千切って流し込んだ。抗生剤を飲み込んだ後、ベッドに倒れ込んだ。所が9時過ぎ胃がムカムカして、同時に嘔吐感を覚えた。慌てて身体を起こすと胃からの逆流が始まり、喉元まで上がってきた。嘔吐すれば抗生剤も外に排出されてしまう。頑張って何回か飲み込んだ。家人が熱中症防止用OS-1を持ってきてくれた。暫くして嘔吐感は収まった。

 最終日の7日目も朝から激しい食欲不振であった。何時も飲んでいる飲料物も飲む気がしない。不思議なことに、水は旨いのだ。こんなに水が旨いとは思わなかった。人体にとって、水は生命維持の源であるからだろう。造血の材料たるタンパク質とビタミン・ミネラル等は、栄養補完食品と青汁を飲むヨーグルトに混ぜ流し込む事はできる。問題は糖質である。エネルギー源になるだけでなく、頭部に必須な栄養素である。そこで以前取り寄せておいた黒糖の塊をなめることにした。幸いなことに極端な食欲不振かでも、黒糖に旨さを感じるのだ。身体が不調に襲われ食物が喉を通らなくとも、水と糖質は生命維持に必要な物質だからだろう。

 抗生剤の副作用は、服用を止めたからと言って直ぐに解消する訳では無い。体調と食欲が幾らか戻ったのは4日後であった。その日、必要に迫られ恐る恐る外出したが、歩調に力なく身体全体が重く感じられた。用事を終えても、そのまま帰宅することが出来ず、銀行の待合室で暫くの休息を余儀なくされた。貧血と副作用のダブルパンチである。高齢者の快復力の遅々たるを実感させられた。

 今回の抗生剤の副作用は薬物量の過多だけで無く、貧血が十分回復していないことも関係していると思っている。健康体であれば、あれほどの食欲不振と体調不良は起こらなかっただろう。4日の検診でのヘモグロビン値は、下位基準値の64%にすぎない。副作用に悩まされる前も、日常生活で貧血を意識することは多かった。軽く身体を動かす事を続けると、立っていることが出来なくなる事が生じるからだ。最低限身体状態が安定するためには、ヘモグロビン下位基準値の80%に当たる11.0以上を必要であると感じている。これはヘモグロビンの自然回復に伴う身体感覚からの推測である。今月15日に10.0オーバ、25日に目標達成と予測している。この日は、血液検査と胃カメラが待っている。

 胃潰瘍はピロリ菌に依るものであったとしても、何故今なのだろうか。自分の家は、中学生まで飲料水は井戸水であった。台所に置かれた桶に井戸水を貯め、飲用や調理に使っていた。風呂も当然井戸水である。これらの水汲は、子供の頃から自分の仕事であった。始めて水道が引かれた時は、便利さに感激した記憶が残っている。今まで、井戸水由来のピロリ菌と共生してきた事になる。何故、今になってピロリ菌が活動したのだろう。

 考えられる第一の要因は加齢であろう。どんな丈夫な胃であっても、歳をとれば若い時と同じでは無いからだ。そして第二は、コーヒーのカフェインではないかと想像している。カフェインは胃の粘膜に刺激を与える。食後のコーヒーは、胃への刺激は少ないだろうが、問題は空腹時のコーヒーである。3年前の腎盂ガンと膀胱ガンの治療後、夜9時過ぎに就寝する習慣が身についてきた。下腹部を温めながら身体を横にする事は、患部への血流を増やすからだ。当然、朝は6時台に目覚めることになる。起床してから、時間潰しにPCの前に座ることが多くなった。超短波治療器を導入してからは、腹部や腰、下肢に超短波を当てながら、一杯のコーヒーを楽しむ事が習慣となって仕舞った。空き腹のコーヒーは、身体に良くないことは承知していたが、今まで消化器系を病んだことがない事が油断に繋がった。

 長年に亘る空き腹のコーヒーは、老化した胃の粘膜を痛め続けたのだろう。そこに潜在していたピロリ菌が忍び込み、胃潰瘍が静かに進行していったと想像している。昨年末、賞味期限が切れて久しいユーグレナジュースを飲んで、始めて症状が生じた。通常のジュースの成分は炭水化物であるが、ユーグレナの成分には植物性タンパク質を多く含有している。例え冷蔵庫保存であっても、賞味期限切れの長い時間なより、タンパク質は分解され悪性のアミノ酸化合物に変質していたのだろう。これが潰瘍部に働き、出血させたと思っている。血中ヘモグロビン値を半分以下にする出血である。潰瘍部が大きかったことは、胃カメラが証明している。

 貧血の間接原因も直接原因も、自らの過信と不摂生が招いた結果である。血液検査によると、ピロリ菌抗体値は50をオーバしていた。ピロリ菌が存在しなければ抗体はあり得ないから0である。それでも胃潰瘍の存在が判った事は、不幸中の幸いであったのかも知れない。もし胃潰瘍の存在を知らぬまま、今まで通り起き抜けのコーヒーを楽しんでいたとしたら、自覚症状が出た時には、ガン化している可能性は否定できないからだ。

 新年早々、抗生剤の副作用の試練に晒されたことは、自分の身体が見かけ以上に衰えていることを身にしみて感じさせられた。厳しい身体不調に晒されたが、ピロリ菌の心配が解消される事は、新しい年の出発に際して悦びと思うべきだろう。昨年末、幾つかの僥倖に助けられ危機を脱した。何かに守られているとしたら、残された時間をもう少し頑張らなければと思っている。高齢者と言えども自己を省み、戒める自覚が大事である事を思い知らされた年の始まりであった。

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