伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2020年12月21日: 高齢期の辛い歳末 GP生

  一昔前は年の瀬が近づけば、やり残した事に意を注ぎ、来るべき新年に備えたものだ。残念ながら最近は何事も億劫になり、意を決して事に取り組む事が多くなった。歳をとったとしか言い様がない。新型コロナの影響で高齢者は静かに家で過ごす事が多くなっても、世の中は激しく動いている。最近のテレビはコロナ・コロナ一色で、識者と称する人達が、ああでも無いこうでも無いとしゃべりまくっている。高齢者にとって正しく恐れるためには、新コロナの実態情報が必要なのだ。辛い歳末を迎える中、今月半ば、更なる辛い事が相次いだ。

 水曜日の午後7時半頃、食卓に向かい、幾つかの食べ物を口にしたが、味が感じられなかった。砂を噛むと言った方が、適切なのかも知れない。おかしいと思っていると、突然胸がムカムカしてきた。急いでトイレに飛び込むと、激しい嘔吐に襲われた。慌ててトイレの蓋を開けた途端、吐瀉物が口から吹き出したのだ。嘔吐物は便器のみならず、床や壁に飛び散った。息つく間もなく、再び激しい嘔吐が始まった。更に下腹部に下痢の予兆が感じられた。このままでは便器に座れない。慌てて便器と床の汚物を拭き始めたが、量が多くて簡単に処理はできなかった。座れる状態になったとき、我慢していた便が水状で吹き出した。暫くすると再度始まった。そして再び嘔吐である。これが最後の吐瀉であったが、下痢には再び襲われた。全てが終わった時、トイレの床に座り込んでしまった。

 思い当たる原因は一つあった。この日は免許証更新の第一関門である認知機能試験を翌日に控えていた。夕方、警察庁のホームベジからダウンロードした図形の予習を行っていた。疲れて喉が渇いたので、冷蔵庫を開けジュースを取り出し、何気なく一気に飲み干した。普段は、旧い食品・飲料は賞味期限を必ず確認して口にしていた。この日は予習に熱中し、意識が少し飛んでいたのだ。冷蔵庫に入れてあるから、大丈夫との気持もあったのかもしれない。所が後で調べると賞味期限は8月5日、4ヶ月半も以前に期限切れであった。飲んだジュースは紙容器入りであった。紙容器の賞味期限は、短い事は承知していた。それでも飲んでしまったことは、高齢者の意識障害とも言える。認知機能検査失格である。

 症状の激しさから、通常であれば119番通報である。新コロナの世では、安易に救急車も呼べない。ベッドで横になりながら考えた。腹の中の物は吐瀉と下痢で全て排出され、異物は無いはずだ。ならば胃と腸を安定させるために、「ういろう」20粒と胃腸薬1錠を服用し、更に2時間後、「ういろう」20粒服用した。「ういろう」の効能に賭けたのだ。全て家人の常備薬である。明日は苦労して予約した認知機能検査日である。腹部に違和感が残っていたが、回復を期待して就寝した。

 翌日、起床すると腹部の違和感は解消していた。「ういろう」と胃腸薬が効いたのだ。午前中は出来るだけ静養に努め、残り時間は最後の追い込みを静かに行った。認知機能検査は江東運転免許試験場で午後2時30分から行われる。午後一時過ぎに自宅を出たが、歩調がしっかりしていたのは安心材料である。当日は9人の高齢者が集まっていた。検温とアルコール手洗いを行い入室した。後期高齢者免許証更新の認知機能検査は、三の問題から構成されている。第一問は「今は何年・何月・何日・何時・何分?」である。正解すれば15点である。第2問は難関の図形記憶である。4つの図形が都合4パターン、正面のディスプレーに映し出され、それを全て暗記するのだ。一問2点、全問正解であれば32点である。第3問目は時計の問題で、正解すれば7点である。従って、全問正解であれば54点となるが、採点評価は減点方式である。次に控える高齢者講習は、76点以上は2時間、それ以下では3時間講習となる。全問不正解でも46点は貰える。この場合、更新は出来ても厳しいペナルティーが待っている。前日の体調不良はなく、無事2時間講習の権利を手に入れた。高齢者にとって辛い試練である。年々記憶力の低下を実感しているためである。

 その日、全てを終え夕刻帰宅した。ホットしていると、固定電話に一本の電話が掛かってきた。受話器を取ると、年配の女性に名を名乗られたが、未知の女性であった。「失礼ですが、どちら様でしょうか」と尋ねると、「○○の娘です」との返事であった。○○さんは、小学校のクラス会に何時も出席している同級生の女性である。娘さんから「今月、母が急逝しました」との言葉に、「如何しての」思いで絶句した。今年は新コロナの為、クラス会の開催は叶わなかったが、昨年までの彼女は、人一倍元気に歓談していたからだ。信じられない思いであった。

 彼女が死去した事情を知るにつれ、「何故」の思いであった。彼女は、今年右腎臓に腎盂ガンを発症し、更に肝臓に転移し手の施しようが無かったとの事だ。新型コロナの影響で治療が遅れたようだ。腎臓は肝臓同様、沈黙の臓器である。彼女の腎盂ガンは、かなり進行していたのだろう。でなければ数ヶ月で肝臓に転移するはずが無い。ましてや80歳を越えた高齢者である。腎盂ガンが早期発見されるか、手遅れになるかは紙一重である。娘さんに依れば、彼女はクラス会を毎年楽しみにしていたようだ。その思いは、クラス会場での彼女のはしゃぎ振りを見ていれば良く分かる。高齢者の現実は厳しい。あれだけクラス会を熱望した彼女が、突然旅立って仕舞ったのだ。他人事では無い思いに駆られ、受話器を置いた。

 辛い出来事はこれだけで終わらなかった。日曜日の朝6時過ぎに起床すると脚がフラつくのだ。その内、頭がクラクラしてきた。昨日は早めに就寝したが、プライベートの悩み事があり、色々考えていた。考えてもラチがあかないので思考を停止したが、交感神経が収まっていなかった様だ。ウトウトと寝られぬ時が過ぎ、4時好きに一旦起きてから又ベッドに入った。間違い無く普段は起こり得ない睡眠不足である。10時頃起き上がって歩くと、再び頭がクラクラする。睡眠不足ではないようだ。念のため体温を測ると36度2分。血圧は122と68、便は正常であるから下痢の影響では無い。ベッドに戻り身体を横たえると頭のクラクラは解消し、起き上がると再発した。

 この日は2件の予定が入っていたが、全てキャンセルした。ソファーに横になったり座ったりしている時、立ち上がってもフラフラ・クラクラが現れないことがあった。もしやと閃いたのが耳石である。耳石は耳の三半器官内にあるカルシウムの小さな粒の集合である。これら全てで平衡感覚を司っている。このカルシウムの粒が何らかの原因で三半規管内に落下し、リンパ液の流れを乱しめまいを起こすと言われている。TG君は2年前に耳石により激しい回転を伴うめまいを経験している。直ぐに彼に電話した。

 彼から、恐らく良性突発性めまい症で有り、剥がれた耳石が排出されれば改善されるとの説明を受けた。そのための耳石体操を教わった。ベッドで仰向けで30秒、次いで顔を左に倒して30秒、再び仰向け、更に右向け各30秒。これを繰り返す事で耳石が安定したとのことであった。彼は天井が回転するような激しい症状を治している。彼に比べたら、自分は軽度だ。早速、耳石体操を行った。暫くして起き上がると、めまいが軽減されているのを感じた。暫く定期的に体操を繰り返した。夜中にトイレに起きた時、めまいは解消されていた。

 年の瀬を迎えて辛い思いに駆られ事に、喪中葉書がある。以前は、祖父母のご逝去を知らせる内容であったが、両親に替わり更に姉や兄に年齢が下がってきた。辛いのは、親しかった友人や仕事仲間達の訃報に接する事だ。今年も水処理事業で苦楽を共にした仲間の訃報を奥様から貰った。70歳の頃から当人の訃報葉書が多くなってきたように思える。お互い歳をとると顔を合わす機会は極めて少なくなる。電話も途絶えがちだ。年賀状が元気でいる証なのだ。歳をとれば何が起こってもおかしくない。今年も残り少なくなった。辛い日々は御免である。

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