伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2020年12月12日: 高齢期の艱難労苦 GP生

  今振り返ると70歳前後に厳しい坂が有るように思える。多くの親しい友人達は、この坂を越えること無くこの世を去って行った。この坂を越えた友人達は、その後、色々の困難に遭遇しながらも今傘寿を迎えている。自分も70代半ばに大病を経験したが、今は友人達と同じ立場にいる。日々何事も無く過ぎればそれに越したことは無いが、平穏無事は理想に過ぎ無い。面倒事に遭遇したとき、以前と違う意欲の低下に悩まされる事になるのだ。艱難労苦とは我ながら大げさに思えるが、今月に起きた二つの出来事が、大きな負担となった事を自覚したからだ。70歳台なら苦労すること無く処理できたことである。加齢による気力の低下としか言いようが無い。

 12月の初めの事である。朝食のため食卓椅子に座ろうとしたとき、突然腰に激痛が走り、思わず立ち上がった。テーブルに手をつき、恐る恐るゆっくり座ると痛みは生じ無かった。犬の朝食のため、フロアーに置かれた餌入れを取ろうとしたとき、更に激しい痛みに襲われ、思わず呻き声を漏らした。痛みは腰上の背骨を中心に左右に生じていた。その日は1日中、腰に負担を掛けたときに痛みが生じた。この種の痛みは今まで経験したことは無かった。

 翌日、いつもの鍼灸院に電話を入れ、治療に飛び込んだ。中医鍼灸師は、腰部に生じた「お血」が原因だとの診断であった。「お血」とは局所の血流が結滞した状態のことである。何らかの原因で血流が滞ると、周囲の筋肉は新陳代謝がスムースに行われなくなる。老廃物は溜まり筋肉が硬化するため、腰に負担が加わったとき、神経を圧迫して激痛が走るのだと思考した。治療は鍼を腰部血流のツボと手の甲にある腰痛緩和のツボにに刺し始まった。鍼の頭に小さなモグサを載せる鍼灸は、気持ちが良い治療である。治療後は完全でないものの痛みが緩和されたことを感じたが、この日の夕方には元に戻ってしまった。「お血」が解消されと思っても、時間の経過と共に腰部が冷え、血流の結滞が生じたのだ。毎日、保険のきかない鍼灸に通うわけには行かない。新たな対応を迫られた。

 腰部を冷やさず温める事が「お血」改善の要である。人工透析を防ぐために、毎日行っている家庭治療を拡大して腰部を温め続ければ、「お血」は解消出来るのではと考えた。超短波治療と遠赤外線治療を朝、昼、夕方に行い、就寝中は遠赤外線を腰部に当てた。日中は40℃迄加温できる温熱シートを腰部に貼り、腰部を暖め続けた。激痛発症から一週間過ぎた今、温熱シートを腰に貼ったままこの日誌を書いている。腰に急激な負担を掛けない限り痛みは発症せず、痛みが日毎に緩和されていくのを感じた。治療法は間違ってはいなかった。後は継続する努力である。原因は、間違いなく加齢による血管力の低下である。加齢の進行により、今後いつでも、身体の不調は起こりうることは覚悟しなければならない。

 更に面倒事は続いた。後期高齢者免許証更新の手続きである。10月初め「免許証更新のための検査と講習のお知らせ」が届いた。更新期限の半年前に届く通知である。葉書には警視庁運転免許本部運転者教育課の電話番号が記載され、午前8時半から午後四時半迄に電話するよう記されていた。前回の更新は民間の教習場で認知機能検査と運転技能講習を受けたが、今回は認知機能検査のみ指定の場所で受け、その後、民間の教習所で技能講習を受けるシステムに変わっていた。認知機能検査は全て警察関係機関で行われ、申込は葉書に記載された専用予約電話番号に電話するよう指示されていた。電話先はこれ一本、その他の連絡法方法は記載されていなかった。検査会場は鮫洲、府中、江東の各運転免許試験場と警視庁滝野川庁舎、同八王子分室の5カ所のみ。予約は、この電話に頼るしか無かった。

 前回は手続申請が遅れたため、免許証失効が2週間続いた。これに懲りて、早速電話をしたが繋がらない、何回電話しても「唯今電話が混み合っています。後ほどおかけ下さい。」とのメッセージが繰り返された。更に「更新に余裕のある方は、後にして下さい。」とのメッセージも流された。朝8時半に掛けても、繋がらなかった。何日繰り返しても同じであった。諦めて11月に何回も電話したが、同じメッセージが流れるだけであった。根負けして電話を掛けることを諦めてしまった。まだ時間があるとの思いもあったからだ。

 12月に入り、さすがにのんびりしている訳にはには行かなくなった。ナビダイヤルに電話してもどうせ繋がらない。ならば運転免許試験場に直接連絡してみようと考え、以前、何回も更新手続きをした府中運転免許試験場に電話をした。幾度電話しても「唯今話し中です」とのメッセージが流れるだけであった。ならば直接試験場に行くしかないと覚悟し、朝一番で府中に車を走らせた。高齢者免許証更新と書かれた窓口で、認知機能検査の申込をしたい旨話すと、若い男性職員から「二階に行って下さい」と言われた。二階は更新者講習を受ける高齢者で溢れていたが、何処を探しても受付窓口が見つからない。たまたま側を通りかかった中年の男性職員に事情を話すと、「ここではの直接受付は行っていない、指定の電話番号で予約して下さい」と言われた。何回掛けても繋がらない旨話すと、「諦めずに掛け続けて下さい」であった。仕方なく帰宅し、ナビダイヤルに電話すると、「12月の受付は当所では行っていません。直接試験場で手続きをして下さい。」とのメッセージが流れてきた。一体如何なっているのか。府中で見た大勢の高齢者達は、どうやって予約を取ったのだろうか。

 暫く気落ちして、如何したらよいか思いにふけった。このままではラチがあかない。午後3時、再度府中免許試験場で交渉する決意を固めた。高齢者専用窓口では、若い女子職員が応対してくれた。「ナビダイアルでは直接試験場で手続きするように言われた。手続き出来るのですよね。」と念を押すと、「こちらでは申込は受け付けていません」との返事であった。警視庁の組織は如何なっているのだろう。「電話は繋がらなければ免許証更新は一歩も進まない。如何すればよいのですか。」と尋ねると、暫くお待ちくださいと言い奥に入り、暫くして一枚の小さな印刷物を持って戻って来た。

 それには「認知機能検査の予約」のタイトルで、二つの電話番号と相手先の名称が記載されていた。一つは警視庁の運転免許本部代表で、「認知機能検査担当へ繋いで貰う」と但し書きが有り、他の一つは警視庁本部代表で「運転免許本部の認知機能検査担当へ繋いで貰う」とあった。急いで戻り午後4時過ぎに、最初の番号に電話すると一発で繋がり、認知機能検査申込手続きがスムーズに始まった。希望する試験場を聞かれたので、府中と答えると「混み合っているので、次の手続きが間に合わない恐れがある」と言われ、空いている江東運転免許試験場を勧めてくれた。試験日も今月半ばで決まった。電話を終えガックリと肩を落とした。あっけない幕切れである。

 他の高齢者は如何しているのだろうか。電話だけでは、迂回予約ルートに辿り浸けない。自分にしても、二回の府中通いで粘ったけれど、親切な女子事務員に出会わなければ、電話情報を得ることは出来なかった。僥倖であったのだ。府中免許試験場は、人でごった返していた。事務員達も多忙なことは判る。だから対応がいい加減になったのだ。女子事務員の胸には、実習中との名札が掛かっていた。初心者である彼女の一生懸命さに助けられた。

 不親切極まりない更新連絡葉書を眺めながら、後期高齢者に免許証返上を求める圧力のように思えた。東京の後期高齢者で免許証更新をする人数は知らない。府中で見た高齢者達を見れば想像を絶する数であろう。それをたった一本の電話で手続きをさせる事は如何考えても無理なのだ。テレビのタイムセールでは「30分間オペレーターを増員して対応致します」だ。お役所仕事とは言え、警視庁の旧態依然としたシステムはどうにかならないのだろうか。埼玉県民であるTG君によれば、警察から認知機能検査の日時を指定され、検査後は運転技能検査の場所と時間を連絡してきたそうだ。東京に比べて羨ましい親切さである。

 問題は更にある。認知機能検査後の運転技能講習だ。いつもお世話になっている教習所に電話すると、今月半ばに認知機能検査の結果が出て直ぐに申し込んでも。早くて3月中の予約になるとの事であった。3月中に講習が終えれば、免許証失効は免れるが油断は禁物である。下手をすれば空いている郊外の教習所を探し回らなければならない。

 若い時はこの程度の面倒事は日常茶飯事であった。気力、意欲とも低下が著しい高齢者にとって、意を決して対応しなければならない事は願い下げである。生きている限り面倒事は絶えることは無い。高齢者にとって、艱難労苦に汗を流さなければならないのは、生きている証でもあるにしても御免被りたい。後期高齢者の免許証更新は今回、三回目である。次回の更新は想像外である。3年後如何なっているかは判らない。高齢者にとって、毎日が勝負なのだから。

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