伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2020年9月7日: 治療用放射線が高齢者に与える影響 GP生

 8月は二つのガン検診が重なり、都心の大学病院に出かけた。予定されていた膀胱検査と、5月の前立腺ガン検診が新コロナにより延期された為である。担当科が異なるので2週間連続の通院となった。放射線科での前立腺ガン検診は、腫瘍マーカーであるPSA値は安定しており、定期検診は1年毎に延長となった。今後3年間、PSA値に異常が生じなければ検診不要との嬉しい説明である。それでも治療が終わってから、10年が経過することになる。前立腺ガンと言えども、ガンは人体にとって厄介な病であることが良く分かる。

 翌週の泌尿器科での検診は、膀胱内視鏡検査と尿検査、CT検査である。尿検査は細胞診のためであり、CT検査は胸部へガン転移の有無と膀胱・腎臓検査であった。問題は膀胱内視鏡検査だ。尿道から内視鏡を挿入し、膀胱内の画像により発ガンの有無を確認する検査である。尿道に内視鏡を挿入する際、生じる圧迫痛は半端ではなく思わず呻き声を漏らす事になる。今回の検査で、一度で内視鏡の挿入が出来なかった。尿道が前立腺部で狭くなり、内視鏡が通過できなかったのだ。そのため尿道拡張器具を挿入して、狭窄部を広げる操作が行われた。その時、内視鏡挿入より激しい圧迫痛が生じた。膀胱ガンは再発しやすいガンとして知られているが、内視鏡検査でもCT検査でも異常は認められなかった。ただ一つ残った右腎臓も異常が無かった。救われた思いである。

 前立腺部で尿道が狭窄しているのは、放射線治療の後遺症である。通常、前立腺への放射線照射は外部から30回以上行うのが通例であるが、自分のガンは悪性度が高いため、最新の放射線治療であるHDR針穿刺術が選択された。会陰部から前立腺に向けて20本の中空針を刺し、その中に小線源である高線量放射線元素を循環させ、ガン細胞にダメージを与える治療法である。針を刺したままのCT写真を見ると、前立腺が肥大しているとは言え、20の孔が開いているのが判る。内2本は真ん中を通過する尿道に沿っていた。それでも均等に刺された孔は、施術医師の技能の高さを現していた。この中空針に、外部照射の線量を遙かに上廻る放射性物質を、1回当たり30分近く循環させたのだ。この治療は2日に亘り行われた。

 HDR針穿刺術はガン治療に効果を発揮したが、周囲の臓器に後遺症を残した。前立腺ガンは前立腺周辺に発生していため、中空針を挿入する際、前立腺を突き抜ける事は避けられない。循環する小線源は当然周辺臓器にも影響を及ぼすのだ。前立腺の中を通過する尿道と前立腺の上部で接する膀胱が最も影響を受けることになった。尿道や膀胱細胞が放射線により炎症を起こし、その後、硬化して弾力性を失ったのが、今も続く排尿障害の大きな要因である。

 前立腺ガンが確定される前に、幾度も放射線を浴びることになった。最初は開業医によるCT、次いで大学病院でのCT、更に前立腺ガンと確定してから、骨への転移の有無を確認するための骨シンチ検査である。前立腺ガンは何故か骨に転移しやすい。もし骨に転移していれば、前立腺局所のみの治療は意味がなくなる。検査4時間前に放射性リンの同位元素が注射され、その後全身にガンマー線が照射された。骨にガンが転移していれば、放射性リンがその部位に留まり、ガンマー線による映像に現れるとの事であった。この照射は20分を要した。検査技師にガンマー線の強度を尋ねても、明快には答えてくれなかった。検査後、3日間身体の不快感が取れなかったから、可なりの線量であったのだろう。検査の結果、骨への転移は無かった。その後も、定期検診で何回かCT検査が行われ、発症以来身体に浴びた放射線量は半端ではなかった。

 人体は日常、2.4ミリシーベルト程度の自然放射線を浴びている。発生源が自然界であれ人工であれ、放射線は人体に大きな影響を及ぼす。細胞内の水分を分解して活性酸素を発生させ、DNAに変異をおよぼす可能性もある。DNAの異常は日常的に生じている。人体は異常DNAを次々に修正する事に拠り、正常性は保たれている。この修正力は、加齢の進行と共に衰え、ガン細胞が発生しやすくなる。活性酸素は抗酸化物資の積極的摂取である程度防げても、DNAの修正は人体の持つ生命力に依存するしかない。高齢者にガンが発生しがちになるのは、避けられない事だ。

 前立腺ガンが完治に近づいたのは各種放射線のお陰である。しかし、高齢者が検査であれ治療であれ、集中的に放射線を浴びたら如何なるかを何時も心配していた。前立腺ガンの放射線治療に依る排尿障害は、生活上の面倒は生じても命に別状は生じない。問題は各種放射線の影響である。今まで自分は退職後、公共機関による老人健診を受けなかった。胸部レントゲンによる被爆を避けるためである。それが前立腺ガンの検査と治療とは言え、大量の放射線を浴びたのだ。不安を残したまま前立腺ガンの治療は終了した。

 前立腺ガンの治療が終了してから3年後の一昨年7月、突然激しい血尿に見舞われた。前回の血尿は前立腺であったが、今回は出血部位の予想が付かなかった。大学病院の泌尿器科に電話をして検査を依頼した。造影剤CTや尿中の細胞診検査、MRI検査等を受け、更に入院してのカテーテル検査の結果、左腎盂部の発ガンであった。7月末、左腎臓を摘出した。その年の11月、前立腺ガンと腎盂ガン治療後の検査を受けた。腎膀胱内視鏡検査の結果、膀胱内に4カ所の発ガンが確認されたのだ。晴天の霹靂であった。

 7月の腎臓摘出手術時には、膀胱に異常は見られなかったのに、僅か4ヶ月での発ガンである。膀胱ガンは早期ガンであった。ガンはある程度大きくならなければ、検査により発見は難しいと聞いている。4ヶ月で肉眼鑑定できるほどに成長したのだろうか。上皮膀胱粘膜のみの摘出で終わったは幸であった。術後検査で発見されなければ、厄介なことに成っていた。発見が遅れれば膀胱摘出、人工膀胱取付もあり得るのだ。

 何故、腎盂に発ガンしたのか、膀胱ガンは原発性かそれとも転移なのかを医師に尋ねても明快な回答は無かった。医学的エビデンスが無ければ、推定で回答は出来なかったのだろう。二カ所のガン進行度から、原発は腎盂で膀胱ガンは転移であると想像している。腎盂ガンは膀胱に転移し易いのは、排尿の上流と下流の関係であるから当然であるにしても、何故、腎盂に発ガンしたかである。前立腺ガンの検査や治療による各種放射線が要因の一つと考えている。検査用の強力な放射線は人体各所に浴びている。しかし発症は泌尿器系のみで、他の臓器に異変は生じていない。

 子のDNAは両親から受け継いでいるが、何れのDNAが父方なのか母方なのかは判らない。如何になる人でも完全なDNAを有する者はいない。必ず何処かに遺伝的弱点を持っている。父は50代に急性腎不全で入院をした。姉は70代に急性腎盂炎で入院している。自分の腎盂部に発ガンしたのは、父の遺伝的弱点を有していたと考えるのが自然である。他の臓器も大量の放射線浴びても、ガンは発症していないのだ。病を発症して、始めて遺伝的弱点に気付く事になる。現在の医療はレントゲンやCTを抜きにして考えられない。前立腺ガンであれ他のガンであれ、CT検査は必須である。これからも膀胱と腎臓の6ヶ月検査は続くだろう。膀胱内視鏡検査は一瞬の我慢で終わるが、CT検査が残された右腎臓に如何なる影響を及ぼすかを心配している。今は右腎臓は正常とは言え、父のDNAを引き継いで居るのだから。

 加齢の進行は人体臓器の活力を低下させる。腎臓とて同じである。同じ放射線を浴びても、身体は若い時と同じではない。受けるダメージはより大きくなるのだ。傘寿を過ぎた高齢者は、深刻な自覚症状が無ければ、定期検査は避けた方が好ましいのかも知れない。病の存在を知っても、年齢的に根本治療が出来ない事が多いのだ。根本治療が出来ない病を抱え生きることは、ストレス以外の何物でのない。残り少ない余生を不安で過ごす事になる。高齢者の健康管理は、自主管理に徹する事が大事と考えている。それでも病を発症すれば病院行きは免れない。高齢者は、何処かで腹をくくる必要があると覚悟している。

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