伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2020年4月23日: 危機管理が出来る国、出来ない国 T.G.

 アメリカはコロナ対策としての中小企業向け経済支援32兆円と、個人給付一人あたり1200ドルの支給をほぼし終わったという。まさに電光石火の早業である。危機管理はこうでなくてはいけない。それに引き替え日本は、すったもんだの末やっと決まった10万円の特別定額給付金が、野党の抵抗に遭って国会を通過するのが5月半ば、それから給付事務作業に入るので、個人の手に入るのは夏過ぎ、下手をすると秋口になってしまうだろう。これでは緊急のコロナ対策とは言えない。配り終える前に、日本中の大方の中小企業、飲食店、旅館が潰れて無くなっていることだろう。

 なぜアメリカに出来ることが日本には出来ないのか。理由は二つある。一つは国会(議会)の緊急事態対処のあり方と、もう一つは国民総背番号制の違いにある。アメリカには戦前から国民総背番号制に当たる社会保障番号(SSN)がある。それに基づいてほとんどの国民が確定申告を行うので(サラリーマンでも源泉徴収制度はない)、日本の国税庁に当たる歳入庁(IRS)がほとんどの国民の口座番号を把握している。給付が決まれば、全米5千の銀行が一斉に振り込みを開始するので、あっという間に給付が完了してしまうのだという。なんとも羨ましい話だ。

 日本にもマイナンバーがあるのになぜ同じことが出来ないかというと、マイナンバーが文字通りの国民総背番号制になっていないからだ。マイナンバーは単なる個人IDに過ぎず、税や社会保障など行政の仕組みと一体になっていない。口座番号と紐付けられていない。だから実際に給付事務を行うためには、役所が個人の振り込み口座をいちいち確かめなくてはならない。これを1億人相手にやったら役所の仕事が止まる。いつまでたっても終わらない。書留郵便で現金給付するにしても、気が遠くなるような個人の住所と給付資格の照合作業をしなければならない。マイナンバーが何の役にも立たたないのだ。

 なぜマイナンバーがそんな役立たずになってしまったかというと、国民が望んでそうしたからだ。個人情報による国家統制に繋がると、左翼マスコミや野党から猛反対が出て、挙げ句の果てに与党内からもそういう声が出て、国会がマイナンバー法案を骨抜きにしてしまったからだ。だから単なるID番号に過ぎず、徴税や社会保障サービス、自治体の住民サービスに使えない。せいぜいがマイナンバーカードを運転免許証の代わりにするくらいである。背番号制としてはまったく意味がない。そんなマイナンバーの国民の評判が悪いのは、そうさせた国民自身が無知蒙昧だからだ。そういうわけで日本のマイナンバーが緊急時のコロナ対策にまったく無力なのは、身から出た錆なのだ。

 多くの国民は忘れているが、マイナンバー制度は40年前の1980年にグリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)として実施に移されたことがある。国会で法案が通り、全国民にID番号を付したカード(緑色だったのでグリーンカードと通称された)が配布され、それに基づいて国税庁の徴税業務が行われる。カード番号が銀行口座や各種金融資産に紐付けされており、それで名寄せをすればすべての収入、資産が把握できる。隠し財産や脱税が一切出来なくなる。当時クロヨンと言われていた徴税の不公平もなくなると言う、実に画期的な制度だった。これで日本もアメリカ並みになると思った。

 カード番号を使った1億2千万人の金融資産の名寄せは膨大な作業で、人手では出来ない。超大型コンピュータが要る。朝霞に巨大な国税庁のコンピュータセンタが作られた。コンピュータが運び込まれ、プログラムの試験運用が行われようとしたとき、突如として国会で議論が巻き起こり、自民党はもちろんのこと、社会党、共産党までが反対に回り、全党、全議員一致で法律を廃棄してしまった。自分たちで作った法律を自分たちで潰してしまったのだ。表向きの理由はマイナンバーと同じ個人情報の国家管理防止だったが、実態は経団連を中心とした企業や資産家や、法案を通した政治家までが、隠し財産がガラス張りになり、脱税が一切出来なくなることに気がついたからだ。明治の議会開設以来、国会を通った法案が実施前に廃案になったのは前代未聞の珍事だと、国税庁の担当課長が嘆いた。

 当時コンピュータ会社に勤めていて、国税庁へのコンピュータ売り込みの陣頭指揮を執った。毎晩徹夜で悪戦苦闘の末、やっとのことで受注納入にこぎ着けた途端、法案廃棄、実施中止になった時は腰が抜けた。その後しばらくして、当時の自民党幹事長金丸信が家宅捜査されたとき、隠し金庫から大量の金の延べ棒と無記名投資信託が見つかったことがニュースになったのを憶えている。その30年後に生まれたマイナンバーは、作られたときから形だけの、出来損ないの役立たずである。行政事務との連携はまったく出来ていないお飾りナンバーである。おそらく永久にそうだろう。何のために作ったのか。国民が愚かというか、政治が無能というか、こういう国にはいざというときの危機管理は出来ない。

 韓国がコロナ封鎖に成功したのは、徹底的なPCR検査と、ネットとスマホを駆使した個人情報操作で、政府の国民監視、誘導が功を奏したからだという。マイナンバー制度と同じで、個人情報を過度に有り難がる日本には同じことは出来ない。法治を無視した独裁国まがいの韓国のやり口は決して褒められたものではないが、危機管理に際して国民の理解と覚悟がなければ出来ないことは理解できる。危機対処より憲法や個人情報に重きを置くナイーブな日本には真似できない。だから韓国並みの鮮やかなコロナ対策は日本には打てない。政府と国民のもたれ合いでのろのろやるしかない。マイナンバーに関して言えば、それが行政合理化の有効な手段として活用されている欧米で、国民がひどい目に遭っているという話は聞かない。緊急事態における議会や憲法のあるべき姿とともに、いつになったら日本国民は目が覚めるのだろう。今度のコロナがその機会になればいいが。

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