伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2020年3月8日: 老朽マンションと高齢者の類似性 GP生

 最近、旧いマンションでトラブルが続き、対応に追われている。建物内には、電気配線や水道管、排水管、電話線、テレビやネット回線、エアコン、ボイラー、水洗トイレ、ガスレンジ等、多種多様な装置・設備が設置されている。時の経過とともにこれらの劣化が進み、使用不可の状態が突然発生するのだ。トラブルを早々に解決しないと居住者に迷惑を掛ける事になる。想定外のトラブルは、何時発生するか判らない。高齢者も建物も、老朽化は静かに進行しているのだ。

 鉄筋コンクリート製建物の外観はタイル張り部以外は塗装仕上げである。この塗装か変色し、時の経過と共に外観がうす汚れるだけで無く、無数のひび割れも生じてくる。高齢者も加齢が進行すれば、肌に張りがなくなるだけで無く、変色し、しわも増えてくる。肌の老化を根本的に治す手段はないのだ。女性であれば厚化粧でごまかせても、男には無理である。建物の場合は、足場を組み外壁を洗浄し、コンクリートのクラックやモルタルのひび割れを補修した後、塗装で仕上げれば新品同様の外観となる。残念ながら高齢者の肌に出来る対処法ではない。

 昨年、マンションのエントランスにあるポンプ室の非常ブザーが激しく鳴り響いた。受水槽の水位が異状低下したか、上昇したかの何れかである。ポンプ室に直行すると、受水槽の水が激しくオーバーフローしていた。ポンプと水位コントロールシステムに異常が生じたのだ。直ちに給水バルブを閉じ、ポンプ整備会社に電話をした。15年以上前、ポンプを一新し定期的にメンテナンスを行ってきたが、今回のトラブルは各部品の経年劣化が原因であった。問題ある部品を全て交換するのに、2日間を要した。ポンプは2台自動交互運転であるから、手動運転に切り替え断水は免れた。マンションの給水ポンプは人の心臓に相当する設備である。心臓障害が突然生じるのと同様、給水ストップは何の前触れも無く生じる。ポンプが完全に使用不能になれば新品に交換すれば解決するが、心臓の場合は容易ではない。

 マンションで人の血管に相当するのが給水管である。建物の各所に張りめぐされた給水管は生活の生命線である。脳や心臓の血管にトラブルが発生すれば、高齢者は生命の危機に晒される。給水管の漏水トラブルは、マンションでの生活をストップさせてしまう。漏水を止めなければ直下の部屋に水漏れの連鎖が生じるから、早急に漏水箇所を特定し、復旧工事を行わなければならない。この特定は言うは易く、行うは難しの部類である。給水管の漏水は、人で言えば内出血である。目視できない床下や天井裏で発生するからだ。内出血の箇所特定と治療も容易ではない。処置が遅れれば、階段から転落し内出血で命を失った旧友の如く、生命に直結する大事なのだ。

 先月の週末、旧いマンションの事務所から水漏れの連絡があった。現場に直行すると、天井から水がしたたり、受け皿である大きな器が満水状態であった。直ぐ上部階の部屋に行き点検を行ったが、漏水箇所は床下であり、外部から特定は出来なかった。何時もの業者に連絡したが、何れも工事中で対応不可であった。漏水部屋の水道メーターを何回も確認したが、水道を使用していない時、メーターの動きは無かった。漏水場所は排水系統なのかも知れない。連休と重なり、本格的調査が遅れ、毎日何回もバケツの水を捨て続けた。水漏れは日毎に激しくなっていった。

 連休明けに手配した業者が漏水階の天井に開口部を作り確認したところ、天井裏の排水管は異状なかった。とすれば問題を起こし易いのは給湯配管と見当を付け、上部部屋の床を剥がした所、内径1p足らずの銅管エルボーから細い水が激しく吹き出ていた。短時間では、水道メーターを動かす量では無かったのだ。業者は、寒暖の変化により銅管が収縮を繰り返し、ストレスが集中するエルボーが破損したと話してくれた。銅管も血管も、同じ弱点部が破損するのだ。エルボー部の交換は、破損した血管を人工血管に置換する手術そのものである。漏水は止まって一安心であるが、手術した人体と同じで、破損した床や天井の修復工事が待っている。「人は血管と共に老いる」と言われているが、建物も配管と共に劣化するのだ。

 マンションの排水系統は人体の泌尿器系に相当する。男性の高齢者にとって前立腺ガンをはじめ、泌尿器のトラブルは避けられない病でもある。旧いマンションでは配水管に鉄管が使用されており、経年劣化でにより接続部で漏水がはじまるのだ。給水管の水漏れと同じで、漏水箇所の特定には難儀をする。泌尿器疾患は患部の特定は比較的容易であり、治療法も確立されている。但し、治療後に生じる頻尿はともかく、尿漏れの対処法は、自然回復するまで「紙パンツまるで下着」の着用である。

 マンションの電気とガス系統は、エネルギーの供給源である。人体で言えば消化器系に相当するのかも知れない。消化器系に異常が生じれば活力が制約を受けることになるが、マンションの場合、大事故発生の危険性をはらんでいる。経年変化でこれらの設備も劣化は進行している。幸い今まで大事故は経験していない。それでも油断は禁物である。電気、ガスの先端機器であるエアコンやガスボイラー、ガスレンジの交換は、8年から10年を目安に行っている。この年数に達した機器に不具合が生じたとき、部品交換で済む場合でも全面交換している。一部の部品を交換しても、他の部品の劣化も進行しているからだ。人の場合、臓器の交換は容易ではない。移植臓器の適合性が求められ、移植を行っても免疫抑制を強いられる。マンションの様な機器交換は夢のまた夢である。

 人は高齢期を迎えると身体に痛みやシビれが生じることが多くなる。神経が圧迫されているのは判るが、原因が不明であったり、治療が困難な事も多い。マンションで人の神経に相当するのが、電話やテレビ回線、インターホン、そしてインターネット回線等である。近年は有線テレビが全盛である。画像の乱れは一切生じない。設備導入は業者負担であるが、通常番組を見る限り視聴負担は生じない。最近NTTコミュニケーションズの担当から、各戸に光回線の設置が可能か否かの調査をしたいとの連絡があった。光回線は、通路に設置されたNTTの中継ボックスまでは来ているが、それから先は従来線のままである。5G時代に対応する為の調査である様だ。幸い従来線に平行して新たな光回線設置は可能となった。インターホンですら、従来のピンポンからモニターホンに切り替えている。時代の流れに従って、マンションの神経系統は進化し続けているのだ。残念ながら人の神経系統の進化は望めない。しびれも起きず、痛みも生じ無ければ、良しと為なければならないのだろう。

 高齢者が精密検査や人間ドックを利用すれば、何処かで異常が見つかるものだ。病と判っても、高齢故、治療不能を告げられるかも知れない。病を自覚して生きるのは、大きなストレスとなる。ならば検査をしない事だ。高齢者にとって、知らぬが仏でもあるのだから。マンションの場合、一切の手を加えず、使用不可のままにし続ければ、何れ誰も居なくなってしまう。人の死と同様マンションの終焉となるのだ。

 人は死しても、あの世での永い時間を経て、同じ魂を持って別の世に生まれ替わることが出来る。老朽化したマンションも解体工事を経て、再び新しい建物として蘇る事になろう。建主が替わる事もあるのは、人の場合と異なるのかも知れない。何れ建替は避けられない。自分にはその機会が訪れることはないだろう。肉体の寿命の方が間違い無く短いからだ。それでも生きている限り身体と建物のメンテナンスは続けなければならない。

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