伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2020年1月11日: 高齢者の自動車運転 GP生

 高齢者による自動車事故のニュースが絶えない。高速道路を逆走する衝撃的な動画や、ブレーキとアクセルの踏み間違えた事故映像が何回も放映されている。自動車事故は高齢者だけが起こすのではなく、統計的には10代から20代の事故率が最も高いそうだ。だが「若者の事故は、未熟が原因だから習熟すれば減少する。高齢者は歳をとるにつれ運転能力が衰えるから事故が増える」と目の敵にされている。だから早く免許証を返上しろとの圧力になるのだろう。全ての高齢者が自動車事故の予備軍ではないはずだ。

 自分も一昨年6月まで大型ミニバンを運転していた。工事用の材料を載せるのに都合が良いことや、後部座席に乗る家族の座り心地が良いためもある。一番の理由は長距離運転での疲労が少ないからだ。街中の取り回しには神経を使うにしても、高速道路でのゆったりとしたハンドル感覚は何物にも替えがたいものであった。ところが家族から「そろそろ小さい車にしたら」との声が大きくなってきた。8年間毎日乗ってきた車である。運転に不都合を感じた事はない。それでも思い切って車種変更をしたのは、長距離運転が激減し、街中運転が殆どになった事に拠る。取り回しの良い車に替える決心をした。家族から免許証返上を言われないだけ、良しとしなければならないのだろう。

 購入したのは四輪駆動のステーションワゴンである。昔、後輪駆動のセダンを運転している時、滑りやすい路面で急ブレーキを掛け、車が急回転した経験がある。それ以来、車は全て四輪駆動車にした。車両価格や燃費が嵩むことは承知していたが、安全第一の選択である。車を替えて1年半が経過した。初めてハンドルを握ったとき、大型ミニバンのゆったり感は望むべくもなく、暫く違和感を覚えた。ステーションワゴンには、最新のシステムが装備されていた。前後進対応の自動停止装置や前方・後方カメラ、電子式サイドブレーキ、AVHと名付けられたオートブレーキホールド・システム、一時停止や信号待の間エンジンが停止する省エネシステム等である。高速道路を運転したことがないので、一定速度運転を試したことはない。車線変更するときにウインカーを怠ると警告ブザーがなったり、停止時発進を少し怠ると「前方車発進しました」とのアナウンスが流れたりする。

 ステーションワゴンの日常運転で一番重宝するのはAVHシステムである。スタート時にAVHボタンを押しセットしておけば、一時停止で車を止めた時、ブレーキから足を離しても車は動かないのだ。エンジンは掛かったままである。急坂でもブレーキを踏めば、アクセルを踏まない限りびくとも動かない。足をアクセル側に移して待機するだけで良いのだ。発進時はアクセルをわずか踏み込んだだけで、瞬時にブレーキは解除され車は前進してくれる。高齢者の車には必須の装置であろう。

 何年か前、隣町のデパート駐車場から出てきた高齢者の車が右折した時、歩道に乗り上げる事故が発生した。多数の歩行者が巻き込まれ、大きな問題となった。このデパートは、地下2階の駐車場から道路まで長い急勾配の直線導入路が続いている。出口は繁華街のメインストリートに面し、車と歩行者の通行が絶えることがない。運転者は誘導員の指示に従って道路に出なければならず、瞬発力が要求される環境であった。車が連なっている時、発進時のアクセルワークが遅れれば後続車にぶつかる恐れすらある。ブレーキとアクセルワークに神経の集中を求められる難所であった。事故を起こした高齢者は、発進時にアクセルを踏みすぎ、急加速により右ハンドルが間に合わなかったと思われる。この高齢者の車にAVHシステムがあれば、違った結果になっていただろう。

 最近、このステーションワゴンで自動ブレーキ作動を経験した。現場は中央分離線のない片側一車線道路上である。自宅駐車場に向かっている時、左側にある歩行者専用路のガードレール外側を一人の中年男性が歩いていた。車を右に寄せたが、反対側車線から大型車が走行してきたので、やむを得ず車を少し左に寄せ、超徐行運転に切り替えた。それでも歩行者は歩道内に入ろうとしなかった。歩行者の近くで対向車とすれ違った時、自分の車は突然ブレーキが掛かり急停車したのだ。かなり大きなブレーキ音が発生した。中年男性は慌てて歩道に身を移し、同時に自分を睨みつけた。そのまま走行しても歩行者に接触することはないにしても、50p以下の距離であったろう。来年度発売される新車は、自動ブレーキ着装が義務づけられるそうだが、現在発売されている新車の85%近くは着装済みと聞いている。高齢者が特別の目的無しに、新車に乗り換える事は少ないから、何処まで普及するかは判らない。

 高齢者の運転トラブルでは、ブレーキとアクセルの踏み間違い事故が多い様だ。通常の運転では踏み間違いは生じない。だから高齢者は「免許証返上しろ」となるのだろう。自分は30代初めに運転免許証を取得した。当時はマニュアル車全盛であった。左足はシフト変更時のクラッチ遮断に用い、右足でアクセルとブレーキ操作を行った。右足のかかとをブレーキとアクセルの間に置き、アクセル時はかかとを軸にして右にひねりペダルを踏み込み、ブレーキ時は左にひねる動作を徹底訓練されたのだ。オートマ車になっても、右足動作は同じ要領で行ってきた。45年以上、頭と身体に染み込んだ動作だ。聞くところによれば、現在はブレーキとアクセルの踏み替え時は、かかとを離すよう指導されているそうだ。オートマ車ばかりの現在、ブレーキを確実に効かせる為にアクセルから完全に足を離すよう指導しているのだろうか。

 高齢者は、ながら運転は厳禁である。2年前、一方通行の道でハンドフリー装置を使って電話しているとき、80代の高齢女性の自転車に接触されたことがある。左肘が自動車のボディに触れた女性は、自転車とともに車前方に倒れ込んだ。超徐行運転をしていたので、急ブレーにより車が転倒者に接触することは無かった。女性は自転車に重量物を積んでおり、フラフラ運転であった。ながら運転の結果、フラフラの程度を見落としたのだ。事故担当の警察官から「良く車を止めましたね」と言われたが、高齢女性に怪我が無かったのは幸いであった。以来一切のながら運転は封印している。

 自分は一日一回はハンドルを握る事を義務づけている。高齢者は暫くハンドルから離れると運転感覚が鈍るからだ。誰しも加齢の進行により、運動機能のみならず、頭の働きも衰えてくることは避けられない。衰えによる事故を防ぐためには意識してハンドルを握ることだ。信号停止、一時停止は勿論、信号のない交差点での左右確認、歩行者、自転車、対向車、前方車、後方車等の動きを常に自覚する事だ。何も考えずに惰性で運転することは、反射神経の衰えた高齢者にとって危険なことである。意識してハンドルを握れなくなったときが、車を手放す時と思っている。

「親父そろそろ――」という息子達は、同乗して父親の運転を確かめた訳ではない。世間一般の風潮と父親の年齢から、そう言っているのだろう。息子達の心配と心遣いは判るにしても、高齢者といえども、運転能力は個人差が大きいのが通例だ。車だけで無く、70歳を過ぎれば、体力、知力だけで無く、好奇心や意欲も個人差はどんどん広がってくる。車の運転は最高のボケ防止だと羽鳥湖の仙人が語っていた。至言である。自分は後部座席に乗った家人が「怖い−」と叫んだときが、免許証返上と考えている。家人が座席でウトウトしている限り、車の運転は続けるつもりである。

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