伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年12月9日: 血清アミラーゼ騒動の顛末 T.G.

 かかりつけの医院で、予約してあったインフルエンザワクチン注射をしてもらった。ついでに2ヶ月前にやった血液検査の結果を聞いた。尿酸値が高く、この10年、半年に一度血液検査で尿酸値を測ってもらう。いつもの検査で何の問題もなかったので、2ヶ月放っておいたのだ。医者からその結果を聞かされて驚いた。これが1週間に及ぶ血清アミラーゼ大騒動の始まりである。

 血液検査の結果は、肝心の尿酸値は5.9と正常値範囲に収まっていたが、いつもは何の関心もない血清アミラーゼの値が、なんと461と言うむちゃくちゃ高い値に跳ね上がっているではないか。アミラーゼの正常範囲は39〜134である。それを400近く超えているのだ。ただ事ではない。医者も不審そうな顔をしている。体質的にアミラーゼは普段から180前後と高い方ではあったが、今までこんな異常値は見たことがない。医者にさっそく内臓のエコー検査の予約を入れらて帰宅した。内臓のどこかに問題があると考えているのだろう。

 帰宅してさっそくネットで調べる。アミラーゼ、高アミラーゼ血症で検索するといろいろヒットする。書かれている内容はすべて膵臓炎、膵臓癌に関わることばかりである。それらの記事を要約すると、アミラーゼは別名ジアスターゼ、消化酵素の一種である。主に膵臓と唾液腺から分泌される。アミラーゼ自体は無害な物質で、血液中のアミラーゼは尿で排出されるので、血中濃度が一定以上に上がることはない。何らかの理由で分泌量が多くなると、基準値を超えてしまう。代表的な原因が膵臓炎、膵臓癌だという。アミラーゼ値が膵臓炎、膵臓癌の診断指標になっているのだ。これでこの問題の深刻さがいっぺんに理解できた。医者は膵臓を疑っているのだ。

 そうなると、ただでさえ心配性が服着て歩いているような男(これは小生に対する常日頃の家人の評)だから、いっぺんに不安が募って三度の飯も喉を通らなくなる。布団に入ってもなかなか寝付けない。うとうとしているうちに夜が明ける。エコー検査までの二日間がなんと長い時間であったことか。食欲不振で体重が1キロ落ちた。我ながら実に気が小さい男である。こんなことでは癌を三度もやっているGP生君に笑われるだろう。

 不安をまぎらすためにネットで膵臓炎と膵臓癌を調べる。アミラーゼ高値で最も多い症状は膵臓炎だという。膵臓で多量に分泌されたアミラーゼが、膵臓自体を痛めつけて起きる炎症である。典型的症状は痛みと吐き気だそうだ。じっとしていられないほどの激痛だと言うが、そういう症状はなにもない。血液検査結果は2ヶ月前のものだが、その後今まで2ヶ月間、痛みや吐き気など一度も感じたことがなかった。とても膵臓炎とは思えない。次は膵臓癌である。初期の膵臓癌は無症状が普通だそうである。ある程度進行しないと痛みや症状は出ない。痛みが出たときは手遅れだという。早期発見が難しく、膵臓癌の治癒率、死亡率が悪いことの原因だという。そう言われるとなおさら不安が募る。もしかして初期の膵臓癌ではないかと黒い雲がモクモクと沸いてくる。

 なにかもう少しいい情報はないものかと、ネットでさらに調べていたら、鹿児島の木村さんという救急医のマクロアミラーゼ血症に関するブログ記事を見つけた。それによると、タンパク質と結合したマクロアミラーゼは分子量が大きいので腎臓で排出されない。それでアミラーゼ値が高くなる。アミラーゼは無害なので、いくら値が高くても健康上なにも問題が起きない。アミラーゼ値が500や1000を超えても何の問題もない。マクロアミラーゼ血症は500人に一人いるという。もしかして500人に一人の体質なのではないか。そうだとすれば、461なんてまったく問題ない。人間の気分なんていい加減なもので、このブログを読んだらいっぺんに気が晴れて、その晩はよく寝られた。我ながら単純な男だ。

 二日後、エコー検査を受ける。結果は幸いにもオールセーフ。膵臓も胆嚢も腎臓、肝臓、膀胱もいずれも正常で、何の所見も見られないと言う。前立腺がやや肥大しているので小便が近いでしょうなどと言われる。そういえば一晩に2度ぐらい小便に起きる。単なる老化症状で、別に深刻な話ではない。なぜアミラーゼ値だけが高いのか、医者も首をかしげている。例のマクロアミラーゼの話をしたら、ほかの数値から見てそれはあり得ないと一蹴された。念のためもう一度血液検査と、ついでに腫瘍マーカー検査をやることになって、看護婦さんに採血され、帰宅する。土日を挟むので結果が出るのは4日後だという。一難去ってまた一難、再び生殺しの4日間を過ごす羽目になった。

 そうなるとますます憂鬱になる。エコー検査では分からない初期の膵臓癌があるのかもしれない。それが腫瘍マーカーで見つかったらどうしようなどと、ついつい余計なことを考える。なにを食べても美味しくない。食事する気が起きない。新聞を読んでもテレビを見ていてもつまらない。垣根が伸びているが、手入れする気も起きない。散歩に出かける気分にならない。そういう鬱状態の4日間がなんとか過ぎて、検査結果を聞きに行く。死刑判決を受ける刑事被告人、屠所に引かれる子羊の心境である。

 下りた判決は至極簡単明瞭だった。血液検査の結果、問題のアミラーゼ値は177に下がり、腫瘍マーカーの値はすべて正常。何の所見もないという。狐につままれたような気分で、目出度し目出度しである。体質的にアミラーゼ値は元々180前後あったので、177は小生としては低い方である。医者もなぜ一時的に461などと言う高値が出たのかは分からないという。とりあえずなにも問題はない。食欲がないと言うが、栄養状態は悪くないという。無罪放免と考えてよろしいかと聞くとそうだという。ご心配ならさらに精密なMRI検査があるから、それを受けてみますかなどと言う。せっかく無罪判決が出ているのに、また生殺しの日々を過ごしたくない。控訴する必要はないので願い下げにした。

 この1週間の騒動の顛末をGP生君と羽鳥湖の仙人にメールした。癌との戦いで歴戦の強者であるGP生君は、前立腺癌の5年生存率は90%だが、膵臓癌はたったの5%しかない死病だ。君がこの1週間気に病んだのは仕方がないことだと慰めてくれたが、羽鳥湖の仙人は、アミラーゼなんて知らない、聞いたこともない。自分の血液検査票を見てみたが、アミラーゼなんて検査項目はどこにも見当たらない。白河あたりの病院ではアミラーゼ検査などしない、などとのんきなことを言う。周り中病人だらけなのに、彼だけは今のところどこも悪いところがない。仲間内で最も長生きするだろう。ああ歳はとりたくないものだ。

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