伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年10月28日: 東京は「世界一危ない都市」 T.G.

 双日総合研究所の吉崎 達彦氏が「東京が「世界一危ない都市」と断定されたワケ」と言う興味深い記事を東洋経済に書いている。それによると、英EIUの世界の安全な都市ランキングで東京と大阪は1位、3位と高い評価を受けているが、英ロイズの世界の脅威都市ランキングでは、東京は1位、大阪は6位と最も危ない都市にランクづけられているという。治安の良さは世界一だが、保険会社から見た危険度はすこぶる高いのだそうだ。その理由は風水害だ。昨年の台風21号では風水害による保険金支払い額は大阪・京都・兵庫で1兆0678億円に達した。今回の15号、19号台風による関東甲信越地域の保険金支払額はさらに大きなものになるだろう。

 温暖化により、近年の台風被害は激甚さを増している。それによる莫大な経済損失はただでさえ低調な日本の経済成長の足を引っ張っている。首つりの足を引っ張っているようなものだ。今後も気候変動で台風がますます巨大化し、日本を襲うようになるだろう。そのたびに大規模水害を招き、人命と莫大な富の消失に繋がるだろう。日本人がいくら頑張っても経済成長は遠のくだろう。少子高齢化もあって、国がますます衰退するに違いない。まさに一大事である。

 台風被害のほとんどは洪水、浸水によるものだ。これを防止するには、今のところ堤防のかさ上げ、川幅の拡張、貯水ダムなどの治山治水工事しかない。国は年に1兆5千億ぐらいの防災予算を組んでいるが、それではとても足りない。治山治水は遅々として進んでいない。今回の19号台風で、巨大河川の利根川と荒川は堤防決壊も越水も起きず、流域の被害はなかった。被害が出たのは支流やその他の中小河川である。理由は簡単で、利根川や荒川と同レベルの治水工事がなされていなかったからだ。仮にそれが出来ていたら今回のような大水害は起きなかっただろう。

 でもそれは不可能だ。全国の河川に利根川、荒川レベルの治水工事をするには、莫大な費用と時間が要る。今の国家予算では100年かかっても出来ない。小さな河川でも、堤防の高さはすべて利根川、荒川と同じにしなければならない。一カ所でも低かったらそこから水があふれ出す。今回の入間川流域がそうだった。水の脅威は川幅ではなく水位なのだ。子供にも分かる理屈である。治水は堤防だけではない。もっと重要なのは川幅である。利根川や荒川の堤防は両岸が2〜3キロ離れている。その間に設けられた広大な河川敷が巨大な貯水ダムになって洪水を防いでいる。利根川の渡良瀬遊水池、荒川の彩湖は計画的に作られた巨大な貯水池である。それらを合わせれば八ッ場ダムなどとは比較にならない桁違いの容量だ。これで台風19号の大雨に耐えられたのだ。こういうレベルの治水工事を全国の河川に施すのは夢物語である。必要な土地買収を考えたら絶望的でもある。

 要するに理屈で考えたら日本の大規模洪水、広範囲の家屋浸水はどうやっても防げないと言うことである。百年に一度の台風が来たら、せいぜいが避難指示を出すくらいしか手がない。今朝のNHKの日曜討論でお役人や有識者が議論していたが、当たり前の話ばかりで、誰も抜本策を示せない。堂々巡りの小田原評定をやっている。おそらく政治家や国交省などの議論も同じレベルにとどまっているのだろう。

 たった一つ抜本策がある。低地に住まなければいいのだ。ほとんどの自治体ではハザードマップが作られている。堤防決壊時に浸水、水没するエリアが示されている。昨年の倉敷市真備町の水害地域も、今回の千曲川決壊の水没地域も、ハザードマップと完全に一致していた。堤防が切れたらどうなるかはどうなるかは事前に正確に分かっていたのだ。にもかかわらずそこへ人が住む。家屋敷も財産も失ってしまうことがわかりきっているにも関わらず。足りないのは想像力である。そうはいっても今家を建てて住んでいる人は容易に立ち退けない。別のところに移住するのは実際問題として難しい。しかしながら、被害に遭って家財産失ったのであれば、新たな住まいは別のもっと高い場所に移すべきだ。そういう前向き思考を持つべきだ。

 3.11の津波で壊滅した町や村が、再び同じ場所に家を建て、町を作っている。愚かと言うほかない。30mの津波は堤防ではどうにもならなかったことを都合良く忘れている。町が壊滅して一から新しく作るのだから、津波が来ないもっと高い場所に町を移す絶好の機会だったのだ。にもかかわらずその機会をむざむざと逃がしている。これではどうしようもない。洪水だって同じである。川と同じ高さの場所には住まない。住むべきではない。土地がなかったら山を削ってでも住む土地を作る。治山治水は国費を充てるしかないが、宅地造成には民間資金が使える。今の日本の資金力があれば、十分に可能である。土地はいくらでもあるのだ。治山治水はやむを得ずやることで、決して前向きな話ではない。費用対効果を考えたら、住宅地造成は治水工事よりよほど経済効率が高く、国の活力を生む。

 ヨーロッパを旅すると、谷間や低地には村や町を見かけない。低地は畑や果樹園に使われるだけで、人の住む町は山の中腹かてっぺんに作られている。中世ヨーロッパはペストの大流行で苦しんだ。人口が激減して国がつぶれかけた。少しでもペストの脅威から逃れるため、湿気の多い谷間の猖獗地を避け、乾燥した山の上に住むようになったのだという。日本のペストは洪水と大水害である。被害の甚大さも変わらない。そのために毎年多くの人が死に、莫大な富が失われている。もうそろそろ抜本的に頭を切り換えるべきではないか。今の日本の国力とやる気があれば、町や村を川面より高いところに移すことは可能だ。少子化対策にもなる。そうすれば洪水被害は漸次減少し、30年後にはほとんどなくなっているのではないか。

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